●第一部『環』 三章-回想-環とロイとオフェリア
●第一部『環』 三章-回想-環とロイとオフェリア
病院の受付は静かだった。白い壁に囲まれた室内には窓が一つもなく、天井に埋め込まれた照明だけが受付台や磨かれた床を照らしている。外から入ってきたばかりなのに、扉が閉まると空の色も日の高さも分からなくなった。受付の奥には同じ白い壁に挟まれた廊下が続き、その先は照明が並んでいるにもかかわらず、どこか薄暗く見えた。
環の隣に立っていたロイは、その廊下の奥を見てから少し声を落とした。
「俺、勝手についてきちゃったけどさ。中まで入っていいのかな」
「いいよ」
環はそれだけ答えると、いつものことのように受付へ向かった。ロイも一歩遅れてついていく。受付にいた女性看護師は、環を見るとすぐに顔を上げた。環は看護師に軽く礼をする。
「こんにちは」
「こんにちは、今日も面会ね。受付してね」
「はい」
受付台の上には乳白色のオーブが浮かんでいた。環が指先で触れると淡い光が広がり、いくつかの項目が滑るように入れ替わる。
やがて中央に、オフェリア・シェリカという名前が表示された。
「あれ……それお母さん? 星域名じゃん」
横から画面をのぞき込んでいたロイが、表示された名前を見て言った。オーブには細かな文字が何段も並び、環は慣れた手つきで先へ送っていく。最後に出てきた署名欄へ人差し指を置き、そのまま指を動かすと、青白い線が軌跡を追って叶生環の文字を作った。
「中に入る人は全員、ここにサインしてね」
看護師はロイに声をかけた。
「俺も?」
「うん。君も同じところに書いてね」
オーブの前に立ち、ロイはもう一度びっしり並んだ文字を見る。最初の数行を目で追ったあと、環が書いた署名と同じ場所へ指を置いた。
「ここ?」
「うん。自分の名前を書いてね」
指先の後ろに光の線がついてくる。ロイは途中で一度形を直しながら、ロイヤード・リン、と最後まで書いた。看護師が確認すると二人の署名が消え、中央に小さな青い印が灯った。
「はい。じゃあ行きましょう」
看護師が受付を出ると、環とロイもその後へ続いた。
廊下へ出ると、受付にいた人の声はすぐに遠くなった。左右には白い壁と同じ形の扉が続いている。ここにも窓は一つもない。角を曲がっても、その先にはまた照明に照らされた白い廊下が伸びているだけだった。三人の足音が硬い床へ重なり、静かな廊下の奥へ響いていく。
しばらく歩いたところで、ロイが隣の環を見た。
「環とお母さん、なんで同じ名字じゃないの?」
「…んーと…。普通は子供が生まれたら、親が名前を付けるでしょ。でも母はそれが出来なかった」
環はなんの感情もないように淡々と話す。
「僕は生まれてすぐ児童院へ入った。そういう子の名前は、身体の情報から国が登録するんだって、前に先生から聞いた」
「身体の情報…。じゃあ、お前のお父さんは本国系だ。だってお前の名前、本国名じゃん」
環は少しだけ間を置いて答えた。
「……多分」
ロイは何歩か黙って歩いてから、自分の胸元を親指で指した。
「俺の名前もそうらしいや…。機械が遺伝子とかいうやつ調べて、勝手に適当につけた名前なんだろうな」
「そっか」
環がそう返すと、ロイは一瞬だけ黙った。けれど、すぐに明るく笑う。
「でも気に入ってるよ、俺。自分の名前」
環は隣を歩くロイの顔を見た。ロイは笑っている。環はしばらくその笑顔を見ていたが、やがて優しく微笑んで頷いた。
「……うん。僕も」
ロイが環を見る。環も笑っている。二人は歩きながら顔を見合わせて笑い、ロイは環の肩に腕をのせた。
先を歩いていた看護師が一つの扉の前で足を止めた。左右を見れば、他の部屋も同じような造りになっている。壁のオーブへ看護師が手をかざすと、小さな電子音が鳴り、一枚目の扉の錠が外れた。横へ開いた扉の向こうには短い空間があり、その先にもう一枚、同じような扉がある。
「……ちょっと怖いな」
ロイが小さく言った。
「大丈夫」
環はそのまま一枚目の扉を通った。ロイも後へ続き、二人が中へ入ると背後の扉が閉まる。それを待って二枚目の錠が外れた。
「それじゃあ、あとで。帰る時は連絡してね。中にオーブがあるから」
「はい。ありがとう」
環は二枚目の扉を開いた。中はピンクと水色の、まるで子供部屋のような病室だった。すぐ内側には低い靴箱があり、環は慣れた様子で靴を脱いで空いているボックスへ入れた。ロイは環を見て、自分も片方ずつ靴を脱ぎ、隣のボックスへ入れる。靴下の足で中へ上がり、顔を上げたところで、ロイの動きが止まった。
部屋の真ん中に、一人の女性が立っていた。
少し薄暗いパステルカラーの室内に、白い姿だけがぽつんと浮かんでいる。小柄で、白い病院服は遠目にはワンピースのようにも見えた。足元には何も履いていない。白い陶器のような肌の裸足が床に触れ、長い茶色の髪は肩から胸元へ広がっている。片手には小さなぬいぐるみを持っていた。
環とロイが入ってきても、女性は動かなかった。部屋の中央に静かに立ったまま。長い髪も白い服もほとんど揺れず、人がそこにいるはずなのに、まるで大きな人形が置かれているようにも見えた。
ロイは環より半歩後ろへ下がった。女性を見たまま、自分の服の脇をつかんでいた。
「こんにちは」
環が声をかけた。
女性がゆっくり振り向く。
その瞬間、さっきまで人形のように動かなかった顔に、ふわりとかわいらしい笑顔が広がった。
「まあ、王子様。こんにちは」
「こんにちは」
女性――オフェリアは笑顔のまま、裸足で二人の方へ歩いてきた。環の前まで来ると立ち止まり、空いている方の手を胸元へそっと当てる。環はいつもと変わらない顔でそこに立っていた。
「お、おうじさま……?」
ロイはオフェリアと環を交互に見る。環には驚いた様子がない。
室内の壁にも窓はない。柔らかな照明の下には淡いピンク色の丸いラグが敷かれ、小さなテーブルや子供用の椅子があり、ふくらんだドレスを着せられた紫色の猫のぬいぐるみが椅子に置かれていた。壁際の丸みのある玩具の棚には大小さまざまなぬいぐるみが並んでいた。
「そちらの方は?」
オフェリアがロイへ顔を向けた。
「同じ児童院のロイヤード・リンです」
ロイはびくっと身体を震わせてから背筋を伸ばした。
「……あ、こ、こんにちは……」
オフェリアはロイに可愛らしく笑いかけて言った。
「まあ、王子様。素敵な家来さんをお持ちなのね」
環はオフェリアを見たあと、一度ロイへ目を向けた。ロイは「家来…」と引きつった顔で呟いた。
「えっと……友達です」
その言葉を聞いて、ロイは驚いた顔で環を見た。まるで環がそんな風に言うとは思わなかった様子だった。
「お茶をお出しするわ」
オフェリアが振り返ってテーブルの方へ歩いていく。
「え、俺いらないです」
ロイは慌てて手を振りながらそう言ったが、環はもう小さなテーブルの前にある椅子に腰かけていた。
「座って、ロイ」
「あ……うん」
ロイも隣の椅子へ腰を下ろした。目の前には、ドレスを着て帽子を被った紫色の猫が椅子に置いてある。オフェリアもテーブルへ近づき、その猫へ笑顔を向けた。
「今、アヤメ夫人がいらっしゃっているの。ご一緒してもいいかしら」
「いいですよ」
環の返事をきいて頷いたオフェリアは、棚から小さな玩具のティーポットとカップを持ってきた。どれも淡いピンク色で、縁や側面には黄色や白の小さな花が描かれている。子供のままごと用らしい丸みのあるカップを、環、ロイ、猫のぬいぐるみの前へ一つずつ置き、最後に自分の分も並べた。
オフェリアがティーポットを傾ける。
何も出てこない。それでもオフェリアは丁寧に、順番に全員のカップにお茶を注ぐ動作を繰り返した。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
環は薄いピンクのカップを手に持った。ロイもカップを持ち上げる。覗き込んだカップには何も入っていない。ロイはその空の底をしばらく見たあと、隣の環を見た。環は何も言わず、自分のカップを手に持っている。ロイはもう一度自分のカップを見てから、そっとテーブルへ戻した。
「今日はどの絵本を読もうかしら?」
オフェリアが楽しそうに言って席を立った。壁際の棚へ行き、本や紙の間から一冊を取り出して戻ってくる。手にしていたのは、子供向けの絵本というより厚いノートのようなものだった。
「では今日は『運命の人』にしましょう」
オフェリアがテーブルへノートを置いて開くと、ロイは思わず身体を前へ乗り出した。
ページの端から端まで、文字と線が重なっている。大きな文字の上を別の線が横切り、その横には小さな字が何段も続いている。丸で囲まれた文字から何本もの線が別の場所へ伸び、ところどころには読める単語もあるのに、その前後は崩れた文字や見慣れない形で埋まっている。
ロイはそのページを見て口を開いたまま、固まったように動かなかった。
オフェリアは少しも迷わなかった。読めない文字の列へ指先を置き、まるで普通の絵本の文字を読むように、一つずつゆっくりとなぞっていく。
「王子様は、世界を救うために生まれた人なんです」
ロイの目だけが、ページからオフェリアへ動いた。
「いつかきっと巡り合う運命の人と一緒に」
オフェリアがにこりと笑った。その笑顔は、環に良く似ていた。
「…う、運命の人?」
ロイがようやく口を開く。オフェリアは笑顔のまま頷いた。
「はい。それはこの世の全ての理が、天が定めた人なの」
オフェリアの指がノートの上から離れた。顔にはずっと変わらない柔らかな笑顔が浮かんでいる。
「こと…わり? てんが…さだめた?」
「どんなに時間がかかっても、遠回りしても、巡り巡って、必ずその人と共にあることを定められた相手なの」
環は何も言わない。ロイは微笑むオフェリアに首を傾げながら尋ねる。
「どうやって見つけるの?」
「見つけなくていいの。必ず出会うの」
オフェリアはすぐに答え、またノートへ指を置いた。
「王子様は、この世界のどこにいるかわからない運命の人、あなたのお姫様と、いつか必ず巡り合うのよ」
ロイはしばらく何も言わなかった。視線だけがオフェリアから環へ、環から線と不明な文字だらけのノートへ移る。
「世界を救う……?」
環は何も言わずに静かに座っている。ロイは眉を寄せたまま、もう一度オフェリアへ向き直った。
「その……王子様がさ、悪い敵をやっつけて、お姫様を助けるとか、そういう話?」
「この世に悪などありません。あるのは光と影だけ」
オフェリアはまたすぐに答える。少しも悩んだ素振りを見せず、穏やかな笑顔で答えた。
「そして王子様は光から生まれたの。全てを照らす」
オフェリアが静かにそう言うと、ロイの顔がゆっくり環へ向いた。
「光から? じゃあ、お前のお父さんって光…かな」
ロイは小さく乾いた笑いをこぼし、環を指差した。環はロイの顔を見て、困ったように笑った。何も答えない。
「わかんねえー……」
ロイは両手で頭を抱えるようにして、髪をぐしゃぐしゃとかき回した。
「あのさ、俺にはよくわかんないや」
「今はわからなくていいのよ。いつかわかる時が来ます」
オフェリアの方を向いてロイが言うと、またすぐに返事があった。ロイはまだ納得していない顔をしていたが、それ以上は聞かなかった。
オフェリアは開いたノートへ目を落とす。
「今日のお話は、これでおしまいにしましょう」
最後に見たページにも、ぐしゃぐしゃに重なった文字と線がいっぱいに広がっていた。ぱたん、と表紙が閉じた。テーブルの上にはただ一冊の厚いノートだけが残った。
それからもしばらく、三人はいろいろな話をした。ロイはそのほとんどがわからないといった様子だった。オフェリアは楽しそうに話し、ロイが聞き返し、そのたびに環が短く言葉を返す。オフェリアはときどきアヤメ夫人と呼んでいる猫のぬいぐるみへもまるでそこに人がいて会話しているかのように話しかける。ロイはそのたびに少しだけ口元を固くしたが、もう最初ほど驚いた顔はしなかった。窓のない部屋では外の様子は何もわからず、室内はずっと入ってきた時と同じ明るさのままだった。
環が壁際のオーブへ目を向けた。表示されている時刻を確認すると、椅子から立ち上がる。
「そろそろ帰りますね」
環がそう言うと、ロイは大きく溜息をついてテーブルに両手をつき、立ち上がった。
「さようなら。運命の人が見つかったら、私に会わせてくださいね」
「はい」
返事を聞いてオフェリアは嬉しそうに笑った。
二人が靴を履いているとき、オフェリアがロイへ顔を向けて言った。
「さようなら、家来さん。ずっと王子様を助けてね」
ロイは一度、隣にいる環を見た。環もこちらを見ている。ロイはオフェリアへ向き直ると、しばらく首を傾げたあと、微笑んで言った。
「……うん。そのつもり」
環が室内のオーブへ触れると、しばらくして扉の向こうから錠の外れる音がした。二枚目の扉が開き、看護師が待っている。環が先に外へ出て、ロイもその後へ続いた。
ロイは扉をくぐる直前に、もう一度だけ室内を振り返った。
「またお会いしましょう、王子様」
薄暗いパステルカラーの部屋の奥で、オフェリアは静かに立って言った。片腕にはまだぬいぐるみを抱き、空いた手を小さく振っていた。
最初に見た時と同じように、陶器でできた人形のような姿だった。
病院の外扉が開いた途端、夕方の光が正面から差し込んだ。
長く人工の明かりの中にいた目には外がひどく明るく、ロイは思わず目を細めた。空はもう昼の青ではなく、西の低いところから橙色に染まり始めている。風が頬を抜け、病院の中では分からなかった外の広さが一気に戻ってきた。
二人はしばらく並んで歩き、やがて町の建物が少しずつ下に見える坂道を上っていった。以前一緒に上がった高台へ続く道の脇には低い草と木々が続き、上へ行くほど夕日の光を遮るものが減っていく。坂を上りきり、高台の広場へ出ると、眼下いっぱいに町が広がっていた。
夕日は町の向こうまで低くなり、屋根や壁を金色に染めている。建物の窓は角度によって強く光り、細い道路の上には長い影が伸びていた。少し離れた場所には、さっきまでいた窓のない病院の建物も見えている。
ロイは柵へ両腕を乗せ、しばらく町を見下ろした。
「きれいだな」
「うん、きれいだね」
それきり、二人はしばらく話さなかった。
風が高台を抜けていく。夕日は少しずつ低くなり、さっき金色だった建物の壁が一つずつ影へ入っていく。その代わり、別の屋根や窓が新しく光り始める。空の橙色も少しずつ濃くなり、その上にはまだ淡い青が残っていた。
ロイは柵に腕を置いたまま、ときどき隣の環を見る。環は町の方を向き、ただ静かに夕日を見ていた。
しばらくして、ロイがぽつりと言った。
「……友達って言ってくれて、嬉しかった」
環が微笑んでロイを見る。
ロイは少し照れたように笑ってから、また町へ顔を向けた。
「お母さん、俺のこと家来って言ってたけど」
「家来じゃないよ……友達だ」
環がすぐに答えると、ロイが笑った。
環も少し笑う。
「僕も嬉しかったよ。今日来てくれてありがとう」
環はそれだけ言って、また夕日に染まった町へ顔を戻した。ロイもしばらく何も言わず、その横に並んでいた。
広場の時計の時刻が少しずつ進む。ロイは一度時計を見てから、また夕日の方へ顔を向けた。
「今日は俺、走るの嫌だよ。歩いても間に合う時間に帰ろうぜ」
ロイが柵から身体を起こした。
環は動かなかった。
「……僕はもう少し見てく」
ロイは環の横顔を見た。
低くなった夕日が頬の片側を金色に照らし、黒い髪の縁にも細い光が残っている。環は少し目を細めたまま、町の向こうを見ていた。屋根の連なる町並み、さっき出てきた病院、更にその向こうには海も夕日もある。けれど、環がそのどこを見ているのかは分からなかった。
風が吹き、環の前髪がわずかに揺れる。それでも顔は動かない。
ロイは何か言いかけて口を開き、環の肩へ手を伸ばしかける。その手は触れる少し前で止まった。しばらくそのままにしてからゆっくり引き戻し、指を握り込む。
「……そっか。じゃ、先帰るな」
環は夕日を見たまま、小さく頷いた。
ロイはしばらく歩いてから、ふと足を止めた。振り返ると、環はまだ同じ場所に立っている。
「今日の夕食何!」
声が高台を抜けていく。環は少しだけ顔を向け、迷いなく答えた。
「ミートパスタ、温野菜サラダ、ヨーグルト!」
ロイは笑って大きく手を振った。
「一緒に食べよう、待ってるから!」
環は夕日の方へ視線を戻し、小さく頷いた。
ロイは前へ向き直ると、坂を駆け下りた。以前のように腕が大きく横へぶれることはなく、足音もずっと軽い。環に走り方を教わってから、足の置き方も身体の運び方も少しずつ変わっていった。曲がり角でも勢いに振られず、そのまま斜面を下っていく。
坂の途中で木々の間が開き、町が見えた。さっきまでいた高台はもう後ろに高く、少し離れたところには病院の建物も見える。
ロイは走る速度を落とした。坂が終わって普通の道へ出ると、そのまま歩き始める。
しばらく黙って歩いてから、立ち止まり、手の甲で両方の目元を何度か強くこすった。
「……ずっと王子様を助けて、か」
足元にあった小さな石を靴の先で軽く蹴る。石は乾いた音を立てて道の端まで転がっていった。
道の脇に生えた木の太い根が、舗装の端を少し持ち上げるように張り出している。ロイはそこへ向かって数歩だけ駆けた。
「言われなくたって、そのつもりだよっと!」
地面を蹴り、大きく跳ぶ。身体が根の上を越え、反対側へ着地した。勢いのまま二、三歩走り、それからまた歩く。
町の家々から明かりが漏れ、道を行く人も少しずつ減っている。ロイは児童院へ向かって歩いていった。
やがて見慣れた建物が見えてくる。門をくぐり、玄関へ向かおうとしたロイの足が止まった。
環がいた。
さっきまで高台に残って、自分より後から帰るはずだった環が、もう玄関の近くに立っている。ロイが声も出さずにその顔を見ていると、環は少し笑った。
「お帰り、ロイ」
ロイはしばらく環を見たあと、肩の力を抜くように笑った。
「はは…。ほんっと、かなわねえ……」
食堂の方から子供たちの声と食器の音が聞こえてきた。温かな夕食の匂いも廊下の奥から流れてくる。ロイは環の隣へ並び、玄関の中へ足を踏み入れた。
「おかえりなさい、ロイヤード・リン、叶生環」
玄関にいた職員が二人へ笑顔を向ける。
二人の声はぴったりと重なった。
「ただいま」




