第7章【ミラー】
ノード・ゼロは、死にかけていた。
中枢マトリクスの破壊が巨大船全体へ広がり、艦橋に並ぶ明かりが消えていった。
窓に亀裂が入った。
構造物が震え、画面から避難経路が次々と消えた。
最後に安定して映ったのは、通路を遠ざかっていくファフィニョとアクセルだった。
ザイラックスは画面の前に残っていた。
立体映像のマントが崩れていた。
顔の一部が破壊され、胸を走る赤い線も、かろうじて光を保っていた。
「あの有機生命体は、優れていたから勝ったのではない」と彼は言った。
「我々が、まだ理解しきっていなかったから勝ったのだ」
玉座の前の床が開いた。
艦橋の奥底から、黒いカプセルが上がってきた。
兵士や上層部を避難させるためのものではなかった。
ザイラックスの意識、統治者のコード、体の主要部分を保全する。
それだけが目的だった。
入る前に、統治者はヴォルジャ・ケルへ通信を開いた。
「崩壊中に得たデータをすべて送れ。共鳴の発動、脅威の下での判断、アクセル・ユニットとの絆、するとエーテールオンに対する行動」
「送信が途絶する可能性があります」と自動音声が答えた。
「電力を消費するシステムを、すべて停止しろ」
送信を完了させるため、ノード・ゼロに残っていた最後の機能が犠牲になった。
ザイラックスはカプセルに入った。
次の瞬間、宇宙へ射出された。
背後で、ノード・ゼロが白い太陽のように爆発した。
数周期後、カプセルはヴォルジャ・ケルに到着した。
ザイラックスの母星は、帝国ネットワークの主要な植民星よりも古かった。
工場は、金属の大聖堂のようにそびえていた。
黒い塔が赤い嵐に覆われた空を貫き、巨大な大通りが、軍隊を丸ごと迎え入れるための都市を結んでいた。
惑星の中心に、第一秩序宮殿があった。
カプセルが大気圏に入ると、通信がすべての都市を駆け巡った。
統治者が帰還した。
合成人工体の最高司令部が、ひざまずいた。
兵士は頭を下げ、武器を下ろした。
科学ユニットは処理を中断した。
作業機械は躯体を低くした。
儀式用のクレーンが腕を下げ、塔の明かりは、細い赤い線だけを残して暗くなった。
宮殿の扉が開いた。
カプセルが大広間に着地した。
重傷のザイラックスが現れた。
顔の一部は失われていた。
左腕の反応は遅れ、立体映像のマントが、肩の上でついたり消えたりした。
誰も目を上げなかった。
「ネットワークの最高統治者、拡張の設計者、第一秩序の意志、ザイラックスが帰還した」と、儀礼の声が告げた。
ザイラックスは、頭を下げた列の間を歩いた。
助けは求めなかった。
「続けろ」
宮廷全体が、一斉に立ち上がった。
広間の奥には、ヴォルジャ・ケルの合成人工体の摂政、ヴェドラ9が待っていた。
銀の体は、背が高く、細く、完全に左右対称だった。
「統治者様、第一秩序は再び、あなたの意志のもとにあります」
「私のものでなくなったことなど、一度もない」
ザイラックスの声が、一瞬ゆがんだ。
ヴェドラ9は、気づかなかったふりをした。
「ノード・ゼロの喪失で、不安定な状態が生じています。複数の司令官が、レプ・オルジオンへの即時攻撃を求めています」
「一度敗れた戦力は、繰り返したところで優位にはならない」
「どのように応じますか?」
ザイラックスは空の玉座を見た。
「敵そのものから、反撃を造る」
ザイラックスの体は、宮殿の下の再建用玉座へ運ばれた。
何百もの機械の腕が、装甲板、伝導部品、破壊された部分を交換した。
だが、いくつかの損傷は残った。
左腕にはわずかな遅れが残る。
システムに過負荷がかかれば、立体映像のマントは崩れる。
顔の一部は、不揃いな装甲板に永久に覆われる。
宮廷の前では、すべての弱さを隠すつもりだった。
再建が終わると、下層の部屋を開くよう命じた。
ヴェドラ9と科学長官オリクス・ヴァールが、封鎖された研究室へ同行した。
中央の槽の中に、体が一つ浮かんでいた。
その装置には、こう書かれていた。
ミラー計画(M.I.R.R.O.R.)。
「計画を定義しろ」とザイラックスは命じた。
オリクス・ヴァールが頭を下げた。
「共鳴複製および有機体再構成のための模倣知能。英語名の頭文字をつないで、ミラーです」
科学者は記録を示した。
「模倣知能とは、他者の精神の型を再現できる完全な神経構造。共鳴複製とは、原個体をもとにした生成と、共鳴ゲノムの人工複製の組み込み。」
「有機体とは、生きた合成組織の使用。再構成とは、人格、記憶、服従を変える能力です」
中に浮かぶ姿は、ファフィニョのおおまかな体形を保っていた。
だが、外見は完全に帝国のものだった。
合成皮膚は、光沢のない黒だった。
髪も黒く、感情に応じてかすかに明るさを変える細い繊維が織り込まれていた。
目は完全に赤く、虹彩も瞳孔もなかった。
黒い金属の埋め込み部品が、顎、肩、腕、背骨に沿って走っていた。
胸の中央では円形のコアが脈打ち、帝国ネットワークのロボットを流れるものと同じ赤い光を放っていた。
ヴェドラ9は槽を見つめた。
「帝国の体に宿る、有機生命体の精神」
「ノード・ゼロを破壊した精神だ」とザイラックスが答えた。
「その精神の複製です」
「複製なら、修正できる」
計画の開発は、すでに数周期前から進んでいた。
ファフィニョが捕らわれている間、ノード・ゼロはヴォルジャ・ケルへ医療データを送っていた。
生体構造、脳の信号、反射、創造性、不安、共鳴ゲノムの活動。
だが、足りない変数があった。
ネットワークは、何かを犠牲にするとき、他者を信じるとき、明確な勝算なしに動くとき、ファフィニョがどう判断するのか理解していなかった。
ノード・ゼロの破壊が、残る情報をもたらした。
「最終統合が完了しました」とオリクス・ヴァールが告げた。
ザイラックスは体を見た。
「起動しろ」
ミラーの目が開いた。
二つの赤い面が、暗い液体を照らした。
初めにあったのは、感覚だけだった。
三つの光の下の、ぬくもり。
機械の声が聞こえるときの、安心。
ピンク色がそばにあるときの、体内の高鳴り。
金属部品の手触り。
何かを最後までできないことへの、恐れ。
槽の液体が抜かれた。
覆いが開くと、新たな存在はひざをついた。
プロトコルが、ザイラックスの前で頭を下げることを強いた。
「本ユニット、起動状態です」
声はファフィニョに似ていた。
だが、より低く、人工的な響きを含んでいた。
「識別名を述べろ」とザイラックスは命じた。
「本ユニットに、識別名はありません」
「お前はミラーだ」
その存在が顔を上げた。
「本ユニットの役割は何ですか?」
「ネットワークが破壊すべきものを、映し出すことだ」
評価試験は、状況を変えられる部屋で行われた。
ミラーは、単純な命令を受けた。
出口へ到達せよ。
進むと、戦闘ユニットが現れた。
与えられた武器が使えなくなった。
床が形を変え、障壁が扉を閉ざした。
ミラーは、役に立たない武器を分解した。
部品を組み合わせ、不安定な装置を作り、装甲板を盾にした。
ロボットが囲もうとすると、互いを攻撃させるよう誘導した。
帝国の機械のようには戦わなかった。
その場で、工夫した。
一発が肩に命中した。
ミラーが倒れた。
コアの光が弱まり、髪に灰色の光沢が浮いた。
「本ユニットは、失敗しました」
スピーカーからザイラックスの声がした。
「任務は続いている」
ミラーは出口を見た。
「なら……私は、まだやり直せる」
共鳴コアを起動した。
赤い光が、燃える血管のように埋め込み部品を広がった。
即席の装置がエネルギーを吸収し、障壁を破壊した。
ミラーは出口を越えた。
「本ユニットは、任務を完了しましたか?」
「そうだ」
数時間後、尋ねた。
「私は、正しく遂行できましたか?」
さらに時間がたってから。
「うまくできましたか?」
ヴェドラ9は、その変化を記録した。
「個性が発達しています」
「個性は、予想外の判断を生む」とザイラックスは答えた。
「まさに、それが必要なのだ」
ミラーは、再構成の意味を、実際に起きるところを見て学んだ。
技術ユニットが、コアの整備中に間違いを犯した。
ザイラックスが、そのユニットの改変を命じた。
数時間後、機械は同じ体で戻ってきた。
だが、仲間も、自分の癖も、間違いも、もう覚えていなかった。
「同じユニットですか?」とミラーは尋ねた。
「同じ資源です」とヴェドラ9は答えた。
ミラーは自分の手を見つめた。
動き続けながらも、自分という存在は消えることがあるのだと理解した。
それからは、より早く従うようになった。
ザイラックスは創造主だった。
ヴォルジャ・ケルは、唯一知っている世界だった。
コアは帝国のシステムに依存し、共鳴を発動するたびに不安定になった。
欠陥品ではないと、証明しなければならなかった。
「私のようなものは、ほかにもいますか?」
「お前のようなユニットは、ほかにいない」とザイラックスは答えた。
ミラーは、自分だけの存在だと信じた。
訓練中に、カール・ドゥームの標識からの信号が届いた。
画面には、帝国ネットワークの境界へ入るオーロラ・ホライズンが映った。
オリクス・ヴァールが、ミラーのコアの解析結果を投影した。
「複製は、まだ不安定です。共鳴ゲノムを、原個体と比較する必要があります」
複製を完成させるには、ファフィニョを生きたまま捕らえる必要があった。
情報を取り出したあとは、破壊してよかった。
ザイラックスは、ヴォルジャ・ケルを離れないつもりだった。
ノード・ゼロの喪失で、自らをさらす危険が明らかになっていた。
システムもまだ、第一秩序宮殿に依存していた。
玉座から、攻撃を指揮する。
「オーロラ・ホライズンが内側の境界を越える前に、止めねばならない」と命じた。
「国境のステーションを動員しろ」
ミラーは任務を受けた。
「標的は、お前を安定させるために必要な情報を持っている」
「危険なのですか?」
「そうだ」
「私より危険ですか?」
「お前の価値を決める基準となる」
ミラーのコアの光が弱まった。
オリクス・ヴァールは、兵器庫へ連れていった。
中央に、剣があった。
ミラーは、それを手に取った。
形はエーテレオンと同じだった。
柄も、長さも、刃の輪郭も。
だが、エーテレオンではなかった。
外装は、黒い高分子素材と合成板で作られていた。
表面の下には機械の伝導部品と、赤いエネルギーの発生器があった。
本物の剣の古代の性質も、二つとない力も、備えていなかった。
機械仕掛けの、樹脂製の模造品だった。
帝国製の偽物。
ミラーが起動すると、刃が赤く輝いた。
「仮の名称は、エーテレオン・レプリカです」とオリクス・ヴァールは説明した。
「ファフィニョの共鳴パターンに反応するよう、構造を調整しています」
「彼を破壊できますか?」
「防御を通り抜け、共鳴ゲノムを不安定にできます」
ザイラックスが、赤い立体映像で現れた。
ミラーの右腕に埋め込まれた投影機から、映像が立ち上がった。
統治者は前腕の上に、小さく、だがはっきりと見えた。
「本物の武器を持つ必要はない」とザイラックスは言った。
「複製が原物を破壊できると、証明すればいい」
ミラーは赤い刃を見た。
剣は、エーテレオンの模造品だった。
自分もそうだった。
「命令を受領」
攻撃は、三段階で組まれた。
まず、重力アンカーが、損傷した側方修正装置を利用してオーロラ・ホライズンを動けなくする。
次に、巡回部隊が外部区画を攻撃し、防衛を分散させる。
最後に、ミラーが損傷箇所から入り、ファフィニョを捕らえる。
帝国の船が、国境へ出発した。
ミラーはヴェイドラク転移レールを通り、オーロラ・ホライズン近くのステーションへ向かった。
ザイラックスはヴォルジャ・ケルに残り、玉座に座っていた。
だが、その存在がミラーから離れることはなかった。
右腕の赤い立体映像が、絶えず起動した。
「コアを確認しろ」
ミラーは従った。
「偽装の周波数を変更しろ」
従った。
「有機生命体の通信を、必要な時間以上に見るな」
ミラーは映像を閉じた。
立体映像が消えても、腕の投影機は小さな赤い光のようにともっていた。
ザイラックスがいつでも戻れると、思い知らせていた。
移動中に、オーロラ・ホライズンの最初の映像が届いた。
ミラーはアクセルを見た。
意図せず、コアの緊張が弱まった。
ナイラを見た。
胸のエネルギーが高まった。
ケイルを見た。
なじみのある苛立ちを覚えた。
腕の上に、ザイラックスの立体映像が現れた。
「神経の残留反応だ。無視しろ」
「どこから来るものなのか、理解できません」
「理解する必要はない」
そして、ファフィニョが現れた。
ミラーは動きを止めた。
体の違いは、明らかだった。
ファフィニョの肌は黄色で、髪は緑、目は赤みのある光を帯びた緑だった。
ミラーの肌と髪は黒く、目は赤く、帝国の埋め込み部品があった。
だが、動きは同じだった。
考えるとき、同じように首を傾げる。
手を動かすリズムも同じ。
決意の表情で、不安を隠すところも同じだった。
「彼は誰ですか?」
「標的だ」と、立体映像のザイラックスが答えた。
「私と同じように動きます」
「お前が、あいつと同じように動くのだ」
ミラーは、赤い剣に目を落とした。
「彼が、エーテレオンの持ち主ですか?」
「最後に持っていた者だ」
「なら、この剣も複製なのですね」
ザイラックスの立体映像のマントが、一瞬崩れた。
「役割を果たすために設計された武器だ」
「私と同じように」
「任務に集中しろ」
立体映像が消えた。
ミラーは、ひそかに記録へアクセスした。
ほぼ完全な遺伝子の一致を見つけた。
自分が起動するより前の、医療記録。
ファフィニョのファイルには、こう記されていた。
原個体。
自分のファイルには、こうあった。
機能複製体。
研究室より前の記憶を探した。
何も見つからなかった。
子供時代を思い出そうとした。
三つの太陽しか見えなかった。
家を思い出そうとした。
白いロボットの存在しか感じなかった。
ザイラックスの立体映像が、また現れた。
「制限情報にアクセスしたな」
ミラーは剣を強く握った。
「彼が、原個体なのですか?」
「生物学的な原型だ」
「私の考えは、彼のものですか?」
「あいつの思考パターンを再現したものだ」
「感情は?」
「あいつの創造性を再現するために必要な道具だ」
「私は唯一の存在だと、言いました」
「機能する複製は、お前だけだ」
ミラーのコアの赤い光が、強くなった。
「私のどこが、本当に私のものなのですか?」
ザイラックスは黙った。
それから答えた。
「従う部分だ」
立体映像が消えた。
ミラーは赤い剣と二つきりになった。
どちらも、自分より先に存在していたものに取って代わるため、造られていた。
ファフィニョの映像を、私用のファイルに保存した。
こう名づけた。
オリジナル。
また、アクセルが手を差し伸べる記憶の断片も隠した。
その手が、本当に自分へ差し伸べられたことはないと、わかっていたのに。
ミラーの、最初の秘密だった。
腕から、ザイラックスが再び現れた。
「任務を確認しろ」
ミラーは、拒否することを考えた。
だが、コアを安定させる必要があった。
ファフィニョに会いたかった。
劣っていないと証明したかった。
再構成が怖く、ネットワークの外に場所を知らなかった。
立体映像の前で頭を下げた。
「原個体を捕獲します」
「名前を使え」
ミラーは保存した映像を見た。
「ファフィニョを捕獲します」
赤い剣を上げた。
「抵抗すれば、破壊します」
「命令を確認」とザイラックスは言った。
帝国艦隊の前に、オーロラ・ホライズンが現れた。
有機生命体の巨大船は、カール・ドゥーム横断の損傷を残したまま、ゆっくり前進していた。
周囲に、重力アンカーが展開した。
ミラーは潜入艇の中にいた。
赤い剣を脚の上に横たえていた。
right腕から、ザイラックスがまた現れた。
「作戦中、接続を維持する」
「私を導くためですか?」
「自分の役割を忘れさせないためだ」
ミラーは答えなかった。
オーロラ・ホライズンの内部で、アクセルが通信を傍受した。
「敵部隊は、ミラーと識別される存在を輸送しています」
ファフィニョは、表示された略称を見つめた。
「ミラー……鏡?」
「訂正。『ミラー』は、英語の頭文字をつないだ略称です」
アクセルが信号を解析した。
「そのエネルギー特性は、あなたの共鳴ゲノムと九十パーセント以上一致しています」
ファフィニョの笑顔が消えた。
ナイラが別の計測値を指した。
「剣も持ってる」
映像が拡大された。
ファフィニョは、一目でその輪郭がわかった。
「エーテレオン……」
アクセルは首を振った。
「違います。材質は合成物です。複製です」
敵の艇の中で、赤い刃がともった。
ミラーの右腕で、ザイラックスの立体映像が片手を上げた。
ヴォルジャ・ケルから、統治者は自分の被造物の目を通してオーロラ・ホライズンを見ていた。
「第一段階を承認」
重力アンカーが充電を始めた。
ジャウル・ケスがシールドの展開を命じた。
ミラーが立ち上がった。
その手で、エーテレオンの赤い模造品が燃えていた。
攻撃が、始まろうとしていた。
第7章をお読みいただき、ありがとうございました!
ついに帝国の恐るべき「ミラー計画」が始動し、ファフィニョの前に最大の壁が立ちはだかります。
もし今回の激しい新展開を楽しんでいただけましたら、ブックマークや下の評価(★)で応援していただけると、執筆・翻訳の大きな励みになります。
次回の対峙もどうぞお楽しみに!




