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第5章【オーロラ・ホライズン】

 二つの白い光が、近づき続けた。

 オーロラ・ホライズンの艦橋では、数秒間、誰も動かなかった。

 展望窓の向こうでは、カール・ドゥーム帯の残骸が暗闇の中でゆっくり回っていた。

 ステーションの破片、裂けた船体、建物ほどもある金属板。

 ファフィニョは中央端末に片手を置いたままだった。

「ケイル、武器の準備を」

「どの端末が武器の制御用なのか、調べてる」

「『武器』って書いてあるやつだよ」

「三つに『武器』って書いてあるんだ」

 アクセルが顔を向けた。

「三つ目は食堂の暖房を制御します」

 ケイルはスイッチから手を引いた。

「それじゃ、がっかりする防衛になってたな」

 光は宇宙塵のかすみを抜け、へこみだらけで部品の欠けた小型モジュールの姿を明らかにした。

 動いている推進器は一基だけで、アンテナも曲がっていた。

 立体投影台に、信号が現れた。

 オーロラ・ホライズン。

 識別を確認。

 その下に、さらに二行が現れた。

 進入航路あり。

 アクセル・ユニット。

 帰還を登録。

 全員が白いロボットを見た。

「この装置の記憶はありません」とアクセルは言った。

「最近、あなたを覚えてるものが多いね」とナイラがつぶやいた。

 モジュールが、帯の最初の区画へ向かう航路を投影した。

 二つの残骸群の間を抜ける、細い通路だった。

 トヴァンが、脇の端末で座標を調べた。

「この船が昔使っていた探索用の標識かもしれない。航路は安定してるように見える」

「見える?」とケイルが尋ねた。

「宇宙の地図で『見える』と言うときは、まだ爆発してないって意味だ」

「安心材料にならないな」

 ファフィニョは通路を見つめた。

 アンテナ・エックス1の侵入を経験したあとで、また考えもせず突っ込みたくはなかった。

「最初の区画にだけ入ろう」と決めた。

「システムが故障するか、航路が変わったら引き返す」

 ナイラはうなずいた。

「今度はちゃんと作戦らしく聞こえる」

「僕には、いつも作戦があるよ」

「今度のは、終わりまであるな」とケイルが付け加えた。

 進入の準備をする中で、船を手に入れただけでは、乗組員としてまとまれるわけではないとわかった。

 ダレクは端末の下に寝転び、床に片耳を当てて振動を聞いていた。

 リオラは医療用品の箱を固定しながら、用品の上に工具を置かないよう何度も注意していた。

 トヴァンは地図室を探しに行ったきり姿を消していた。

 レイズはすでに監視所にいたが、いつ来たのか誰も覚えていなかった。

 ケイルは、まだ武器の制御装置を探していた。

「トヴァン」とナイラが船内放送で呼んだ。

「艦橋に来て」

 スピーカーから雑音が返った。

「トヴァン……来て……共用トイレ……」

 少し間が空いた。

「食堂にいる」と、船内のどこかから返事がした。

「どうして、そこに行ったの?」

「この船の内部設計は、空間に対して無責任だ」

 ファフィニョは中央の席に座った。

 安全ベルトを締めようとしたが、留め金が引っかかった。

「手伝わなくていいよ」

 ナイラはもう、彼にかかがみ込んでいた。

「一分もベルトと戦ってるでしょ」

「仕組みを調べてるんだ」

「仕組みのほうが勝ってるけど」

 ナイラはベルトを引き、脇の留め具に手を伸ばそうと顔を近づけた。

 艦橋の物音がファフィニョの耳から消え、彼女の髪が肩に触れるのを感じた。

自分の髪がピンク色に変わり始めた。

ナイラは彼を見た。

「どうして息を止めてるの?」

「固定機構の邪魔をしないように」

「留め金は、あなたの肺で動くんじゃないわ」

ケイルが自分の端末から指をさした。

「頭の色が変わってるぞ」

ファフィニョはフードをかぶった。

「操縦装置の光が映ってるだけだよ」

アクセルが照明を調べた。

「操縦装置は青い光を放っています」

「色の分析は頼んでない」

ナイラがベルトを固定し終えた。

「はい。準備できました、艦長」

ファフィニョが何を言うべきか思い出すのに、二秒かかった。

「カール・ドゥームへ入る」

オーロラ・ホライズンは標識に従った。

最初の数分、通路は穏やかに見えた。

やがて、センサーの表示が食い違い始めた。

一つの画面では左にある破片が、別の画面では右に映った。

電子地図は信号を二重に表示し、正反対 of 航路を描いた。

主照明が消えた。

監視カメラが自動で起動し、画面が粗い白黒映像に満たされた。

「重力による干渉が増大しています」とアクセルが報告した。

「新式のシステムでは、読み取りが不安定になっています」

船が激しく傾いた。

ファフィニョは肘掛けを握った。

「大丈夫?」とナイラが尋ねた.

「全然平気」

オーロラ・ホライズンは金属板を避けて降下し、すぐに急上昇した。

ファフィニョの顔から血の気が引いた。

ケイルが彼の席の下の収納を開け、容器を取り出した。

「吐かないよ」

「誰も吐くとは言ってない」

ケイルは容器を彼の横に置いた。

ようやく艦橋にたどり着いたトヴァンは、さりげなく椅子を遠ざけた。

ダレクは端末に布をかぶせた。

アクセルがファフィニョを見た。

「直近の二十秒で、九回飲み込んでいます」

「数えないで」

「十回」

「航路に集中して!」

トヴァンが標識のデータを拡大した。

「問題がある。この通路は、昔の配置に基づいてる。残骸の位置が変わってるんだ」

前方の暗闇から、破壊されたステーションが現れた。

構造物が通路全体をふさいでいた。

標識は障害物などないかのように、進み続けた。

「もう航路はない」とナイラが言った。

残骸の流れが、オーロラ・ホライズンを取り巻いて回り始めた。

警報が鳴りだした。

「側面エンジンが反応しません」とアクセルが告げた。

ファフィニョはダレクを見た。

「壊れたの?」

技師はパネルに片手を置いた。

「いや。機嫌を損ねた」

「謝るのは、ここから出てからにしてくれる?」

ダレクはパネルを二度たたいた。

推進器が一基、うなった。

アクセルが顔を向けた。

「その手順に技術的根拠はありません」

「聞こえてるんだから、悪口を言わないでやってくれ」

干渉で画面が雑音に埋まった。

レイズは持ち場を離れ、横のハッチへ向かった。

「右舷に大型の残骸。下を二つの破片が横切る」

トヴァンが、その報告をもとに航路を計算し始めた。

「ナイラ、七度旋回。そのあと、少し下がって」

「それだと、ステーションに近すぎる」

「ほかには、ぶち抜くしかない」

「七度ね」

ケイルが非常用推進器へ電力を回した。

オーロラ・ホライズンは、ほぼ自分の軸を中心に回転した。

ファフィニョは目を閉じた。

「閉じててもいいよ」とナイラが言った。

「艦長は、操船中に目を閉じたりしない」

船が、また向きを変えた。

ファフィニョは目を開けなかった。

正面に、巨大な軍用船の船体が現れた。

「通れない!」とトヴァンが叫んだ。

ファフィニョは目を開けた。

航路はなくなっていた。

進めば、全員をさらに深く罠へ引きずり込むだけだ。

「進入を中止する!」と命じた。

「ナイラ、ここから出して!」

ナイラが推進器を逆方向に噴かした。

ダレクが二基目の側面エンジンを再起動した.

ケイルは残りの電力を回した。

レイズが位置を伝え続け、トヴァンが退路を示した。

オーロラ・ホライズンは残骸の間を後退した。

流れはなお、再び船を引き込もうとしていた。

ついに、その帯が船を吐き出した。

船は安全な領域へ流れ出た。

ファフィニョは目を開けた。

ケイルはまだ容器を持っていた。

「吐かないって言ったでしょ」

ベルトを外し、立ち上がろうとした。

脚が言うことを聞かなくなった。

床に倒れる前に、ナイラが受け止めた。

「ファフィニョ!」

アクセルが身をかがめた。

「意識を失っています」

「見ればわかるわ」とナイラが答えた。

ケイルは空の容器を見た。

「厳密に言えば、こいつの勝ちだ」

ファフィニョは医務室で目を覚ました。

最初に見えたのはナイラだった。

彼女はベッドのそばで腕を組んで座っていた。

心配と、ひどく叱りたい気持ちが混ざった表情だった。

「僕、吐いた?」と彼は尋ねた。

ナイラがまばたきした。

「気を失ったの」

「でも、吐いてない」

「ファフィニョ」

ベッドの反対側にアクセルが現れた。

「記録上、消化器からの排出は確認されていません」

「ありがとう」

「褒めたわけではありません」

リオラは表示を確認し、金属製のケースを開いた。

中には、銀青色の液体が入った透明な注射器があった。

「重力の変化に、平衡感覚が対応できなかったの。これはキラヴェクス12。有機生命体同盟の神経・前庭機能安定剤よ。」

「数週間は、乗り物酔いを防げるわ」

ファフィニョは針を見つめた。

「腕に刺さなくていい種類はない?」

「あるわ。発酵した燃料みたいな味がして、効くまで六時間かかるけど」

「僕、待てるよ」

ナイラが手を差し出した。

「腕を出して」

ファフィニョは即座に従った。

アクセルが首を傾げた。

「協力を得るナイラの能力は、引き続き統計上優れています」

「その統計、消して」

針が刺さった。

ファフィニョは反射的に、一番近くの手を握った。

ナイラの手だった。

すぐに放した。

髪が鮮やかなピンク色になった。

「副作用だよ」と、あまりにも早口で言った。

リオラは注射器を調べた。

「そんな副作用は聞いたことがないわ」

「じゃあ、新しい副作用だ」

ナイラはかすかに笑った。

リオラが離れると、ファフィニョはナイラがまだ張りつめていることに気づいた。

「君が、あそこから出してくれた」と言った。

「あの航路に賛成したのも私よ」

「何年も前の航路だった。なくなってるなんて、誰にもわからなかったよ」

「船を失いかけた」

「でも、失わなかった。何も動かなくなったときも、君は操縦を続けた」

ナイラは目を伏せた。

「あなたも、抜け出すまで指示を出し続けた」

ファフィニョは、床が急に近づいてきたことを思い出し、恥ずかしくなった。

「艦長としての門出にしては、あまり立派じゃなかったね」

「倒れる前に、撤退を命じたでしょ。あなたの体が動くのをやめたくらいで、誰も信頼をなくさないわ」

「体が勝手に『やめた』わけじゃない」

「じゃあ、一時的な辞表を出したのね」

ファフィニョは笑った。

ナイラも笑った。

ファフィニョが休む間、船内のあちこちで作業が進んだ。

推進機関の工房で、ダレクとケイルは側面エンジンに独立した手動制御系が残っていることを発見した。

一基は応じた。

もう一基は、何年も眠っていたようだった。

「出力を上げられる」とケイルが提案した。

「まずは、俺たちを壁に突っ込ませずに起動するようにしよう」

二人とも、離陸時にファフィニョが残した傷を見た。

地図室では、ナイラとトヴァンが標識の航路を古い星図盤と照合していた。

トヴァンはまた食堂に行き着き、遅れてきた。

だが、記録を見るなり、規則性を見つけた。

「残骸は、でたらめに動いてるんじゃない」と彼は言った。

「重力の周期に従ってる」

「どれくらいの周期?」

「一周期を丸ごと観測する必要がある」

監視室では、アクセルとレイズが白黒のカメラ映像を確認していた。

電子センサーは誤った位置を示していたが、古いカメラのいくつかには、役に立つ映像が残っていた。

レイズは、どの監視画面にも映らずにアクセルの背後へ現れた。

「視覚上の異常を検知」とロボットは言った。

「カメラの位置を知ってる」

「それで異常が小さくなるわけではありません」

ファフィニョが医務室を出るとき、リオラは居住環状区画をゆっくり歩くように命じた.

船には、二段ベッドと作り付けの収納を備えた小さな部屋があった。

トイレは二か所だけ、完全に使えた。

ファフィニョはケイルと同室になった。

ケイルはすでに、床の大部分を工具で埋めていた。

ファフィニョはテープで線を引いた。

「君の側は、ここまで」

「テープが少し曲がってるようだな」

「君の部品の山が、床を押してるからだよ」

部屋を出ると、ファフィニョはトイレの一つに閉じ込められた。

扉を押し開けるには、先に取っ手を持ち上げなければならなかった。

助けを求める声は、船全体へ流れた。

「誰か、この扉を開けてくれない?」

船内放送が繰り返した。

「ファフィニョ……開けて……共用トイレ……」

ナイラが最初に来て、仕組みを解除した。

「この船、区画ごとにあなたを倒していくね」

「お互いを知ろうとしてるだけだよ」

「あなたもダレクの影響を受けてる」

その夜、全員が食堂に集まった。

リオラは、ケイルが『びっくり栄養食』と書かれた配給食を選ぶのを止めた。

ダレクは、船が機嫌を損ねることはあるのかとアクセルに反論していた。

トヴァンはナプキンに軌道を描いていた。

レイズは、誰にも来たところを見られず、いつの間にか席に座っていた。

「視覚上の異常を検知」とアクセルが告げた。

「食事中だ」とレイズは答えた。

ケイルがカップを掲げた。

「吐かなかったファフィニョに」

「気は失ったわ」とリオラが指摘した。

「完璧までは求められない」

ファフィニョは、みんなに笑われるだろうと思った。

実際、笑われた。

だが、そこに侮りはなかった。

ただ、安堵があった。

テーブルの向こうから、ナイラが口を開いた。

「流れに捕まる前に撤退を命じたのも、彼よ」

会話は続いた。

ファフィニョは、ブラックが座ったであろう空席を見た。

不在を感じた。

だが今度は、その思いに閉じ込められなかった。

仲間たちへ向き直った。

オーロラ・ホライズンは、もう放置された船とは思えなかった。

人が暮らす場所に感じられた。

食事のあと、全員でデータを集めた。

アナログ式のカメラは、干渉により強かった。

紙の地図は勝手に変わらなかった。

手動制御の推進器も使えそうだったが、まだ修理が必要だった。

トヴァンは一周期を観測しなければならなかった。

レイズは死角を調べ、ダレクはエンジンを調整する必要があった。

アクセルは外部信号から隔離しておく。

「待とう」とファフィニョは決めた。

ケイルが驚いて彼を見た。

「作戦は、それだけか?」

「準備するのも作戦の一部だよ」

「危ないくらい、ちゃんとしたことを言うな」

一度目の訓練で、トヴァンは食堂に行き着いた。

二度目には、ケイルが扉を直すため工具を持ってきた。

三度目には、全員が時間どおり持ち場に着いた。

アクセルがファフィニョを見た。

「ファフィニョは意識を維持しています」

「わざわざ言わなくていいよ」

「乗組員から確認を求められました」

誰もファフィニョと目を合わせなかった。

数時間後、ファフィニョは談話室でナイラを見つけた。

まだ地図を調べていた。

「寝たほうがいいよ」と彼は言った。

「あなたも」

ファフィニョは隣に座った。

ナイラは、航路が消えた瞬間をまだ考えていると打ち明けた。

「絶対に間違えないでほしいわけじゃない」とファフィニョは言った。

「何かがうまくいかないとき、君にいてほしいんだ」

ナイラが笑った。

「今の、ちょっと艦長みたいだった」

「練習してるんだ」

二人は船のことや、奇妙な扉のことを話した。

「それでも」とナイラは言った。

「家みたいに感じられるようになってきた」

「誰が中にいるかで、変わるんだろうね」

ナイラはうなずいた。

ついに疲れが勝り、彼女の頭がファフィニョの肩へ落ちた。

彼はまったく動かなくなった。

戸口にアクセルが現れた。

「あなたの心拍数が――」

ファフィニョは唇に指を当てた。

「あっちに行って」

「キラヴェクス12には、そうした作用は――」

「アクセル」

ロボットは引き下がった。

ファフィニョはナイラを見た。

彼女を求めるのは、信頼しているからだけではないとわかった。

そばで緊張するのも、ただ恥ずかりだからではない。

彼女の意見が大切すぎた。

笑い声が大切すぎた。

何もかもうまくいかないとき、隣にいてくれることが、大切すぎた。

恋と呼べるのかは、わからなかった。

だが、もう友情だけではなかった。

髪がピンク色に変わった。

何も言わないことにした。

翌朝、カメラが警報を出した。

標識が、カール・ドゥームの内部に再び現れていた。

画面にメッセージが形になった。

帝国の通路を使用するな。

三回目の周期を待て。

有機キー『生きた根』で応答せよ。

ダレクとリオラが顔を見合わせた。

「『生きた根』は、有機生命体同盟の救難用の合言葉だった」とリオラは言った。

映像が変わった。

標識の後ろに、有機生命体向けに設計された宇宙服を着た人影が現れた。

カメラへ片手を上げ、残骸の間の暗い通路を指さした。

そして、姿を消した。

「あそこに誰か住んでる」とレイズが言った。

「それとも、私たちを中へ誘ってるのかかも」とナイラは答えた。

ファフィニョは乗組員を見た。

修理はまだ終わっていなかった。

トヴァンの周期測定も完了していなかった。

アクセルは合言葉を解析する必要があった。

まだ準備ができていなかった。

「まだ返事はしない」と決めた。

「先に作戦を仕上げよう」

オーロラ・ホライズンは、カール・ドゥームの前で動かずにいた。

今度は、乗客たちがその場しのぎで動かす船ではなかった。

そこにいたのは、突破の準備をする乗組員たちだった。

第5章をお読みいただき、ありがとうございました!

もし今回の話を楽しんでいただけましたら、ブックマークや下の評価(★)で応援していただけると非常に励みになります。

次回のアドベンチャーもお楽しみに!

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