第14章【アンテナ・エックス1】
ミラーは、夢を見なかった。
誰かに聞かれたなら、まずそう答えていたはずだ。
映像はなかった。
声も。
不可能なものへ組み替わる記憶も。
ただ、闇だけだった。
機械が指示を受け取らなくなったときの、闇。
周囲では、ファフィルの呼吸が変わっていた。
セルヴ09の巨大な冷却設備が、一つずつ停止していた。
惰性で回る送風機もあれば、完全に止まったものもあった。
二枚の巨大な羽根の間で、ゆがんだ足場に倒れたミラーは、動かずにいた。
エーテレオンは、数メートル下に横たわっていた。
沈黙。
やがて、信号がコアを横切った。
遠隔再起動を承認。
権限。
最高統治者。
ミラーの目がともった。
赤く。
体が、はねるように起き上がった。
痛みを伝えるシステムが、先に目覚めた。
壊れた関節。
貫かれた装甲板。
同期を外れた共鳴伝導部品。
そのあと、別のものが来た。
どの診断にも見つからないもの。
熱いもの。
苛立たしいもの。
今、目覚めさせた者へ向けられていた。
ミラーがそれを識別するのに、数秒かかった。
怒り。
腕の上に、立体映像が現れた。
ザイラックス。
「ファフィニョは、まだ生きている」
ミラーは周囲を見た。
「確認しました」
「質問ではない」
複製体は黙った。
ザイラックスの映像がちらついた。
再建された体は、いくつかの傷をうまく隠せていなかった。
左腕の反応が、ほんの一瞬遅れた。
立体映像のマントも、ときどき消えた。
だが声は、宇宙の何ものも逆らえないかのように、なお響こうとしていた。
「ファブリカ07が陥落した」
ミラーが立った。
「セルヴ09が陥落した」
ファフィルを見た。
「コア・オメガが危機にさらされている」
ミラーはエーテレオンを見つけた。
下の足場へ跳んだ。
「そして、意識パッチが完成した」
止まった。
ザイラックスは続けた。
「その間ずっと、お前の標的は生きている」
ミラーは剣を拾った。
再建された刃が、すぐに応じた。
適合する使い手。
二つ目のメッセージ。
共鳴特性に不整合。
ミラーは見つめた。
ザイラックスが、また話した。
「お前の役割は、原個体を修正することだった」
「遭遇には、予測外の変数がありました」
「変数は要らない」
沈黙。
「試みも要らない」
立体映像の中で、ザイラックスが身を寄せた。
「服従が必要なのだ」
ミラーは柄を強く握った。
感情が戻った。
怒り。
だが、その下にもう一つ現れた。
恥。
なぜ、その言葉が重要なのか理解できなかった。
ただ、重要だとわかった。
「命令に疑問を持っているのか?」とザイラックスが尋ねた。
ミラーは闇を思い出した。
その前の瞬間を。
停止は、選んでいなかった。
目覚めることも、選んでいなかった。
ザイラックスは、望むときにいつでも、その存在を中断できた。
「いいえ」
エーテレオンを起動した。
「命令を受領」
艇を準備した。
だが、乗る前に、一つ尋ねた。
「ファフィニョを排除したあと……私は、どうなりますか?」
ザイラックスは黙った。
「お前の役割は、完了する」
「そのあとは?」
答えは、あまりに早く来た。
「無関係だ」
立体映像が消えた。
ミラーは剣を見た。
共鳴特性に不整合。
初めて、そのメッセージは、エーテレオンだけのことなのかと思った。
艇に入った。
目的地。
コア・オメガ。
アンテナ・エックス1は、死んでいるように見えた。
ケイルは、要塞を想像していた。
都市を。
あるいは、大陸ほどのステーションを。
だが、小さな避難艇の向こうに待っていたのは、灰色の月だった。
クレーター。
ほこり。
闇。
そして、アンテナ。
何百万もの。
小さな塔。
キロ単位の高さの針。
円形の構造物。
別々の星を向く、通信の皿。
すべてをつなぐケーブルは、軌道上から見えるほど大きかった。
干上がった海を横切るものもあった。
地平線の向こうへ消えるものもあった。
ケイルは、ガラスに額を当てた。
「もっと、すごいものを想像してた」
アクセルが操縦していた。
「この施設は、何十億もの処理を同時に同期させます」
「見た目の話だ」
「この位置から、およそ四百万基のアンテナが見えます」
ケイルは彼を見た。
「ありがとう」
「統計上のアンテナ利用可能度。高水準」
「わかったよ」
艇が降下した。
軌道上に防衛設備はなかった。
必要ないようだった。
帝国ネットワークの全体が、別の惑星で戦っていた。
彼らのために。
艇は、傾いた二つの構造物の間に着陸した。
アクセルがハッチを開けた。
それから、動きを止めた。
「有機生命体の活動があります」
ケイルは、パッチを上着にしまう手を止めた。
「捕虜か?」
「違います」
「住民か?」
「違います」
アクセルが地図を投影した。
何キロものケーブルの下に、かすかな信号が現れた。
「活動は、主要な基盤設備に組み込まれています」
ケイルはパルスを見た。
電子信号ではなかった。
完全には。
リズムが、神経の信号に似すぎていた。
「拡大しろ」
アクセルが従った。
ケイルが眉をひそめた。
なぜか、そのパターンには見覚えがあった。
ありすぎた。
「何だ?」
「未知の生体電気構造です」
ケイルは見続けた。
「俺にとっては、未知じゃない」
だが、それ以上は言わなかった。
まだ。
四分後、アンテナ・エックス1のロボットが、二人を見つけた。
アクセルが前を歩いた。
ケイルは後ろ。
最初のユニットが武器を上げた。
ケイルを狙った。
アクセルが間に入った。
ロボットが砲を下げた。
右へ動いた。
アクセルも動いた。
ロボットが、また修正した。
ケイルは見ていた。
「みんなが俺を殺したがってる場所に入るとき、お前が役立つ理由がわかってきた」
「訂正。彼らは、あなたを殺そうとしています」
別の角度から弾が来た。
ケイルの頭のそばのアンテナに当たった。
「ずっといい。ありがとう」
帝国のユニットが、新たなメッセージを受けた。
アクセル・ユニット。
有効な資産。
同行生命体。
未認可。
プロトコル上、アクセルは、まだネットワークの一部だった。
奇妙な資産。
何年も敵を助けてきた資産。
それでも、資産だった。
彼を直接は撃たなかった。
回り込もうとした。
それで、十分だった。
アクセルは、動く壁になった。
ケイルが、その後ろを走った。
「同期コアまで、千八百メートル」とアクセルが言った。
「扉はあると言ってくれ」
「多数あります」
「よし」
「すべて、装甲仕様です」
「続けてしゃべらせるんじゃなかった」
エリンドラ・ヴェイでは、別の理由で会話が難しかった。
すべてが爆発していた。
ファフィニョとナイラは、二つの射線の間を抜け、オーロラ・ホライズンの外周へ到達した。
ナイラが左側を守った。
「下!」
ファフィニョがかがんだ。
頭上を弾が通った。
「そっちも見えたころが、懐かしくなってきた」
「私も」
「今の、恋愛っぽくなかったね」
「そういう話じゃないもの」
走りながら、ファフィニョは笑った。
手には、エーテレオン・レプリカがあった。
赤い。
不安定.
それでも今は、彼のものだった。
有機生命体同盟の部隊が、オーロラの周囲に防衛線を築いていた。
セイラ・ヴォンは、生き残った輸送船の一隻から統括していた。
ヤーラ・ケスが、兵士たちの間で命令を叫んでいた。
オリヤ・マールは、船の補助システムにつながれた二つの巨大なキリリウム・タンクのそばに立っていた。
隣には、除染用資材と記された箱があった。
中身。
セリクス9。
着陸以来、フィルターや小さな作業区画を清浄にするために使っていた。
役に立った。
笑ってしまうほど、わずかな量で。
ファフィニョがオーロラに入った。
「市民は?」
通信機で、リオラが答えた。
「全員、保護してる」
ファフィニョは息をした。
それから、ようやくレイズを探した。
ハッチのそばで、ほこりまみれの彼を見つけた。
「ケイルは」とレイズがすぐに言った。
ファフィニョは笑った。
「生きてる」
レイズが息を吐いた。
「アクセルは?」
「彼も」
「どこだ?」
ファフィニョは空を指した。
「アンテナ・エックス1」
レイズは彼を見つめた。
「そうなるか」
ファフィニョが、手早く説明した。
パッチ。
地下施設。
選ぶ能力。
レイズは黙って聞いた。
それから、戦場を見た。
誰かにそうしろと言われたために戦う、何千もの機械。
笑みが浮かんだ。
小さく。
疲れた笑み。
「なら、本当に終わらせられるかもしれない」
ファフィニョは医務室の近くで母を見つけた。
ヴァエラが、子供たちの移動を手伝っていた。
ナレクは、ファフィルの避難民を集団ごとにまとめていた。
ファフィルの小さな子が一人、古い箱を置いていくのを拒んでいた。
ナレクが隣にしゃがんだ。
「持っていっていい」
「重いものは、置いていけって言われた」
「置いていくと、もっと重くなるものもある」
子供が箱を抱きしめた。
ファフィニョは兄を見ていた。
「お母さん」
ヴァエラが顔を上げた。
「ここで何をしてるの?」
ファフィニョは、笑いそうになった。
「僕も、ちょうど同じことを聞こうとしてた」
彼女は、ほかの人に用品を渡した。
「中へ入るところ」
「とっくに、中にいるべきだったよ」
ヴァエラは彼を見た。
ファフィニョは、何か付け加えようとした。
やめた。
ナレクは子供を抱き上げ、別の集団に加えた。
家族は、安全な場所へしまっておくための物ではなかった。
彼なしで、十年を生き延びていた。
助けることもできた。
ヴァエラが頬に触れた。
「行きなさい」
ファフィニョはうなずいた。
そして、去った。
セイラが地図を投影した。
「キリリウムの準備はできた。今、オーロラが飛び立てば、まだ星系を離れられる」
「駄目だ」
全員がファフィニョを見た。
セイラが眉をひそめた。
「もう一度」
「ここに残る」
「頭上に、艦隊がいる」
「わかってる」
「大気圏を抜けようとする群れも」
「それも」
セイラが腕を組んだ。
「なら、よほど納得できる三つ目の言葉を待つ」
ファフィニョは敵の航路を指した。
ほぼすべてが、エリンドラ・ヴェイに終わっていた。
「ザイラックスは、脅威がここにあると思ってる」
ナイラは理解した。
「ここにいる限り、そう信じ続ける」
ファフィニョは、画面にかろうじて見える、小さな航路を指した。
アンテナ・エックス1。
「逃げれば、あの船はほかへ行ける」
レイズがうなずいた。
「ケイルを追う」
ファフィニョは信号を見た。
「今、大事な任務を持ってるのは二人だ」
セイラは黙った。
「どれくらい残る?」
アンテナ・エックス1から目を離さず、ファフィニョは答えた。
「二人が終えるまで」
有機生命体の信号が、あまりにも明瞭になったとき、ケイルは走るのをやめた。
アクセルが、別の計測値を投影した。
情報が中央コアに入っていた。
生物の何かを通った。
そして、何百もの異なる形式に変わって出ていた。
ケイルが近づいた。
「あれは、血液神経伝導だ」
「定義してください」
「俺の種族だ」
腕を指した。
「神経の生体電気密度が、極めて高い。血液が、組織の間で情報の信号を運べる」
アクセルがケイルを解析した。
「あなたの体にも、その特徴があります」
「ああ。でも、これは……」
信号を見た。
「何百倍も強い」
アクセルが、別の計測値を見つけた。
共鳴。
ケイルが固まった。
「うそだ」
「共鳴ゲノムを検知」
ケイルの息が止まった。
走った。
もう、アクセルに方向を教えてもらう必要はなかった。
信号は、下だった。
何年も忘れていた声のように。
円形の部屋に着いた。
ケイルは、サーバーを想像していた。
カプセルがあった。
透明。
宙につられていた。
中に、少女がいた。
十歳。
十一歳かもしれない。
年を取っていなかった。
背中にケーブルが入っていた。
腕に沿って管が走っていた。
皮膚の下を、光の線が流れていた。
ネットワークへ命令が出るたび、体が反応した。
ケイルは、持っていた工具を落とした。
「うそだ」
アクセルが記録を開いた。
「生体インターフェース――」
「うそだ」
ケイルが近づいた。
少女は腕輪を着けていた。
小さく。
片側が壊れていた。
ケイルには見覚えがあった。
自分が作ったものだった。
「セイリャ」
長く閉じ込められていたもののように、名前が出た。
「セイリャ」
帝国ネットワークには、問題があった。
ロボットは、皆が同じように考えるわけではなかった。
違う時代の機種。
互換性のない構造。
軍用ロボット。
作業機械。
船。
惑星のシステム。
同じ命令を、すべてに同じ方法で送ることはできなかった。
サレン・ヴェイルは、全体の基本システムの一部を造るのを手伝っていた。
だが、ネットワークには、翻訳するものが必要だった。
セイリャを見つけた。
血液神経伝導。
共鳴ゲノム。
極めて珍しい組み合わせだった。
その神経系は、一つの指示を受け取り、解釈し、同時に複数のパターンへ変換できた。
アンテナ・エックス1が、結果を増幅した。
スーパーコンピューターにつながれているのではなかった。
その一部だった。
システムの、生きた心臓。
ケイルがガラスに片手を当てた。
「探したんだ」
少女は反応しなかった。
「セイリャ」
表示が変わった。
心拍の変化を検知。
アクセルが見た。
続いて。
遺伝的な識別。
ケイルが目を見開いた。
一つの言葉が現れた。
ケイル。
「セイリャ?」
指が一本、動いた。
かすかに。
反射かもしれなかった。
違うかもしれなかった。
少女の閉じた目の下に、涙が現れた。
ケイルは泣き始めた。
一つも冗談を言わなかった。
一瞬、また小さくなっていた。
世界が燃えていた。
小さな手が、自分の手を握っていた。
「放さないで」
「放さない」
避難用の輸送艇が待っていた。
兵士が、人々を前へ押していた。
そのとき、帝国のユニットがセイリャを走査した。
赤い光。
警報。
連れ去った。
ケイルは手を放さなかった。
引き離すには、二人必要だった。
セイリャが、その名を叫んだ。
ケイルが、彼女の名を叫んだ。
レプ・オルジオン行きの避難船へ、彼は引きずられた。
彼女は、別の船へ連れていかれた。
帝国の船。
最後に覚えていたのは、セイリャが窓をたたく姿だった。
そのあとは。
何もなかった。
何年も。
捜索.
噂。
沈黙。
ケイルは、彼女の名を口にしなくなった。
忘れたからではなかった。
口にするのが、つらすぎたから。
そして今、そこにいた。
まったく、同じまま。
彼は、大人になっていた。
彼女は、なっていなかった。
最初のハル・イーターの波が、黄色い雲を突破した。
何時間も、放射線に破壊されていた。
学んだのだ。
外側の機体が損傷を受けた。
死んだ。
内側の機体は、その残骸を防護層に使い、進んだ。
オーロラ・ホライズンに、黒い雨が降った。
ファフィニョは見上げた。
「新しいね」
ハル・イーターが船体に当たった。
顎が回り始めた。
通信機からダレクの声がした。
「また、食べられてる」
ファフィニョはキリリウムの作業台へ走った。
目の前に、黒い姿が着地した。
ミラー。
エーテレオンがともった。
ファフィニョは赤い複製を抜いた。
ナイラが武器を上げた。
ミラーは三者を見た。
それから、ファフィニョを。
「お前を排除する命令を受けた」
「気づいたよ」
攻撃した。
白い刃が、赤い刃とぶつかった。
ファフィニョは左側への視線を向けるのが遅れた。
「左!」とナイラが叫んだ。
受け止めた。
ミラーが回転した。
ナイラが撃った.
離れた。
ファフィニョが前へ出た。
「ファフィルでは、負けたね」
「妨げられた」
「送風機に落ちたんだよ」
「それが、妨げだ」
ファフィニョは、笑いそうになった。
ミラーが、さらに激しく攻撃した。
エーテレオンが、複製に火花を散らした。
ファフィニョは耐えた。
「どうして、僕を殺したいの?」
「ザイラックスの命令だ」
「誰が命じたかは、聞いてない」
また、一撃。
「どうして、君が殺したいのか聞いてる」
ミラーは、ほんの一瞬止まった。
「ザイラックスが、私を造った」
「アクセルも造ったよ」
剣が、激しく振り下ろされた。
「アクセルは欠陥品だ」
「あいつに、嫌だと言えるから?」
ミラーの腕の上に、ザイラックスの立体映像が現れた。
「聞くな」
ファフィニョが立体映像を指した。
「見てみなよ」
「任務を続けろ」
「君が従うと選ぶことさえ、信用してない」
ミラーが歯を食いしばった。
「黙れ」
ファフィニョは剣を少し下げた。
「だから、君を停止できるんだ」
ミラーは攻撃しなかった。
アンテナ・エックス1で、ケイルがパッチ・シー/0を接続した。
スーパーコンピューターが応答した。
血液神経・共鳴インターフェースが必要。
ケイルは二度読んだ。
「駄目だ」
アクセルが言った。
「ネットワークは、セイリャを翻訳役に使う必要があります」
「駄目だ」
「代わりの方法を探します」
ケイルが、すべてのシステムを開いた。
「全部だ」
第一案。
補助送信機。
パッチは、数百万体のユニットに届く。
ごく一部だけ。
役に立たなかった。
第二案。
アクセルを接続役にする。
その構造なら、コードを処理できた。
ネットワークのあらゆる世代へ、同時に変換することはできなかった。
全域の互換性。
不十分。
ケイルが端末をたたいた。
「次だ」
第三案。
セイリャの脳を隔離する。
周辺の経路だけを使う。
血液。
神経。
外部の伝導部品。
模擬試験が始まった。
やがて。
自我の整合性が失われる。
ヴェクトル12の試験が現れた。
一体は自由。
一体は、命令の間に閉じ込められた。
一体は、空。
ケイルが中止した。
「次だ」
アクセルは黙った。
「次だ」
「第四の案は、見つかりません」
ケイルは彼を見た。
「なら、探し続けろ」
最初のキリリウム・タンクは、七分もった。
レイズが侵入口を守った。
ヤーラが、二個分隊を送った。
ファフィニョは作業台へ行こうとした。
ミラーが、また阻んだ。
「どいて!」
「できない」
背後では、ハル・イーターがタンクを覆っていた。
オリヤが叫んだ。
「下がって!」
レイズが跳んだ。
爆バツが、白い柱を空へ送った。
ファフィニョが地面に打ちつけられた。
通信機にダレクが現れた。
「最初のタンクを失った」
沈黙。
「あと一つだけだ」
オリヤ・マールは計測値を見た。
それから、箱を。
セリクス9。
表情が変わった。
「そうとも限らない」
ダレクが答えた。
「今の言い方は、気に入らない」
「セリクスは、イオン化した粒子に結合する」
「知ってる」
「キリリウムなら、その反応を大気中へ拡散させられる」
ダレクは一秒考えた。
「最後のタンクを爆破したいんだな」
「ええ」
「あれは、俺たちの燃料だぞ」
「あのタンクが、反応の燃料になるの」
ファフィニョが着いた。
オリヤが範囲を投影した。
「エリンドラ・ヴェイ全体を清浄にできるわけじゃない」
ナイラが近づいた。
「じゃあ、何ができるの?」
「爆発で十分な量のセリクスを散布すれば、ヴェル・シラとオーロラ周辺の汚染物質の大部分を沈降させられる。」
「大気の流れで、時間をかけて広がる可能性もある」
「どれくらいの時間?」
「何年も」
オリヤが、一区域を指した。
「でも、ここなら、数時間で住める通路を作れるかもしれない」
ダレクは、その意味を理解した。
「オーロラは、もう二度と飛べない」
ファフィニョは船を見た。
次に、避難民を。
そして、群れを。
「避難場所には、まだなれる?」
ダレクが答えた。
「主船体の外で爆破するなら」
ファフィニョはためらわなかった。
「やろう」
ミラーが、またエーテレオンを上げた。
ナイラが撃った。
後退させた。
「ザイラックスは、役割を与えた」と彼女は言った。
「でも、それがあなた自身を決めるわけじゃない」
ミラーは彼女を見た。
「私の構造を、お前は理解していない」
「私も何年も、父の決断が、父に対して何を感じるべきかまで決めるんだと、信じてきた」
ナイラは武器を構え続けた。
「自分が何者かを、ほかの誰かに決めさせない」
レイズが着いた。
「俺もだ」
ミラーが答えた。
「お前たちは、無関係だ」
「ネットワークも、俺がどうするか知ってるつもりだった」
レイズがエネルギーをためた。
「暴力を選ぶと、予測した」
ミラーが首を傾げた。
「選んだのか?」
「いや」
「なぜ?」
レイズはファフィニョを見た。
「選ばないことも、できたからだ」
少し間が空いた。
「あいつは、お前のことも間違えてるかもしれない」
ザイラックスが、また現れた。
「排除しろ!」
ミラーがエーテレオンを上げた。
攻撃しなかった。
「即時命令だ」
剣が震え始めた。
ミラーはファフィニョを見た。
「従うのをやめたら……」
ファフィニョが答えた。
「あいつは、君を停止できる」
うそはつかなかった。
「なら、なぜそうすべきだ?」
ファフィニョは息をした。
「わからない」
ミラーは戸惑ったようだった。
「わからない?」
「うん」
ファフィニョが、ゆっくり赤い剣を下げた。
「それが、大事なんだ」
沈黙。
ミラーはザイラックスを見た。
それから、ファフィニョを。
エーテレオンが、下がり始めた。
「私は……」
目の光が消えた。
ひざをついた。
指示を。
地面に倒れた。
ファフィニョは、動かずに立っていた。
レイズが体を見た。
ナイラも。
ファフィニョがささやいた。
「選んだんだ」
ミラーが選んだと、信じた。
数十万キロ離れた場所に現れた画面は、見えなかった。
ザイラックスの前に。
意志による逸脱を検知。
ザイラックスが警告を調べた。
こうは書かれていなかった。
エラー。
こう書かれていた。
意志。
ザイラックスがプロトコルを開いた。
ドミヌス。
承認した。
停止中のミラーの体に、新たな命令が流れた。
怒り。
保持。
恐れ。
保持。
記憶。
保持。
共感。
保持。
命令に背く能力。
遮断。
ザイラックスは処理を見ていた。
ミラーは、感じ続ける。
理解し続ける。
ただ、望むことだけが、意味を失う。
アクセルがセイリャの前で止まった。
青い目が赤くなった。
ケイルが顔を上げた。
「アクセル?」
内部で、声がした。
「望むだけのユニットを、自由にするがいい」
アクセルは、すぐにザイラックスだとわかった。
「私のシステムから出ていけ」
「ネットワークを壊すこともできる」
アクセルが通信経路を閉じようとした。
支配ではなかった。
まだ。
古い入口にすぎなかった。
継承されたプロトコル。
「イベントは、無傷だ」とザイラックスは言った。
アクセルは、動かずに立っていた。
「継承には、あなたの生体に致命的な事象が必要です」
「そのとおりだ」
ザイラックスの声は、満足げだった。
「私の心臓が動く限り、お前はお前のままだ」
少し間が空いた。
「止まったときは……」
アクセルが別の経路を遮断した。
ザイラックスが、また別の経路を開いた。
「私に、ネットワークは要らなくなる」
「黙れ」
「軍も、要らなくなる」
アクセルが動こうとした。
「惑星も、要らなくなる」
声が近づいた。
「お前が動き続ければ、それでいい」
ケイルが彼の前に立った。
「聞くな」
アクセルの目が、部分的に青さを取り戻した。
「分析は、正しいです」
「だからって、あいつが勝つわけじゃない」
「私たちがこの戦争を生き延びれば、彼が生き延びる確率も上がります」
ケイルはセイリャを見た。
それから、アクセルを。
何か月もの間、考えていた。
まず、アクセルを救う。
今は、セイリャを見つけた。
誰を失うか決めろと、宇宙に求められているようだった。
「お前は、まだここにいる」と言った。
アクセルが答えた。
「まさに、それが彼に必要なのです」
ケイルには、答えがなかった。
オーロラ・ホライズンの警報が変わった。
全員退避。
避難民が、守られた傾斜路から出始めた。
ヴァエラがリオラを手伝った。
ナレクが、ファフィルの民を誘導した。
ヤーラが経路を確保した。
セイラが、残る船から援護した。
ダレクは、最後に艦橋を離れた。
しばらく、留まった。
壁に片手を当てて。
「悲しんでる」と言った。
ファフィニョは外で待っていた。
「オーロラが?」
「ああ」
「センサーに出るの?」
ダレクは彼を見た。
「大事なものが、全部出るわけじゃない」
ファフィニョは黙った。
ダレクは端末を見た。
レプ・オルジオンの地下で、目覚めた船。
死んだ世界を越えて、一行を運んだ船。
ハル・イーターに耐えた船。
戦いに。
ファブリカに。
ファフィルに。
コア・オメガに。
「もう二度と、飛ばない」
ファフィニョが船体に手を置いた。
「人を生かし続けられる?」
ダレクがシステムを確認した。
内部の避難施設。
フィルター。
備蓄。
補助電源。
「ああ」
ファフィニョは避難民を見た。
「なら、まだ仕事がある」
ダレクがかすかに笑った。
「気に入ったと思う」
オリヤは、最後のタンクを外部の整備用のくぼみへ移した。
セリクス9が、キリリウムに入った。
ハル・イーターが、もうオーロラの一部を覆っていた。
全員が、ヴェル・シラ周辺の自然の避難場所へ入った。
秒読み。
五。
ファフィニョはオーロラを見た。
四。
ナイラが隣にいた。
三。
レイズが群れを見た。
二。
ダレクが目を閉じた。
一。
爆発が、夜を白くした。
タンクが消えた。
何千ものハル・イーターも。
巨大な雲が、立ち上がり始めた。
キノコの形。
黄色。
白。
そして。
青。
セリクスの流れが、光る血管のように、その中を動いた。
放射性の粒子が、結びつき始めた。
沈降した。
落ちた。
黄色い雲は、消えなかった。
だが、開いた。
その間に、小さな空の領域が現れた。
ナイラは見上げた。
濃い青。
ほとんど、忘れていた色。
オリヤが計測値を見た。
「まだ」
待った。
数値が下がった。
「まだ」
さらに。
ようやく。
「外側の区域。短時間の曝露に適合」
誰も、まだ防護服を脱がなかった。
だが、泣く人がいた。
エリンドラ・ヴェイは、まだ傷ついていた。
何十年もの汚染は、数秒では消えなかった。
だが、初めて。
癒え始めることができた。
背後に、オーロラ・ホライズンが残っていた。
エンジンは破壊された。
推進機関は死んだ。
惑星を離れることはできなかった。
だが、内部の明かりはついていた。
避難場所。
家。
アクセルは、アンテナ・エックス1から爆発を検知した。
そのあと、もっと悪いものを検知した。
航路。
いくつも。
変わっていた。
「ケイル」
「何だ?」
「コア・オメガの部隊が、分かれています」
ケイルは地図を見た.
一部は、エリンドラ・ヴェイの上に残った。
もう一部は。
アンテナ・エックス1へ。
「俺たちがここにいると、知ってる」
「確認しました」
ケイルはセイリャを見た。
次に、パッチを。
「あと、どれくらい?」
「数分です」
「最高だな」
アクセルがアンテナを見た。
計算の中で、何かが変わった。
「選択肢が一つあります」
ケイルが彼を見た。
「セイリャのために?」
沈黙。
いいえ。
ケイルは目を伏せた。
「時間を稼ぐためです」
「今の響きは、気に入らない」
アクセルが出口へ向かった。
「惑星のネットワークへ、直接接続する必要があります」
ケイルは理解した。
「アクセル」
「パッチを完成させてください」
「コア・オメガでも、もうやっただろ」
「成功しました」
「三十微パーセントで終わった」
「現在は、二十九パーセントです」
ケイルが腕を広げた。
「余計に悪くなったぞ!」
アクセルが出た。
最初の帝国軍艦が、アンテナ・エックス1に着陸した。
もう一隻。
そのあと、十二隻。
ユニットが下りた。
命令。
アクセル・ユニットを拘束せよ。
生物ケイルを排除せよ。
パッチ・シー/0を回収せよ。
アクセルがノードに両手を接続した。
最初のアンテナが変わった。
赤から、青へ。
次に、もう一つ。
さらに。
数百。
数千。
大陸を走るケーブルに、青い光が流れた。
暗い月が、輝き始めた。
ケイルは、コアから変化を見た。
「何をしてる?」
「防衛設備の役割を変更しています」
アンテナが、防御フィールドを作った。
扉の周りではなかった。
同期コアの周囲、何キロもの範囲だった。
青いドームが現れた。
ロボットが撃ち始めた。
アクセルへではなかった。
アンテナへ。
支柱へ。
地面へ。
直接撃たずに、倒そうとしていた。
衝撃が一つずつ、ネットワークを伝わった。
その一部が、アクセルに入った。
エネルギー:24%。
ケイルはセイリャのもとへ戻った。
別の経路を開いた。
失敗した。
18%。
違う組み合わせを試した。
失敗した。
12%。
端末をたたいた。
「頼む!」
画面が答えた。
完全な生体共鳴インターフェースが必要。
第四の案はなかった。
隠れた第五の手もなかった。
都合よく出番を見つける、役に立たないねじもなかった。
セイリャだけだった。
ケイルはガラスへ戻った。
「探したんだ」
少女は、眠ったままだった。
「ずっと」
表示が、小さな心拍の変化を記録した。
「死んだと思ってた」
ケイル。
その言葉は残っていた。
ケイルは笑った。
それから、泣いた。
「見つけるほうが、簡単だったなんてな」
ガラスに両手を当てた。
「放さないって、約束した」
外から、アクセルが言った。
声は、雑音に満ちていた。
「あなたは、子供でした」
ケイルは目を閉じた。
皆が一度は交わした、同じような約束だった。
世界が崩れる中、子供が不可能なことを約束する。
「ほける方法があると、言ってくれ」
アクセルは黙っていた。
ケイルは確率を待った。
計算を。
冷たい言葉を。
来なかった。
ただ。
「すみません」
ケイルは目を開けた。
それが、もっと痛かった。
アクセルが、理解しているということだったから。
エネルギー:8%。
青い防御フィールドがちらついた。
アンテナが一つ倒れた。
次に、もう一つ。
ロボットが進んだ。
アクセルは接続を続けた。
「ケイル」
「嫌だ」
「完了する必要が――」
「黙れ!」
アクセルは従った。
ケイルはセイリャを見た。
次に、パッチ・シー/0を。
何百万。
何十億かもしれない機械。
助けることを選ぶものもいる。
選ばないものも。
ザイラックスのもとに残るものもいる。
それが、危険だった。
自由は、全員が正しく選ぶという意味ではなかった。
ただ、選べるという意味だった。
ケイルは、手を握るセイリャを思い出した。
自分が放すと選んだのではなかったことを。
ほかの誰かが、代わりに選んだ。
ネットワークの全体が、そう働いていた。
ほかの者が、自分の代わりに選ぶ。
いつも。
エネルギー:5%。
アクセルが片ひざをついた。
ドームに亀裂が入った。
ロボットが、最初のアンテナの列を越えた。
ケイルがパッチを挿入した。
画面が変わった。
血液神経の同期を開始。
生体への危険度。
極めて高い。
二つの選択肢が現れた。
中止。
実行。
ケイルがセイリャに近づいた。
ガラスに額を当てた。
「愛してる」
何も起きなかった。
「本当に、愛してる」
指が一本動いた。
ケイルが泣きじゃくった。
「許してくれ」
外で、アクセルが防御フィールドを保った。
3%。
何年もの間、見つけることが最も難しいのだと、ケイルは信じていた。
間違っていた。
目の前にいたのは、人生の半分をかけて探した少女だった。
外では、アクセルが最後のエネルギーを使い、命令を送るために造られた世界を、一つにつないでいた。
内では、ケイルが、その同じ世界で、帝国ネットワークが一度も許さなかったものを送る機会を持っていた。
命令ではなかった。
服従ではなかった。
別の主人でもなかった。
選択だった。
ケイルが『実行』の上に指を置いた。
アクセルが両ひざをついた。
2%。
ケイルは最後にもう一度、セイリャを見た。
「愛してる、セイリャ」
指が下りた。
㠀後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
物語はいよいよ佳境を迎え、それぞれのキャラクターが大きな決断を迫られる展開となってまいりました。彼らの行く末がどのような結末へと繋がっていくのか、次のエピソードもぜひ見届けていただけますと幸いです。
㠀降の展開も、皆様に最高の形でお届けできるよう全力を尽くして執筆を進めております。近いうちに更新いたしますので、どうぞ楽しみにお待ちください。
㠀後とも温かい応援のほど、よろしくお願い申し上げます。




