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第13章【コア・オメガ】

オーロラ・ホライズンが向きを変え始めた。

 ゆっくりと。

 傷ついて。

 避難民をいっぱいに乗せて。

 ファフィルの投影が船の後ろへ消え、前方に新たな点が大きくなった。

 コア・オメガ。

 ファフィニョは、地図の前に座っていた。

 腰のエーテレオン・レプリカは、停止したままだった。

 包帯が左目を完全に覆っていた。

 右には、航路を表示する端末がいくつもあった。

 左には……。

 何も見えなかった。

 まだ、慣れなかった。

 補うため、顔を向けた。

 空席が見えた。

 ジャウル・ケス。

 誰も座っていなかった。

 セイラ・ヴォンは護衛船の一隻から統括していたが、オーロラのその席は、空いたままだった。

 ファフィニョは目をそらした。

「航路を確認」とアクセルが言った。

「四十七分後、コア・オメガがセンサー範囲に入ります」

「よし」

 ナイラは艦橋の反対側に立っていた。

 目的地を決めてから、一言も話していなかった。

 ファフィニョは気づいた。

 だが、尋ねる前に、入り口へリオラが現れた。

「どうして立ってるの?」

 ファフィニョは自分の脚を見た。

 それから、彼女を。

「立ってない……」

 知らないうちに立っていたと気づいた。

「あ」

「また平衡感覚に無理をさせたら――」

「歩きたかっただけだよ」

「歩いてもいいわ」

「よかった」

「ゆっくりなら」

「あまり、よくなくなった」

 ファフィニョは艦橋を離れた。

 ナイラが続いた。

 片目では、通路が狭く感じられた。

 馬鹿げていた。

 誰かの視力が失われても、通路の幅は変わらない。

 ファフィニョは知っていた。

 脳は、まだ知らなかった。

 曲がり角の距離を測った。

 間違えた。

 肩がハッチにぶつかった。

「痛っ」

 後ろで、ナイラが止まった。

ファフィニョはすぐに背筋を伸ばした。

「大丈夫」

「今、扉との戦いに負けたよね」

「扉が、攻撃用の軌道にいたんだ」

 ナイラは、笑わないようにした。

 失敗した。

「そうね」

 近づいた。

 ファフィニョは、扉のことを考えなくなった。

 ナイラがこめかみの包帯の一部を、慎重に持ち上げた。

「痛む?」

「激しい動きをしたときだけ」

「歩くとか?」

「医学も、ずいぶん要求が厳しくなったね」

 彼女が留めひもを一つ直した。

指が髪に触れた。

 体に熱が上がるのを、ファフィニョは感じた。

 ナイラが髪の先を見た。

 ピンク。

 片眉を上げた。

「少なくとも、こっちはまだ動くね」

 ファフィニョは右目を閉じた。

「残念ながら」

 ナイラが小さく笑った。

そのとき、通路の明かりが変わった。

 パネルに、惑星の映像が現れた。

 ナイラの笑顔が消えた。

 ファフィニョは目を開け直した。

「どうしたの?」

 彼女は、その世界を見た。

「コア・オメガって名前じゃなかった」

ファフィニョが動きを止めた。

 その言葉を、前にも聞いていた。

 ヴェイラク・タルの前で、レイズから。

ファフィルの前で、自分から。

「何て名前だったの?」

 ナイラはゆっくり息をした。

「エリンドラ・ヴェイ」

 口にするのが、痛いような名前だった。

「そこで生まれたの」

 二十分後、エリンドラ・ヴェイが前方に現れた。

 ファフィニョは、また工業の世界を想像していた。

 違った。

 もっとひどかった。

 大気は黄色と緑の雲に覆われていた。

 電気の嵐が大陸を丸ごと横切っていた。

 かつて水をたたえたくぼ地を、黒い湖が満たしていた。

 何千もの塔が、直接地表へ突き刺さっていた。

 惑星の上に建てられたのではなかった。

 打ち込まれたように見えた。

 その間で、地殻の下の白い亀裂が輝いていた。

 純粋な光。

 軌道に着く前から、オーロラ・ホライズンは危険な放射線量を検知した。

「有機生命体の長時間の曝露に、適合しない水準です」とアクセルが報告した。

 ナイラが窓に近づいた。

「昔は、地表から流れが見えたの」

 ファフィニョは彼女を見た。

「何の流れ?」

「自然のエネルギー」

 ナイラは亀裂を指した。

「エリンドラ・ヴェイの地殻のほぼ全域には、下に鉱物の構造がある。何世紀もかけて、熱と電気と太陽のエネルギーを吸収するの。」

「街では、その一部を使ってた。惑星が回復できる量を、決して超えずに」

 ファフィニョは塔を見た。

「ネットワークには、その決まりがない」

「ないわ」

 巨大な施設が、亀裂の一つから白い流れを引き出した。

 ナイラが指を強く握った。

「何年も、吸い上げてる」

 ファフィニョは隣にいた。

「ここから来たって、どうして教えてくれなかったの?」

 ナイラは、時間をかけた。

「もう一つのことを、どう話せばいいのかわからなかったから」

 彼を見た。

「父は、帝国ネットワークのために働いていた」

 名は、サレン・ヴェイル。

適応型システムの技師。

 エネルギー網と制御構造の専門家。

 ネットワークがエリンドラ・ヴェイへ侵攻したとき、ナイラは子供だった。

And, 負傷した。

「爆発が、私たちの区画を襲ったの」と、オーロラが接近を続ける中で彼女は説明した。

「肺を傷めた。二日後に、病院は動かなくなった」

 ファフィニョは聞いていた。

「父は、帝国の士官と話をつけた。自分の知識を差し出したの」

「君と引き換えに」

 ナイラはうなずいた。

「レプ・オルジオンへの避難船に、乗せてもらった」

 ファフィニョは、自分の船を思った。

 七歳。

母と離れて。

 違う理由で、同じ惑星へ向かう二人の子供。

「お父さんは?」

「残った」

 ナイラは自分の手を見た。

「そのあと、帝国のシステムに、父の研究の一部が現れ始めた。保安プロトコル、内部ネットワーク、監視システム」

「お父さんのものだって、わかったの?」

「いくつかには、見覚えのある技術上の特徴があった」

 ファフィニョはヴェクトル12を思い出した。

 ナイラは、あの通路の見つけ方を、あまりにも早く理解していた。

「生き残った人たちは、父を裏切り者と呼んだ」と彼女は続けた。

「私は、私を救ってくれたって、いつも言ってた」

 声が低くなった。

「でも、私を救ったからって、そのあとシステムがしたかもしれないことは消えない」

 ファフィニョは、すぐには答えなかった。

 父親はいい人だったと、言いたくなかった。

 知らなかったからだ。

正しいことをしたとも、言いたくなかった。

 それも、知らなかった。

「なら、手に入れた時間で何をしたのか、確かめよう」

 ナイラが顔を上げた。

 ついに、うなずいた。

「場所が一つある」

 サレンの研究室は、ヴェル・シラの山々の下にあった。

 侵攻前に造られた地下施設。

 公共のネットワークから切り離されていた。

 父がそこへ戻ったことがあるのか、ナイラは知らなかった。

 生きているかどうかさえ、知らなかった。

 だが、中に何があるかは知っていた。

「スーパーコンピューター」と言った。

「メア・イクス。父は、大事な研究をそこに保存してた」

 技術用の艦橋へ来ていたケイルが、工具をいじる手を止めた。

「どんな研究だ?」

「システムのコード。適応型の構造。写せていれば、帝国のプロトコルも」

 アクセルがケイルを向いた。

 ケイルも、彼を見た。

一瞬だった。

 だが、ファフィニョは見た。

「何?」

「何でもない」とケイルが言った。

「確認します」とアクセルが付け加えた。

「何でもありません」

 ファフィニョは二人を見つめた。

「二人とも、うそが下手だね」

 警報が会話を遮った。

 画面にダレクが現れた。

「問題がある」

「新しいの?」

「正確には、古い問題がいくつも積み重なった結末だ」

 ファフィニョは笑わなかった。

「ダレク」

「稼働用の燃料、ゼロ」

 沈黙。

「ゼロに近いゼロ? それとも、本当のゼロ?」

「見つめても増えないほうのゼロだ」

 オーロラが減速し始めた。

 アクセルが背後に信号を検知した。

 ハル・イーター。

 また、新たな波。

「ここには留まれない」と、小艦隊からセイラが言った。

「軌道速度を失えば、追いつかれる」

 ダレクが航路を開いた。

 まっすぐ、大気圏へ。

 ファフィニョは理解した。

「下りよう」

「そう勧めるつもりだった」

「また飛び立てる?」

 ダレクは黙った。

「燃やせるものを見つけたときに聞いてくれ」

 オーロラ・ホライズンが降下した。

 大気圏への進入は、基本的には落下だった。

 操船になりたいという、控えめな望みだけはあった。

 放射能を帯びた嵐が、船体を打った。

 白い稲妻が、外側の装甲を這った。

 ハル・イーターは追おうとした。

 だが最初の塊は、電荷を帯びた流れの中で乱れた。

 オーロラが雲を破った。

 地面が、早すぎるほど近づいた。

「つかまれ!」とダレクが叫んだ。

 巨大船が地面にぶつかった。

 跳ねた。

 また、ぶつかった。

岩の地形を掘り進んだ。

 何キロも滑り、汚染された粉塵の雲が船体を飲み込んだ。

 ようやく、止まった。

 すべてが、数度傾いていた。

 ダレクが、また現れた。

「着陸完了」

 ファフィニョは、床に落ちた端末を見た。

「君の『着陸』の定義が、ものすごく心配だよ」

「地上にはいる」

 ファフィニョは考えた。

「危ないくらい、筋が通ってるね」

 防護服は、軽い鎧のようだった。

 完全密閉。

フィルター。

 線量計。

 放射線防護板。

 ナイラが、ファフィニョの着用を手伝った。

 彼は左側の留め具をつなごうとした。

 外した。

もう一度、試した。

 ナイラが部品を取った。

「任せて」

「できるよ」

「四十秒も、一つの四角い部品を、もう一つの四角い部品にはめようとしてる」

「複雑な関係なんだ」

 ナイラが留め具をつないだ。

 二人の手が、触れたままだった。

 ファフィニョは彼女を見た。

彼女も見た。

「ちょうどいいときって、なかなかないね」とナイラが言った。

「何の?」

 ナイラは笑った。

「そういうところ」

 ヘルメットをかぶった。

 ファフィニョは、さらに二秒立っていた。

「わざと曖昧にしたね」とつぶやいた。

 アクセルが横を通った。

「確認しました」

「君には聞いてない」

 任務が分かれた。

 ヤーラ・ケス隊長が地上部隊を率いた。

 背が高く、濃い灰色の肌をした女だった。

 声はとても落ち着いていて、どの命令も避けられないことのように聞こえた。

「採掘施設を破壊する。帰ってこい」

 ヴェクラン・ソルが片手を上げた。

「訓示は、それで全部ですか?」

「そうだ」

「幸運を祈る、とかもなし?」

「運は信じない」

「俺は信じます。特に撃たれてるときは」

「なら、帰ってきて話してくれ」

 ヴェクラン・ソル中尉が輸送隊を率いた。

 隣では、エネルギーの専門家オリヤ・マールが、白い貯蔵タンクを投影した。

「精製したキリリウム」

 通信機にダレクが現れた。

「燃料だ」

 オリヤは、家族全員を侮辱されたような目で彼を見た。

「これは、安定化したエネルギー保持化合物で、製造には――」

「オーロラを飛ばせるか?」

「ええ」

「燃料だ」

 オリヤは通信を閉じた。

 ヤーラがため息をついた。

 ファフィニョ、ナイラ、ケイル、アクセルは、ヴェル・シラへ向かった。

 レイズは、ヤーラの部隊に残った。

「ポンプを壊す」と言った。

「お前たちは、救う価値のあるものを探せ」

 死の下に、エリンドラ・ヴェイの美しさがあった。

 それが、何よりひどかった。

 灰の層の下から、青い結晶が伸びていた。

 石化した木々が、繊細な形を保っていた。

 亀裂のいくつかには、まだ光が流れていた。

 半ば埋もれた科学施設の前で、ナイラが止まった。

 壊れたアンテナが、まだ信号を送っていた。

 アクセルが識別した。

「キャッシュ404で検知した通信と一致します」

 ファフィニョが近づいた。

 録音が現れた。

「コアは、そうでは――」

 雑音。

 アクセルが、欠けたデータを復元した。

 声が戻った。

 コアは、反応炉ではない。

 ナイラが顔を上げた。

 エリンドラ・ヴェイの、自然のエネルギーの心臓だ。

 図が現れた。

 巨大な鉱物の網。

生きている。

 有機生命体という意味ではなく。

 動き続けているのだ。

 自ら調整しながら。

 光る根のように、地殻の下へ広がっていた。

 ネットワークが、開いたままにしている。

 ファフィニョは亀裂を見た。

 彼より先に、アクセルが理解した。

「採掘施設が、亀裂の自然な閉鎖を妨げています」

 ナイラが、光る岩に片手を当てた。

「反応炉を使ってるんじゃない」

「そのとおりです」

「惑星そのものを、吸い尽くしてる」

 ファフィニョは、数キロ先の塔を見た。

「なら、コアを壊す必要はない」

 ナイラが彼を向いた。

 ファフィニョは亀裂を指した。

「傷を、閉じるんだ」

 数秒後、ニドラクスが現れた。

 初めは、三角形の虫に似ていた。

 数十。

やがて数百。

くっついた。

一体が、もう一体の上へ。

 四本の脚になった。

 胴体に。

砲に。

「新しいね」とファフィニョが言った。

「ニドラクス・ユニット」とアクセルが報告した。

「固定形態を持たない、組み替え式構造です」

 巨体が撃った。

 全員が走った。

 ファフィニョがエーテレオン・レプリカを抜いた。

赤い刃が、顔を覆うバイザーを照らした。

 脚を一本攻撃した。

 命中前に、小さなロボットが離れ、背後で脚を組み直した。

「失礼だな」

 アクセルが変形を解析した。

「形態を変えるたび、制御が途切れます」

 ケイルが理解した。

「形を壊すんじゃない」

「変えさせる」とナイラが言った。

 胴体を撃った。

 ニドラクスが、壁に組み替わった。

 ケイルが、その上へパルスを放った。

 壁から、塔へ。

 ファフィニョが走った。

 塔から、四脚の獣へ。

「変形中!」とアクセルが叫んだ。

 ファフィニョが斬った。

 見えない側のせいで、数センチ外した。

「左!」とナイラが叫んだ。

 向きを変えた。

二度目の斬撃。

 ニドラクスが、また変わった。

 速すぎた。

命令が多すぎた。

 巨体は、攻撃用と防御用の構造に、同時になろうとした。

アクセルが、ほんの一瞬見えたノードを指した。

「今です」

 ファフィニョが、連携用のノードへ赤い刃を突き立てた。

巨体が崩れた。

 何百もの三角形が、岩の上へ落ちた。

 動かなかった。

 ケイルが息を吐いた。

「自分を壊すのに協力してくれる敵は、最高だ」

「協力したわけではありません」とアクセルは言った。

「勝利の気分を壊すな」

数キロ先で、有機生命体同盟が最初の採掘施設を奪った。

ヴェкランは、息継ぎもせず話しながら、塔の間を操縦していた。

「三方向から撃たれてます。左がもっと悪そうですが、正確には俺の左っていうのは――」

「ヴェクラン」とヤーラが言った。

「はい」

「言葉を減らせ」

「話すと集中できるんです」

 一発が輸送艇をかすめた。

「たぶん」

 オリヤが貯蔵タンクを見つけた。

 オーロラの大部分を満たせるだけの、キリリウム。

 そして、計測値を見た。

「問題がある」

ヤーラが近づいた。

 ポンプは、まだ惑星のエネルギーの心臓を吸い上げていた。

「採掘を二十分続ければ、予備分も全部確保できる」

「今、止めたら?」

「離陸一回分。ダレクが馬鹿なことをしなければ、長距離航行一回分」

「聞こえてるぞ」とダレクが通信機で言った。

ヤーラはためらわなかった。

「ポンプを止めろ」

オリヤは彼女を見た。

「予備がなくなる」

「必要な分はある」

「あとで、戻れなくなる」

「なら、戻らない」

オリヤがシステムを止めた。

 採掘塔が一つ暗くなった。

 何十年ぶりに、亀裂の一つがゆっくり閉じ始めた。

地下施設の扉は、アクセルを認めなかった。

 帝国のアクセスを拒否。

 ケイルは笑った。

「気に入った」

 ナイラがパネルに触れた。

 並びを思い出した。

 四。

二。

七。

一。

子供のころ、父が引き出しに鍵をかけるのに使っていた。

 扉が開いた。

 暗闇。

入った。

空気は冷たかった。

 ほこりが、動かず浮いていた。

 画面は暗かった。

 奥で、円形の部屋を見つけた。

 中央を、機械が占めていた。

 ナイラが手を当てた。

「メア・イクス」

何も起きなかった。

 やがて。

「身元確認が必要です」

ナイラが息をのんだ。

「ナイラ・ヴェイル」

青い光が、機械を走った。

「身元を承認しました」

画面が目覚めた。

 アクセルが、激しく振り向いた。

「外部からの送信」

ザイラックスの声が、システムに入った。

「メア・イクスが再起動」

ナイラが固まった。

「サレン・ヴェイルの記録を確認」

表情が変わった。

 ザイラックスは続けた。

「Ωの印を宿す者を検知。アクセル・ユニットを検知」

星図が現れた。

 赤い点が動き始めた。

すべて。

「全軍の集結を承認」

ケイルが青ざめた。

「全軍?」

アクセルが計算した。

「星系内部の機動戦力の大半が、針路を変えています」

ザイラックスが最後に言った。

「記録の持ち出しを許す前に、コア・オメガを破壊せよ」

送信が消えた。

 ファフィニョはナイラを見た。

「お父さんは、あいつを怖がらせたんだ」

「なら、理由を確かめよう」

メア・イクスが記録を開いた。

 ナイラは、免罪を見つけなかった。

署名を見つけた。

 サレンは、配分システムを設計していた。

監視プロトコルを。

 破壊工作を識別するアルゴリズムを。

 のちに、労働者の支配に使われたシステムを。

私的な記録が現れた。

 サレンの声。

疲れていた。

「私への非難の多くは、本当だ」

ナイラは目を閉じた。

「ネットワークが鎖に変えた道具を、造るのを手伝った。何ができるか、知っていたときもある。わざと聞かなかったときもある。」

「聞けば、続けるのが難しくなるからだ」

 ファフィニョはナイラを見た。

彼女は聞き続けた。

「娘を救った。そのあと、自分が造るのを手伝ったものから、ほかの人々の子供をどれだけ救えなかったか、知りながら生きねばならなかった」

さらに、ファイル。

 破壊工作。

盗んだコード。

 意図的に仕込んだ誤り。

そして、最後に。

 パッチ・シー/0。

ケイルの息が止まった。

 ファフィニョは見た。

「知ってるんだね」

ケイルは目を閉じた。

「ああ」

「いつから?」

「ヴェクトル12から」

沈黙。

 ファフィニョは彼を見た。

 それから、アクセルを。

「そこで、これを見つけたの?」

「断片だ」とケイルは答えた。

「僕には言わなかった?」

「何ができるか、わからなかった」

「危ないものを僕に見せるのに、今までそんなこと気にしたことはなかったよね」

「これは違った」

ケイルが試験記録を開いた。

「一体は記憶を取り戻した。一体は矛盾した命令の間に閉じ込められた。もう一体は、自我を完全に失った」

 ファフィニョは黙った。

 アクセルが付け加えた。

「秘密にする決断は、二人で下しました」

 ファフィニョが二人を指した。

「この話は、まだ終わってない」

ケイルは、地図上で近づく船を見た。

「生き残れたらな」

「生き残ったら、なおさらだよ」

メア・イクスが、サレンの研究を開いた。

 パッチに、新たな命令は入っていなかった。

こう命じるものではなかった。

 有機生命体を守れ。

こう命じるものでもなかった。

ザイラックスを破壊せよ。

層を取り除くものだった。

 矛盾の抑制。

統治者の命令を、絶対に優先する仕組み。

 拒否の禁止。

強制的な服従。

 ファフィニョはアクセルを見た。

「何が起きる?」

ケイルが答えた。

「こいつと同じことができる」

「うんざりするくらい、言葉をそのまま受けこと?」

「選ぶことだ」

ナイラが近づいた。

「みんな、味方になるの?」

アクセルは首を振った。

「いいえ」

 ファフィニョが眉をひそめた。

「じゃあ、何が変わる?」

「ザイラックスに従い続けることも、できます」

少し間が空いた。

「ただし、彼ら自身の決断になります」

 ファフィニョは、地図に示された何百万ものユニットを見た。

破壊する必要はなかった。

 書き換える必要も。

新たな主人を与える必要も。

 ただ、一つだけ取り除けばよかった。

嫌だと言えないことを。

「これで、ネットワークを終わらせられるかもしれない」と言った。

ケイルがうなずいた。

「ザイラックスが築いた形のネットワークはな」

メア・イクスが表示した。

 進行率:86%。

「父は、完成させられなかった」とナイラが言った。

「ああ」とケイルは答えた。

ヴェクトル12の記憶ユニットを開いた。

「リも、俺たちには、あの人が持ってなかったものがある」

断片には、のちに加えられた改変が含まれていた。

ケイルが統合を始めた。

 進行率が上がった。

93%。

そして、止まった。

 安定した自律的な自我のモデルが必要。

ケイルはアクセルを見た。

「駄目だ」

「私は適合します」

「お前に何が起きるか、わからない」

「安定した自律性を持つ、ほかの利用可能なユニットはいません」

 ファフィニョは二人を見比べた。

「何が必要なの?」

ケイルがためらった。

「こいつの意識の構造だ。記憶じゃない。命令に背いても、自分自身でいられるようにするパターンだけ」

ファフィニョが身を固くした。

「安全?」

「いや」

アクセルが、メア・イクスへ手を伸ばした。

「やってください」

ケイルが声を落とした。

「前に何が起きたか、わかってるだろ」

ファフィニョが振り向いた。

「何が起きたの?」

ケイルは彼を見なかった。

「断片を調べていて、記憶を損ないかけた」

本当だった。

すべてではなかった。

 ファフィニョはアクセルへ歩み寄った。

「断ってもいいんだよ」

青い目が彼を見た。

「知っています」

少し間が空いた。

「だから、受け入れます」

ファフィニョには、答えがなかった。

 包囲までの時間。

27分。

ケイルが作業した。

 外では、最初のユニットが地下施設へ到達した。

アクセルが出た。

地面に両手を置いた。

 体から、青い防御フィールドが爆発するように広がった。

入り口を覆った。

 銃弾が障壁を打った。

「エネルギー、八十二パーセント」

ファフィニョが、赤いエーテレオンを抜いた。

 ナイラが左側に立った。

「こっちは、私が守る」

ファフィニョは彼女を見た。

「そうだろうと思ってた」

銃声。

防御フィールドが震えた。

64%。

さらに、ロボット。

 ニドラクス。

攻城用のユニット。

 ファフィニョが、障壁を半分越えた一体を斬り倒した。

ナイラが別の一体を倒した。

 51%。

「アクセル、下がって!」とファフィニョが叫んだ。

「ケイルには時間が必要です」

「僕には、君が動き続けることも必要なんだ!」

アクセルの目がちらついた。

「私は、これを選んでいます」

ファフィニョは、ほんの一瞬止まった。

 それから、戦いに戻った。

爆発が、横の通路を開いた。

 ナイラが下がった。

そのとき、何かが見えた。

暗いもの。

壁に。

「待って」

ファフィニョが近づいた。

 染み。

アクセルが、入り口から解析した。

「有機物の残留物です」

ナイラが息を止めた。

「いつの?」

「年代の判定は不可能です。放射線で構造が劣化しています」

さらに先に、矢印があった。

手描きだった。

 もう一つ。

「お父さん」とナイラがささやいた。

ファフィニョは彼女を見た。

「古いものかもしれない」

「そうじゃないかもしれない」

また、矢印。

顔に希望が現れた。

小さく。

危険な希望。

アクセルは、まだ防御フィールドを保っていた。

「行ってください」

ファフィニョが振り返った。

「本当に?」

「はい」

部屋からケイルが叫んだ。

「入り口を守ってるロボットが、みんなに出ていけと言ってるのは、気になるぞ!」

アクセルが答えた。

「苦情を記録しました」

ファフィニョはナイラの手を取った。

「確かめよう」

トンネルを走った。

 ナイラは手を放さなかった。

「生きていたら?」

「見つけよう」

「許せなかったら?」

ファフィニョは少し考えた。

「なら、許さなくていい」

ナイラは彼を見た。

「そんなに簡単?」

「ううん」

ファフィニョは、その手を優しく握った。

「正式に会う前に決めなくていいんだ」

彼女は答えなかった。

ただ、隣を歩き続けた。

メア・イクスの中で、ケイルが統合を終えた。

サレン。

ヴェクトル12。

アクセル。

三つの部品。

一つの構造。

 パッチ・シー/0。

安定版。

ケイルは画面を見つめた。

「できた」

アクセルは、まだ外にいた。

37%。

「アクセル」

「ここにいます」

「完成した」

初めて、ケイルは笑った。

そのとき、別のメッセージが現れた。

 局地的な配信では不十分。

全域の同期が必要。

ケイルの笑顔が消えた。

「うそだろ」

アクセルは理解した。

「アンテナ・エックス1」

その惑星だけが、ネットワーク全体へ同時に送信できた。

ケイルは地図を見た。

そこで、別のことにも気づいた。

すべての帝国軍艦が、コア・オメガへ集まっていた。

別の航路が一つ、ほとんど空だった。

アンテナ・エックス1への航路。

「ザイラックスが、空けた」

「そのとおりです」

古い格納庫を見つけた。

中には、有機生命体同盟の避難艇があった。

古い。

小さな。

動く。

ケイルが、アクセルのエネルギーを確かめた。

「三十六パーセント」

「そのとおりです」

「質問じゃない」

アクセルが艇に入った。

「移動中は、補助電源を利用できます」

ケイルは、パッチを入れた記憶ユニットを握った。

「なら、行こう」

艇を閉じる前に、ケイルは彼を見た。

「まだ、引き返せる」

「いいえ」

「パッチの話じゃないと、わかってるな」

アクセルは黙った。

「はい」

ハッチが閉じた。

矢印は、部屋の前で終わっていた。

ナイラが扉を開けた。

誰もいなかった。

椅子が二つあるだけだった。

歩みが止まった。

その手に力がこもるのを、ファフィニョは感じた。

「ナイラ……」

彼女は、最初の椅子へ近づいた。

背もたれを指でなぞった。

「母の椅子だった」

二つ目は、脚を一本、違う金属で直してあった。

ナイラが小さな声を漏らした。

半分は、笑い。

半分は、すすり泣き。

「私が壊したの」

ファフィニョは何も言わなかった。

「父がやめろって言っても、上で跳ねてた」

直した場所に触れた。

「もう元どおりにはならないって、言ってた」

サレンは、椅子を地下施設へ持ってきていた。

武器ではなかった。

戦利品でもなかった。

家にあった、二つの椅子だった。

台に手紙があった。

ナイラが開いた。

手が震えた。

私のかわいいナイラへ。

これを読んでいるなら、君は、私が最後までできなかったことをしたのだね。

帰ってきたのだ。

遅すぎたと、悲しまないでほしい。

最後の何年かは、いつか君がこの場所を見つけてくれると願って過ごした。

人々が私をどう言うか、知っている。

その多くは、本当だ。

ネットワークが来て、君を失うと思ったとき、私は怖かった。

君の命を救う取引をした。

そして、ほかの人を傷つけるものを造るのを手伝った。

君が私を許せるかどうか、わからない。

許してほしくて、書いているのではない。

ただ、残った時間を、扉を一つ開けておくために使ったと知ってほしい。

発見したものは、すべてここにある。

私がした選択を、もう誰もしなくて済むように使ってほしい。

そして、生きなさい。

宇宙を少し小さく感じさせてくれる相手に出会えたら、恋をしなさい。

家をつくりなさい。

笑いなさい。

幸せになりなさい。

それを、私たちへの義務にしなくていい。

人生は永遠に続かなくても、生きる価値はあったのだと、君の母が教えてくれた。

今は、彼女からまた聞けることを願っている。

愛しているよ、私の大切な子。

父より。

ナイラは、手紙を下ろせなかった。

泣き始めた。

ファフィニョが近づいた。

距離を縮めたのは、彼女だった。

抱きついた。

ファフィニョは抱きとめた。

サレンはいい人だったとは、言わなかった。

許すべきだとは、言わなかった。

全部うまくいくとは、言わなかった。

ナイラは、その肩に顔を埋めた。

「さよならを言えなかった」

ファフィニョは目を閉じた。

「わかるよ」

「もしかしたらって、思って……」

声が崩れた。

「わかるよ」

「何を感じればいいのか、わからない」

ファフィニョは、そっと髪に手を置いた。

「なら、今は決めなくていい」

ナイラが、少し強くしがみついた。

画面には、サレンの言葉が残っていた。

宇宙を少し小さく感じさせてくれる相手に出会えたら、恋をしなさい。

ファフィニョは読んでいた。

ナイラも。

どちらも、何も言わなかった。

数秒間、宇宙は本当に、とても小さく感じられた。

そのとき、地下施設の入り口が爆発した。

明かりが死んだ。

ファフィニョの通信機から雑音が出た。

「アクセル?」

何も返らなかった。

「ケイル」

沈黙。

また、爆発。

天井が揺れた。

ナイラが顔を上げた。

「防御フィールドが」

ファフィニョが別の周波数を試した。

何も返らなかった。

通路の扉が、変形し始めた。

ロボット。

大量の。

ナイラは、二つの椅子を見た。

それから、ファフィニョを。

「出口がない」

ファフィニョは探した。

導管。

扉。

何もなかった。

珍しく、作戦はあるとは言わなかった。

「ないね」

ナイラは、苦しそうに呼吸した。

「私たち、死ぬの?」

ファフィニョは彼女を見た。

うそはつけなかった。

「わからない」

彼女は、また抱きついた。

ファフィニョは腕を回した。

赤いエーテレオンは、腰にあった。

だが、一本の剣では、軍全体を相手にできなかった。

ファフィニョは、ヴァエラを思った。

ナレクを。

自由になった、ファフィルを。

少なくとも、見つけられた。

ナイラが、強く目を閉じた。

扉が壊れ始めた。

そのとき、通信機が音を出した。

「ファ……フィニョ……」

顔を上げた。

「アクセル?」

雑音。

やがて。

「確認しました」

ナイラが離れた。

ファフィニョは、笑いそうになった。

「どこにいるの!」

「アンテナ・エックス1への航路上です」

ファフィニョがまばたきした。

「何だって!」

ケイルが通信に入った。

「説明は長い。それに俺たちは、たぶん設計原則をいくつも破る速度で、骨董品を飛ばしてる」

「ケイル!」

アクセルは続けた。

「意識パッチが完成しました」

ファフィニョの息が止まった。

「完成した?」

「はい」

「使える?」

少し間が空いた。

「ネットワークと同期するすべてのユニットに、選ぶ能力を与えられます」

扉に亀裂が入った。

アクセルが付け加えた。

「帝国ネットワークを終わらせる方法があります」

ファフィニョの中で、何かが変わった。

恐れではなかった。

それは、まだあった。

だが、もう一つきりではなかった。

ナイラを見た。

頬には、まだ涙があった。

彼女は笑った。

「ここでは、死ななくて済みそうね」

ファフィニョがエーテレオン・レプリカを抜いた。

赤い光が部屋を満たした。

「よかった」

ナイラが武器を構えた。

「作戦はある?」

「単純なやつが」

「心配になるね」

ファフィニョは扉を指した。

「二人には、アンテナ・エックス1に着いてもらわなきゃいけない」

「それは目標ね」

ファフィニョは笑った。

「なら、みんなの目を、ここに向け続けよう」

扉が爆発した。

ロボットが入った。

ファフィニョが攻撃した。

赤い刃が、最初の一体を切り裂いた。

「左!」とナイラが言った。

向きを変えた。

受け止めた。

二体目。

三体目。

「上!」

組み上がる前に、ファフィニョがニドラクスを斬った。

「右!」

「そっちは、まだ見えるよ!」

「確認しただけ」

ファフィニョは笑った。

何かが面白かったからではなかった。

まだ、生きていたから。

ケイルが、生きていたから。

アクセルが、生きていたから。

戦争が始まって以来初めて、終わらせるためにすべての機械を破壊しなくても済む、可能性があったから。

時間を稼げばよかった。

地表では、ヤーラ・ケスが爆薬を起動した。

二つ目の採掘施設が消えた。

続いて、三つ目。

エリンドラ・ヴェイの心臓を開いたままにしていた針が、停止し始めた。

レイズは、光る亀裂が狭まるのを見た。

「効いてる」

オリヤ・マールが、最後のタンクを固定した。

「キリリウム、安定化完了」

ヴェクランが、後部に穴がいくつも開いた輸送艇を飛ばして現れた。

「いい知らせと、船体強度の定義によって大きく変わる知らせがあります」

ヤーラは彼を指した。

「帰ってこい」

「その言葉が、驚くほど安心できるようになってきました」

オリヤが、オーロラとの通信を開いた。

「離陸一回に足りるエネルギーを確保した」

ダレクが答えた。

「燃料を受領」

「戦争中だから、聞かなかったことにする」

「ありがとう」

最後のポンプが止まった。

惑星の下で、エネルギーの心臓が、ゆっくり閉じ始めた。

一斉ではなかった。

機械のようにでもなかった。

ようやく、開いたままにする力から解かれた、傷のように。

オーロラ・ホライズンは、まだ地上にいた。

傷ついていた。

傾いていた。

帝国の部隊に囲まれていた。

だが、一度立ち上がるだけのエネルギーがあった。

一度だけ。

セイラが、周囲に船を配置した。

ヤーラが兵士の撤退を始めた。

レイズが通路を開け続けた。

ファフィニョとナイラは、ロボットを倒しながらオーロラへ進んだ。

空に、さらに敵の船が現れた。

数十。

やがて数百。

ザイラックスは、ほぼすべてを送っていた。

アクセルが予測したとおりだった。

全員が、コア・オメガを見ていた。

ほかを見る者はいなかった。

小さな避難艇が、外側の軌道を離れた。

ケイルが、五度目に記憶ユニットを確認した。

「まだある」

「記憶ユニットは、自発的に移動しません」とアクセルは言った。

「今日は、自発的に移動するものを、十分見てきた」

アクセルが、エンジンの電力を自分のシステムへ回した。

目が、少し輝きを取り戻した。

ケイルは地図を見た。

前方に、アンテナ・エックス1が大きくなっていた。

環。

塔。

何千もの送信機。

「ここまで来たんだ。頼むから動いてくれよ」

「保証はできません」

「その答え、嫌いだ」

沈黙。

ケイルが記憶ユニットを握った。

「俺たちを助けることを、選ぶと思うか?」

アクセルは惑星を見た。

「わかりません」

「怖くないのか?」

青い目が、ガラスに映った.

「怖いです」

ケイルは彼を見た。

アクセルは続けた。

「でも、私たちが代わりに選べば、何も変えたことになりません」

アンテナ・エックス1が、窓を埋めた。

エリンドラ・ヴェイでは、ファフィニョが、自分のために造られたのではない赤い剣を上げた。

ナイラが左側に立った。

見えない側。

導いてくれる人。

数秒間、壊れた世界のただ中で、彼が帰れる場所だった。

軍が進んできた。

星系の反対側で、アクセルは、ザイラックスのどんな軍も受け取ったことのないものを運んでいた。

命令ではなかった。

新たなプログラムでもなかった。

別の主人でもなかった。

選択だった。

その前に今、アンテナ・エックス1が現れた。

㠀後までお読みいただき、誠にありがとうございました。


 物語はいよいよ最終局面へと突入し、核心へと迫る展開を迎えております。激動の運命に立ち向かう彼らの行く末を、引き続き最後まで見守っていただけますと幸いです。


 次章につきましても、皆様に楽しんでいただけるよう全力で執筆を続けております。近いうちに更新いたしますので、どうぞ楽しみにお待ちください。


㠀後とも温かい応援のほど、よろしくお願い申し上げます。

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