第12章【セルヴ09】
最初に言ったのは、アクセルだった。
「セルヴ09領域に進入」
ファフィニョは顔を上げた。
「ファフィル」
訂正には聞こえなかった。
今度は。
その言葉は、かろうじて口を出た。
オーロラ・ホライズンの前に、白い稲妻の閃光に挟まれて惑星が現れた。
ファフィニョは十年間、この瞬間を想像していた。
三つの太陽を想像していた。
森を。
緑の塔を。
ヴェリルの結晶の橋を。
覚えている通りを走り抜け、もうないかもしれない家を見つける姿を想像していた。
こんなものは、想像していなかった。
ファフィルは、ほとんど黒かった。
金属の塔が雲を貫いていた。
大通りほどのケーブルが、何百キロも離れた構造物を結んでいた。
巨大な冷却設備が地域を丸ごと覆い、白い蒸気の柱を噴き出していた。
羽根を動く建物と見間違えるほど、大きな送風機もあった。
稲妻は、でたらめに落ちていなかった。
塔から塔へ跳んでいた。
一つ。
二つ。
三つ。
いつも、同じ順序で。
空を旅する、情報。
ファフィニョは窓に近づいた。
そして、山を一つ見分けた。
全部は見えなかった。
帝国ネットワークが、冷却導管を取りつけるため、一部を掘り崩していた。
だが、あの山だった。
ヴェリルから見ていた山。
彼の中で、何かが壊れた。
一瞬、サーバーはなかった。
オーロラ・ホライズンも。
レジスタンスも。
煙があった。
焼けた葉。
足元の、結晶の橋。
ヴェリルに降りる、黒い船。
逆方向へ走ろうとする彼を、つかむ手。
ファフィニョは、再び七歳だった。
止める前に、涙が出た。
急いで拭った。
ナイラが隣に立っていた。
何も言わなかった。
艦橋の反対側から、レイズが近づいた。
惑星を見た。
それから、ファフィニョを。
「着いたな」
ファフィニョが息をのんだ。
「うん」
また、声が崩れた。
「十年かかった」
レイズは答えなかった。
答える必要はなかった。
帰るのが遅すぎるとは、どういうことか知っていた。
ジャウル・ケスが、オーロラ・ホライズンの損傷図を開いた。
その映像に、安心できる者はいなかった。
主砲台、一基喪失。
側方への移動能力、低下。
ヴァル・トル環は、なお応急修理でつながっている。
シールドは、散発的な衝撃に耐えるのが精いっぱい。
推進器は、無理を求めなければ動く。
医療用の備蓄、減少。
弾薬、限られる。
機関室からダレクが現れた。
「オーロラは、まだ動く」
ファフィニョは彼を見た。
「楽観的に聞こえた」
「まだ話は終わってない」
「だよね」
「船体の構造は、あらゆる理由で反対してる。それでも動く」
「いつものダレクだ」
アクセルが片手を上げた。
「新たな信号を検知」
投影が変わった。
六つの物体が、この星系へ近づいていた。
大きい。
長方形。
ファフィニョには、見覚えがあった。
胃が縮んだ。
「嫌だ」
アクセルが確認した。
「ハル・イーターのコンテナ船です」
時間の表示が現れた。
118分。
ジャウル・ケスがファフィニョを見た。
「オーロラ・ホライズンは、再び群れと長期戦を行うことはできません」
「なら、長期戦にしない」
「『長期戦にしない』の運用上の定義を求めます」
ファフィニョは時間を見た。
「百十七分」
ジャウル・ケスはうなずいた。
「条件を受理」
ケイルが片手を上げた。
「今、『船を食べられる前に勝つ』を、正式な戦略にしたのか?」
「そのとおりです」とジャウル・ケスが答えた。
「惨事の扱いも、専門的になってきたな」
アクセルが、ファフィルの内部地図を表示した。
その構造は、神経系に似ていた。
何千もの線が、サーバー、記憶中枢、アンテナ、熱管理施設を結んでいた。
「セルヴ09は、歴史記録、軍事戦略、アクセスコード、予備データを保存します」と説明した。
「帝国ネットワーク全体へ分散して送る命令も、その大部分を処理します」
ファフィニョは線を見た。
「この惑星が、あいつらの代わりに考えるんだ」
「簡略化した説明ですが、正しいです」
アクセルが、地表から数キロ下に埋もれた地点を拡大した。
「中央索引です。主要な処理を統括しています」
「軌道上から壊せる?」
「いいえ。熱防護層と補助サーバーに守られています」
細い導管が現れた。
「直接つながる整備用の経路があります」
ジャウル・ケスが前へ出た。
「通過できる最小寸法は」
「避難用輸送艇と作業艇に適合します」
ジャウル・ケスは数秒、情報を調べた。
「記録しました」
投影が消えた。
その質問を、誰も再び考えなかった。
輸送艇が降下した。
近づくほど、ひどくなった。
軌道上からは、ファフィルは機械に見えた。
地上からは、誰がそれを動かしているのか見えた。
ファフィルの民。
何千もの人々。
冷却剤のタンクを運ぶ労働者。
頭上でタービンが回り続ける中、導管を掃除する人々。
果てしない交代勤務で端末につながれ、データを分類する住民の列。
焦げたフィルターを外す者もいた。
自分の体より大きなケーブルを引く者もいた。
胸には番号。
監視するロボットの警備兵。
配管のそばで、労働者が一人倒れた。
帝国のユニットが近づいた。
「作業能力が基準未満」
労働者は立とうとした。
立てなかった。
ロボットが武器を上げた。
ファフィニョが撃った。
左のカイロンの衝撃が、ロボットを壁へ吹き飛ばした。
労働者はファフィニョを見た。
黄色い肌。
緑の髪。
Ωの印。
その目が見開かれた。
ファフィニョは何か言いたかった。
言えなかった。
同胞が、機械の部品の一つとして働く姿しか見えなかった。
目が熱くなった。
今度は、悲しみではなかった。
怒りだった。
「ここは、僕たちのものだった」
アクセルは塔を見た。
「今は、帝国ネットワークの大部分の稼働を支えています」
ファフィニョは、唯一動くカイロンを着けた手を握った。
「なら今日、ザイラックスのために考えるのをやめさせる」
作戦は、いくつもの方面に分かれた。
ナイラは避難経路を管理する。
レイズは、労働区画を解放する有機生命体同盟の兵士を率いる。
ケイルは深層記録庫へ行く。
アクセルは侵入口を開き、弱点を探し、帝国のプロトコルを妨げる。
セイラ・ヴォンは、五隻の護衛船と、捕獲できた輸送艇を統括する。
ジャウル・ケスは、オーロラ・ホライズンの運用指揮に残る。
ファフィニョは監獄へ行く。
ナイラは彼を見た。
「そこに行く理由は、わかってるのね」
「うん」
「軍事上の目標のことじゃない」
ファフィニョは黙った。
ナイラが声を落とした。
「そこに、いなかったら?」
ファフィニョは答えようとした。
何も出てこなかった。
ナイラはうなずいた。
「そうだと思った」
最初の熱管理守護機エイチ・エックス・アール8が、天井から落ちてきた。
あまりに重く、四本の脚の下で床がたわんだ。
背中では、六基のタービンが回っていた。
胴体は、重なった装甲板と冷却管に覆われていた。
ファフィニョが撃った。
エネルギーが装甲を打った。
何も起きなかった。
レイズが光のパルスを放った。
何も起きなかった。
エイチ・エックス・アール8が応じた。
頭の下で、砲が開いた。
「隠れて!」とナイラが叫んだ。
砲撃が、二枚の壁を貫いた。
ケイルは穴を見た。
「あれを顔で受けないことを、正式に提案する」
アクセルが巨体を走査した。
「装甲が、背面のシステムへ熱を分散しています」
ファフィニョが、また撃った。
「わかる言葉で言うと?」
「攻撃する場所が違います」
「そこまでは、わかった」
「過熱させる必要があります」
レイズが導管を見た。
理解した。
配管を撃った。
白い冷却剤が、通路へあふれた。
兵士が金属板を押しつけ、エイチ・エックス・アール8の吸入口を二つふさいだ。
ファフィニョはカイロンを上げた。
「撃ち続けてほしいの?」
「そのとおりです」
「それなら得意だ」
撃った。
また。
さらに。
ガントレットが熱くなり始めた。
エイチ・エックス・アール8も。
タービンが加速した。
内部から警報が鳴った。
危険温度。
胴体の装甲板が、自動で開いた。
アクセルが中央を指した。
「今です」
レイズが撃った。
光がコアを貫いた。
巨大なロボットが崩れた。
ケイルはアクセルを見た。
「全部、こんなに特殊な倒し方があるのか?」
「帝国の設計では、効率を優先します」
「あるって答えたことにする」
記録官ヴォル・エックスは、もっと厄介だった。
巨大な人型で、背中から延びるケーブルを通し、セルヴ09につながっていた。
最初の一体は、レイズが撃つ前に、その攻撃をかわした。
ファフィニョの動きが終わる前に、受け止めた。
兵士が回り込もうとした。
ロボットは、もう待っていた。
「私たちの意図を読んでる」とナイラが言った。
アクセルは首を振った。
「何百万もの戦闘記録を参照し、パターンを比較しています」
ケイルは柱の陰に隠れた。
「じゃあ、こっちのやることを先に知ってる相手を、どう倒すか教えてくれ」
「間違ったことをしてください」
沈黙。
ファフィニョはロボットを見た。
それから、アクセルを。
「間違ったこと?」
「システムは、戦術上筋の通った判断を予測します」
ケイルが工具を掲げた。
「この瞬間のために、俺は一生訓練してきた」
投げた。
ロボットではなく。
送風機へ。
ヴォル・エックスが顔を向けた。
レイズが送風機の支えを撃った。
空気の流れが変わった。
ファフィニョは壁に向かって走った。
「何をしてるの?」とナイラが叫んだ。
「まだ、わからない!」
跳んだ。
空気の流れが彼を捕らえた。
ヴォル・エックスの上へ吹き飛ばした。
ロボットが再計算しようとした。
遅すぎた。
ファフィニョは背後に着地し、背面の接続部をカイロンで殴った。
接続部が爆発した。
ヴォル・エックスが止まった。
戦い方を教えるセルヴ09を失い、判断が遅れた。
レイズが倒した。
アクセルはファフィニョを見た。
「非合理的な即興行動。有効です」
ケイルがファフィニョを指した。
「ついに、その才能に専門家の評価がついたな」
72分。
ケイルが監獄マトリクスに入った。
「記録がある」
ファフィニョが走ってきた。
「二つの名前を探して」
端末の前に座った。
打とうとした。
指が震えていた。
二度、打ち間違えた。
アクセルが隣に立った。
「私が検索できます」
ファフィニョは手を引いた。
うなずいた。
「ヴァエラ」
アクセルが入力した。
画面の応答には、一秒もかからなかった。
ファフィニョには、何年にも感じられた。
ヴァエラ。
状態。
活動中。
息が止まった。
「もう一人」
「名前を」
「ナレク」
画面が変わった。
ナレク。
状態。
活動中。
ファフィニョは口を覆った。
涙が落ち始めた。
「生きてる」
ナイラがそばに来た。
「ファフィニョ……」
途切れた笑いが漏れた。
「生きてる」
また、言葉を見た。
消えてしまうかのように。
「生きてる」
ナイラが抱きしめた。
ほんの一秒。
十分だった。
アクセルがデータを展開した。
「第九監獄施設。十九分後に移送予定です」
ファフィニョは顔を拭った。
立った。
「行こう」
第九施設は、ヴェリルの古い一角の上に造られていた。
噴水で、ファフィニョにはわかった。
今は、水がなかった。
もう光らなかった。
だが、形は同じだった。
子供のころ、見たことがあった。
爆発が、彼を現在へ引き戻した。
兵士たちが入った。
アクセルが先頭を歩いた。
帝国のユニットが、ファフィニョ、レイズ、ナイラを狙った。
彼は狙わなかった。
「ユニット識別を承認されました」とアクセルは報告した。
わざと、兵士たちの前に出た。
ロボットが射線を再計算した。
その一瞬で、十分だった。
同盟が撃った。
ユニットが倒れた。
独房に着いた。
ファフィニョは、見覚えのある通路を見つけた。
「広場は、ここを――」
「もう違う」
扉の向こうから声がした。
ファフィニョの動きが止まった。
「六年前に封鎖された。北の出口を探してるなら、整備通路を使え」
扉が開いた。
男が出てきた。
二十一か、二十二。
痩せていた。
髪は、ファフィニョより暗かった。
腕には小さな傷跡があった。
ファフィニョは見つめた。
そんなはずはなかった。
覚えている兄は、子供だった。
男も、彼を見つめた。
誰なのか、わかっていなかった。
まだ。
「ナレク?」
男が動きを止めた。
ファフィニョは、また七歳になった気がした。
「僕だよ」
ナレクが口を開いた。
「うそだ……」
別の扉が開いた。
さらに捕虜が出てきた。
ファフィニョは探し始めた。
一人。
もう一人。
また一人。
違う。
違う。
違う。
呼吸が速くなった。
船。
宇宙港。
彼をつかむ保護者。
お母さんがいない。
その言葉が、耐えられないほど鮮明に戻ってきた。
ファフィニョは周囲を見た。
「お母さんがいない……」
「ファフィニョ?」
奥から声がした。
宇宙が止まった。
女が、壁に体を預けていた。
年を取っていた。
顔は、より痩せていた。
髪には、淡い色の筋があった。
手には、長年の労働の跡があった。
目の前に立つ、オレンジ色のマントの若者を見ていた。
誰なのか、わかっていなかった。
ファフィニョは一歩進んだ。
もう一歩。
「お母さん」
ヴァエラの息が止まった。
その目を見た。
髪を。
顔を。
「……ファフィニョ?」
それだけだった。
ファフィニョは走った。
ヴァエラも走った。
抱き合った。
ファフィニョは何千回も、この瞬間を想像していた。
こんなに泣いた姿は、一度もなかった。
アウリオンテの英雄ではなかった。
アウラル・カイでもなかった。
Ωの印を宿す者でもなかった。
ようやく母を見つけた、子供だった。
しがみついた。
「死んだと思ってた」
ヴァエラは、彼の髪に顔を埋めた。
「私も、あなたは……」
声が崩れた。
ファフィニョは目を閉じた。
「ごめんなさい」
「何を?」
「僕は、行ってしまった」
ヴァエラは、顔を見るために少しだけ離れた。
「あなたは七歳だったの」
「でも、行ってしまった」
「陥落しかけた惑星から、あなたは連れ出されたの」
ファフィニョは、また抱きしめた。
「探したんだ」
「わかってる」
「わからなかったはずだ」
「信じるししかかったの」
ナレクが近づいた。
ファフィニョは顔を上げた。
兄は泣いていた。
笑おうとした。
「大きくなったな」
ファフィニョは、しゃくり上げながら笑った。
「兄さんも」
ナレクが抱きしめた。
三人は、寄り添っていた。
言葉もなく。
十年間、再び会えたら何を言うか、想像していた。
誰も、何を言えばいいのかわからなかった。
ファフィニョは、母の肩に額を当てた。
「帰ってきたよ」
ヴァエラが髪をなでた。
「わかってる」
「帰るって言ったんだ」
「あなたは子供だった」
「でも、帰ってきたよ」
ヴァエラは両手で顔を包んだ。
彼女も泣いていた。
「ええ」
笑った。
「帰ってきたね」
数秒間、戦争はなかった。
43分。
戦争が戻った。
ナレクは、一行よりセルヴ09を知っていた。
「この棟の出口は、第七熱管理導管につながってる」
ファフィニョが別の道を指した。
「そっちは、昔の――」
「もう違う」
ナレクが先頭に立った。
「六年前に封鎖された」
ファフィニョは一秒、通路を見つめて立っていた。
ファフィルなら、知っていた。
ナレクが知っているのは、これだった。
セルヴ09。
故郷は、彼なしで続いていた。
変わっていた。
苦しんでいた。
新しい道を学んでいた。
よそ者は、彼だった。
「行こう」とナレクが言った。
ファフィニョは続いた。
同盟が、帝国の輸送艇を捕獲した。
アクセルが内部コードで格納庫を開いた。
セイラ・ヴォンが、同盟の操縦士に操縦席へ入るよう命じた。
ナイラが、避難経路に人を通した。
ファフィルが、監獄から人々を送り出し始めた。
労働者が塔を離れた。
数時間前までネットワークの部品を運んでいた貨物船に、家族が丸ごと乗った。
当面の目的地。
オーロラ・ホライズン。
そのあと。
レプ・オルジオン。
ヴァエラが、年老いた男の乗船を助けた。
ナレクは通路に戻ろうとした。
「まだ、向こうに人がいる」
ファフィニョがつかんだ。
「駄目だ」
強すぎた。
ナレクは彼を見た。
ファフィニョは、ゆっくり腕を放した。
息をした。
「お願い」
ナレクより先に、ヴァエラは理解した。
ファフィニョの手を取った。
「今度は、一緒に行くよ」
ファフィニョは顔を伏せた。
床に涙が落ちた。
「ありがとう」
家族が乗ったことを確認すると、ファフィニョは輸送艇を離れた。
中央索引は、まだ動いていた。
主要サーバーへ向かう通路は、無人だった。
無人すぎた。
通路橋の下で巨大な送風機が回り、深みから冷たい空気を吹き上げていた。
ファフィニョは進んだ。
背後に、何かが着地する音がした。
金属が、金属を打つ音。
振り向いた。
ミラーがいた。
ファフィニョは、まず赤い目を見た。
次に、コアを。
そして、剣を。
息をするのを忘れた。
赤くなかった。
刃は、緑を織り交ぜた、白に近い淡い光を放っていた。
エーテレオン。
本物だった。
「うそだ」
ミラーが首を傾げた。
「私も、なくなったと思っていた」
ファフィニョは剣を見た。
ノード・ゼロを思い出した。
マトリクスを。
すべてが白くなる中で、崩れていく刃を。
「ばらばらになるところを見た」
「そうなった」
「なら、それは何?」
ミラーはエーテレオンを見た。
そして、思い出した。
暗闇を漂う、ノード・ゼロの残骸。
剣とは見分けられないほど小さな破片。
帝国の金属に混ざる、古代の粒子。
砕けた装甲板の間に閉じ込められた、残留エネルギー。
その間を歩くミラー。
反応するコア。
信号のように開く、人工の共鳴ゲノム。
適合する使い手を検知。
破片が動いた。
初めは一つ。
やがて数百。
そして数千。
光の周りに集まる、古代の金属。
ミラーが、剣を組み直したのではなかった。
何かが、自分は剣だと思い出したのだった。
ファフィニョは現在に戻った。
「君が、組み直したんだ」
ミラーは首を振った。
「違う」
エーテレオンを上げた。
「この剣が、自分で」
刃がちらついた。
説明してくれるアクセルはいなかった。
だがミラーは、武器を起動するたび現れるメッセージを知っていた。
適合する使い手。
共鳴特性に不整合。
「私を、完全には受け入れていない」と言った。
そのときファフィニョは、帯にある、もう一つの柄を見た。
エーテレオン・レプリカ。
赤い。
偽物。
ミラーは、まだ持っていた。
「複製のほうが安定してるんだね」とファフィニョは言った。
ミラーは、本物を強く握った。
「本物のほうが強い」
右腕が光った。
その上に、小さな赤い立体映像が現れた。
ファフィニョが固まった。
ザイラックス。
「比較を終えろ」と命じた。
ファフィニョはミラーを見た。
それから、立体映像を。
「君に命令してる」
「私に目的を与えた」
「違う」
ファフィニョはザイラックスを指した。
「指示を与えただけだ」
立体映像が、彼を向いた。
「原個体の話を聞くな」
ファフィニョは、不思議なものを感じた。
初めて、自分を殺そうとする複製だけが見えたのではなかった。
鎖が見えた。
かなり短い鎖。
それでも、鎖だった。
ミラーがエーテレオンを上げた。
「どちらが存在すべきか、知る必要がある」
ファフィニョが左のカイロンを起動した。
「それが、君の問題だよ」
「何?」
「何を問うかまで、まだあいつに決めさせてる」
ミラーが攻撃した。
17分。
ファフィニョは、かろうじて最初の一撃を受けた。
エーテレオンが、カイロンの放電を切り裂いた。
二度目の斬撃が、首のそばを通った。
ファフィニョは下がった。
撃った。
ミラーは学んでいた。
動きが小さくなっていた。
もう、完全にまねようとはしていなかった。
重さを使った。
耐久力を。
埋め込み部品を。
ファフィニョが、また衝撃を放った。
ミラーが剣を回した。
エーテレオンが、左のカイロンを切り裂いた。
ガントレットが割れた。
火花。
ファフィニョが叫んだ。
腕に放電が流れ込む前に、引き外した。
床に落ちた。
唯一動いていたカイロンが、死んだ。
ミラーが進んだ。
ファフィニョは右を上げた。
ハル・イーターのときから、動いていなかった。
殻。
それだけだった。
エーテレオンが振り下ろされた。
ファフィニョは、死んだガントレットを盾にした。
刃が、二つに割った。
両方が落ちた。
もう、一つもなかった。
ミラーが、また攻撃した。
ファフィニョはかわした。
遅すぎた。
光が、顔の左側を横切った。
痛み。
初めは、叫べなかった。
やがて、叫べた。
ひざをついた。
目に手を当てた。
血。
開こうとした。
何も見えなかった。
闇。
ただ、闇だった。
ミラーは動かずに立った。
ほんの一瞬、自分の記憶のように、その痛みを感じた。
腕の上に、ザイラックスが現れた。
「続けろ」
ミラーが剣を上げた。
ファフィニョは、体を引きずって下がった。
片目で、近づく刃を見ていた。
そのとき、帯が見えた。
赤い柄。
手を伸ばした。
引き抜いた。
エーテレオン・レプリカがともった。
赤く。
ミラーが止まった。
「うそだ」
ファフィニョ自身も、驚いて見つめた。
剣が、手の中で震えた。
「その武器は、お前のものではない」
ファフィニョは見上げた。
涙と血で赤くなった、片方の緑の目。
もう片方は、血に覆われていた。
自分の複製が持つ、本物の剣を見た。
「じゃあ、それは君のもの?」
ミラーは答えなかった。
アクセルが通路に着いた。
目が、二つの武器を解析した。
「適合性を確認」
ミラーが振り向いた。
「私の共鳴ゲノムに合わせて調整された」
「あなたの共鳴ゲノムは、ファフィニョのパターンを再現して設計されています」
ファフィニョは理解した。
人工の複製は、彼から生まれていた。
偽の剣は、彼自身の体がすでに持つもの、その複製のために造られていた。
ミラーは、本物のエーテレオンを見た。
次に、赤いほうを。
本物が、複製と共に。
複製が、本物と共に。
ファフィニョは、どうにか立ち上がった。
「自分が誰かを決めるのに、剣はいらない」
ミラーが攻撃した。
二つの刃がぶつかった。
白と、赤。
ファフィニョは、もう距離を正しく測れなかった。
左から来る攻撃は、すべて見えるのが遅れた。
「右!」とナイラが叫んだ。
ファフィニョは向きを変えた。
受け止めた。
別の通路からレイズが入り、ミラーへパルスを放った。
複製体は、手すりへ激突した。
また、立ち上がった。
端末のそばに、ケイルが現れた。
「下に送風機がある」
アクセルが計算した。
「減速周期まで、十一秒」
「強制できる」
「熱による崩壊の危険があります」
「どのくらい?」
「高いです」
ケイルが、こわばった笑みを浮かべた。
「こういう単純な答え、久しぶりだな」
ナイラは、ファフィニョの近くにいた。
剣を取り上げようとはしなかった。
「そっちは見えないのね」
「気づいたよ」
「じゃあ、私の声を聞いて」
ミラーが進んだ。
「左!」
ファフィニョが受け止めた。
レイズが脚を攻撃した。
ミラーが向きを変えた。
アクセルが腕を打った。
本物のエーテレオンが飛んだ。
下の足場へ落ちた。
ミラーは、取り戻そうとした。
「今!」とケイルが叫んだ。
送風機が減速した。
レイズが打った。
アクセルが押した。
ファフィニョは、残るわずかな力を集め、赤い剣を振った。
ミラーへではなかった。
通路橋の支柱へ。
金属が崩れた。
ミラーが落ちた。
送風機の羽根の一枚にぶつかった。
内側の構造物に跳ね返された。
あとを追い、本物のエーテレオンも落ちた。
どちらも、冷却階層の間へ消えた。
ファフィニョは、ふらつきながら縁へ行った。
「あいつは……?」
アクセルが走査した。
「活動を検知」
「生きてる?」
「はい」
ファフィニョは、痛まずに閉じられる、ただ一つの目を閉じた。
「よかった」
ナイラは彼を見た。
「よかった?」
「わからない」
脚が反応しなくなった。
ナイラが受け止めた。
6分。
「お母さんは……」
「オーロラにいる」とナイラは言った。
「ナレクは……」
「彼も」
ファフィニョは、彼女の肩に頭を預けた。
涙が、また出た。
痛みからなのか、安朵からなのか、わからなかった。
「じゃあ、大丈夫だ」
「違う」とナイラは言った。
「あなたは、大丈夫じゃない」
ファフィニョは笑おうとした。
「技術上の細かいことだよ」
意識を失った。
赤いエーテレオン・レプリカは、指に握られたままだった。
オーロラ・ホライズンが、最初の輸送艇を受け入れた。
ファフィルの民が、格納庫へ入った。
老人。
子供。
労働者。
捕虜。
家族。
その中に、ヴァエラとナレクもいた。
数秒後、リオラがファフィニョを受け取った。
質問はしなかった。
目を見た。
血を。
カイロン・ガントレットの残骸を。
「医務室へ。今すぐ」
ナイラは、ファフィニョの手から赤い剣を外そうとした。
指が開かなかった。
「そのままで」とアクセルは言った。
「作動中の放電はありません」
剣も一緒に運んだ。
中央索引は、まだ動いていた。
艦橋から、ジャウル・ケスには見えていた。
ファフィルの塔は、まだ送信していた。
帝国のユニットが、再編成を始めていた。
そして、ハル・イーターは、もう星系に入りつつあった。
護衛船の一隻から、セイラ・ヴォンが言った。
「副長、群れが第四方位から進入」
アクセルが地表から計算した。
「第二班を潜入させる時間はありません」
ダレクは地図を見た。
「軌道上からの砲撃は?」
「熱防護層が深すぎます」
ジャウル・ケスは、一つの線を見ていた。
整備用の導管。
先ほどした質問。
避難用輸送艇に適合。
ダレクも気づいた。
「駄目だ」
ジャウル・ケスは艦橋を離れた。
「副長」
答えなかった。
ダレクが通信機で呼びかけた。
「ジャウル・ケス」
一隻の避難用艇が、オーロラ・ホライズンから離れた。
セイラが検知した。
「誰が操縦してる?」
ダレクは目を閉じた。
「あいつだ」
艇が降下した。
「副長、その航路に出口はない」とダレクが言った。
「そのとおりです」
「なら、変えろ」
「できません」
「そんなことをする命令は、受けてないだろ!」
ジャウル・ケスは黙った。
艇が大気圏に入った。
外側にいる輸送艇の一隻へ、ハル・イーターが張りつき始めた。
セイラが回避行動を命じた。
ダレクが、また叫んだ。
「ジャウル・ケス、命令は受けてないだろ!」
「そのとおりです」
「なら戻れ!」
ジャウル・ケスは、前方の導管を見た。
「命令は受けていません」
最初の防衛設備が撃った。
艇の側板が一枚失われた。
進み続けた。
「私自身の決断です」
ダレクは答えなかった。
答えられなかった。
ジャウル・ケスが全体通信を開いた。
「ファフィニョが登録した戦略上の優先事項。ファフィルを解放し、できる限り多くの命を保全する」
アクセルが、遠隔で最初の門へ接続した。
開けた。
ジャウル・ケスが入った。
二つ目の門。
開いた。
三つ目。
艇が燃え始めた。
「優先事項は、なお有効です」とジャウル・ケスは言った。
ダレクが端末に片手を当てた。
「お前が、やらなくても――」
通信が切れた。
ジャウル・ケスは、中央索引を見た。
何百万ものデータの流れが交差する、白い光の巨大な球。
減速しなかった。
衝突した。
ファフィルが、白く染まった。
空の稲妻が、リズムを失った。
一本が、間違った塔へ跳んだ。
もう一本が消えた。
また、一本。
情報の線が止まった。
何千ものロボットが停止した。
ほかは、不完全な命令を受け取った。
サーバーが停止し始めた。
十年ぶりに、ファフィルはザイラックスのために考えるのをやめた。
惑星中の画面に、表示されていた。
セルヴ09。
数秒間。
やがて、誰かが登録情報に入った。
住民が一人。
そして、もう一人。
名前が変わった。
ファフィル。
手を握られながら、ファフィニョは目を覚ました。
部屋の半分しか見えなかった。
右半分。
向きを変えようとした。
痛み。
「駄目」とリオラが言った。
ファフィニョは、右目でまばたきした。
左は包帯で覆われていた。
「僕の目」
リオラは画面を確認した。
「構造は保たれているわ」
ファフィニョは息を吐いた。
「じゃあ――」
「視神経が反応していない」
安堵が死んだ。
ファフィニョは黙った。
「一時的なもの?」
リオラも、すぐには答えなかった。
それで、十分だった。
ファフィニョは顔を向けた。
ヴァエラがいた。
手を握っていた。
ナレクは、壁際の椅子で眠っていた。
ファフィニョは母を見つめた。
「お母さん」
ヴァエラが笑った。
「ここにいるよ」
また、目に涙が満ちた。
「本当なの?」
ヴァエラは手を強く握った。
「ええ」
ファフィニョの顔を、涙が伝った。
「よかった」
近くの台に、剣が横たわっていた。
黒と、赤。
エーテレオン・レプリカ。
停止していた。
だが、ファフィニョが見ると、柄に赤い線が一瞬走った。
ヴァエラは、その視線を追った。
「それも、一緒に帰ってきたの?」
ファフィニョは、笑いに近い息を漏らした。
「長い話になるよ」
ナレクが目を開いた。
「そういう話が、たくさんありそうだな」
ファフィニョは笑った。
それから、思い出した。
「勝った?」
ヴァエラの笑顔が消えた。
ナイラが入ってきた。
口を開く前に、ファフィニョは理解した。
「誰?」
ナイラが近づいた。
「ジャウル・ケス」
ファフィニョは右目を閉じた。
闇が、完全になった。
「何をしたの?」
ナイラが話した。
導管。
艇。
索引。
最後の通信。
ファフィニョは黙った。
長い間。
自分のせいだとは言わなかった。
そこにいるべきだったとは言わなかった。
止められたはずだとは言わなかった。
ただ、尋ねた。
「彼の決断だった?」
「ええ」
ファフィニョが息をのんだ。
「なら、彼のものだ」
涙が、また出た。
だが、罰へ変えようとはしなかった。
数時間後、リオラは、座ったままでいると約束したからこそ、ファフィニョを艦橋へ行かせた。
約束は七分もった。
「また立ったら」と、通信機越しに言った。
「私が直接行くから」
ファフィニョは座り直した。
「座ってるよ」
「今はね」
「時間の細かいことが、僕たちの友情を壊してる」
ケイルが、オーロラ・ホライズンの状態を投影した。
数値について、誰も冗談を言わなかった。
反応炉、劣化。
シールド、最低限。
ヴァル・トル環、最後の限界に接近。
弾薬、少量。
医療システム、過負荷。
船内に、何千もの避難民。
輸送船二隻、損傷。
避難中に、戦闘艦一隻喪失。
ハル・イーターは、なお星系の端から追跡中。
ケイルが息を吸った。
「もう一度だけなら、オーロラを攻城戦に備えさせられる」
ファフィニョは地図を見た。
「そのあとは?」
ケイルは黙った。
ダレクが答えた。
「そのあとは、オーロラは軍艦ではなくなる」
「どう意味?」
「飛べる。人を運べる。故郷へ帰ろうとすることもできる」
少し間が空いた。
「でも、こんな戦いはもうできない」
画面に、二つの世界が残っていた。
アンテナ・エックス1。
コア・オメガ。
セイラ・ヴォンが立体映像で現れた。
「小艦隊は、一つまでなら同行できる。そのあとは、避難と帰還を優先しなければならない」
ナイラは航路を見た。
「アンテナ・エックス1は、同期と通信を制御してる」
アクセルが、もう一つの世界を指した。
「コア・オメガは、帝国ネットワークで最も消費の大きい処理に電力を供給します。」
「ファフィルで回収した情報には、アンテナ・エックス1の主要通路を迂回する整備用航路があります」
ケイルがファイルを開いた。
以前は封鎖されていた宇宙の領域を、一筋の線が横切った。
「持っていなかった航路だ」
レイズが腕を組んだ。
「アンテナ・エックス1を壊せば、ネットワークの連携が崩れる」
アクセルが付け加えた。
「コア・オメガを壊せば、その連携の多くを維持するためのエネルギーを失います」
沈黙。
ファフィニョは、二つの世界を調べた。
最後の攻城戦。
一度の機会。
エーテレオン・レプリカは今、彼の帯に下がっていた。
赤い。
偽物。
だが、彼に応じた。
ファフィニョは柄に手を置いた。
アクセルが彼を見た。
「決断しましたか?」
ファフィニョはナイラを見た。
ケイルを。
レイズを。
アクセルを。
それから、艦橋の空席を。
その一つは、ジャウル・ケスのものだった。
ファフィニョは息をした。
「うん」
地図を指した。
「コア・オメガ」
セイラが首を傾げた。
「次の目標として?」
ファフィニョは、構造図のオーロラ・ホライズンを見た。
その、すべての傷を。
失った、すべてを。
まだ乗せている、すべてを。
「最後の目標として」
ケイルが眉をひそめた。
「何の最後だ?」
「オーロラ・ホライズン、最後の攻城戦」
誰も反論しなかった。
ファフィニョがコア・オメガを拡大した。
内側から、壊れているような惑星だった。
中の何かが逃げようとしているように、白い亀裂が地表を走っていた。
㠀後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
本章をもって物語はさらに加速し、ここから第二部の佳境、そしてクライマックスへと向かっていくことになります。ファフィニョたちそれぞれの選択がどのような結末を迎えるのか、ぜひ最後まで見届けていただけますと幸いです。
次章の更新も、皆様に最高の形でお届けできるよう全力で執筆を進めておりますので、今しばらくお待ちください。
㠀後とも温かい応援のほど、よろしくお願い申し上げます。




