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第9章【もう二度と倒れない】

 ハル・イーターに勝った喜びは、四分も続かなかった。

 オーロラ・ホライズンが移動能力を一部取り戻したばかりのころ、前方の宇宙が赤い点に満たされ始めた。

 初めは数十。

 続いて数百。

 ついには数千。

 包囲用巡洋艦、迎撃機、軍用輸送船、移動式の封鎖ステーションが、帝国ネットワークの内部航路から現れた。

 編隊が、果てしない壁のように星々を覆った。

 指令室では、破れた甲板、過熱したエンジン、導管に詰まったハル・イーターの残骸を知らせる警報が、まだ鳴っていた。

 アクセルが投影を見上げた。

「敵艦隊は、こちらの防衛能力を四百三十八パーセント上回っています」

ファフィニョは拳を握った。

「その計算に、楽観は入ってる?」

「あなたの楽観を測定する、信頼できる変数はありません」

最初の砲撃がシールドを打った。

船全体が揺れた。

ジャウル・ケスの背後で端末が爆発した。

副長は振り向きもしなかった。

「シールド、三十九パーセント。ヴァル・トル環は、なお不安定。正常に反応している推進導管は、一本のみ」

機関室からの通信に、煙まみれのダレクが現れた。

「オーロラ・ホライズンが機嫌を損ねてる」

ナイラは、燃える導管の映像を見た。

「火を噴いてるわ」

「ものすごく、機嫌を損ねてる」

別の衝撃が艦橋を揺らした。

ファフィニョは艦隊を見つめた。

「作戦はある」

アクセルが顔を向けた。

「何段階まで完成していますか?」

レイズは指令室の二つの出口を確認した。

リオラは医療用の収納を開いた。

トヴァンは地図をひっくり返した。

ダレクは端末を抱きしめた。

ジャウル・ケスが顎を上げた。

「戦略は、完全に策定済みですか?」

ファフィニョは、むっとしてみんなを見た。

「逃げる作戦だよ」

全員が黙った。

最初にうなずいたのはナイラだった。

「驚くほど、完成した作戦ね」

「ありがとう。……で、いいんだよね」

アクセルが、新しい地図から消された領域を投影した。

「行ける可能性がある場所は、一つ。キャッシュ404です」

警告と破損した記号に囲まれて、その名が現れた。

アクセルは、かつて帝国ネットワークの廃棄場だった惑星だと説明した。

廃止された機械、欠陥船、破損した記録、実用化されなかった試作品が送られていた。

「新式のシステムは、この座標を拒否します」と続けた。

「惑星の周囲には電磁嵐と、大量の軌道上の残骸があります。古いプロトコルの断片は残っていますが、完全な航路はありません」

トヴァンが投影へ近づいた。

「復元できる」

ケイルは、その手の地図を見た。

「上下が逆だ」

トヴァンが地図を回した。

「地図の検証をしていた」

ダレクは、唯一動く導管がどれだけの負荷に耐えられるか計算した。

「そこまでは行ける」

「出てこられる?」とファフィニョが尋ねた。

ダレクは数値を見た。

「未来の俺たちに聞くことだ」

ジャウル・ケスが撤退を組んだ。

帝国艦隊が包囲を狭める中、有機生命体同盟の戦闘機が、オーロラ・ホライズンの後ろに展開した。

ファフィニョは、使えなくなった外部砲台を切り離すよう命じた。

巨大なモジュールが、宇宙へ漂い出た。

ダレクが、そのエネルギー貯蔵部に過負荷をかけた。

「爆破の準備完了」

「今だ」とファフィニョが命じた。

砲台が爆発した。

衝撃波が、炎、残骸、偽の信号で宇宙を埋めた。

帝国の船が何隻か、隊形を崩した。

オーロラ・ホライズンは、軌道上の残骸群へ向けて加速した。

撤退中、同盟の戦闘機が三機被弾した。

操縦士は爆発前に脱出できたが、回収する時間はなかった。

レイズが位置を記した。

「迎えに戻る」

楽観的な約束には聞こえなかった。

命令のように聞こえた。

オーロラ・ホライズンが嵐に入った。

外の景色が、白い干渉の下に消えた。

トヴァンが指示を叫んだ。

「左へ!」

「航路は右です」とアクセルが訂正した。

トヴァンは地図を見た。

「地図上の偏差だ」

「迷ったんだろ」とケイルが言った。

「地図を作る者は、迷わない。まだ認められていない道で着くだけだ」

オーロラ・ホライズンは、壊れた二隻の間を抜けた。

一隻がゆっくり回転し、船体をこすった。

金属が悲鳴を上げた。

ダレクが通信機で何か叫んだが、誰にも聞き取れなかった。

帝国艦隊は追おうとしたが、システムが座標を拒否した。

迎撃機二機が、隠れた残骸に激突した。

残りは、嵐に入る前に止まった。

オーロラ・ホライズンが消えた。

キャッシュ404は、銀河が忘れたがったものを全部集めて造った世界のようだった。

壊れた船の山が地表を覆っていた。

停止した兵士で埋まるクレーターの間に、傾いた塔が立っていた。

砕けた衛星が、惑星の周囲に不揃いな環を作っていた。

明かりはなかった。

動きもなかった。

ただ、途切れた通信が大気を漂っていた。

「ファイルが見つかりま――」

「ユニットを拒――」

「目的地は存在しませ――」

オーロラ・ホライズンは、半ば埋もれた工業用の台へ降下した。

着陸は速すぎた。

支えが一つ崩れた。

巨大船は傾いたまま止まり、何トンもの金属くずが周囲を滑り落ちた。

ダレクが艦橋に現れた。

「着陸した」

「今の、着陸に入るの?」とナイラが尋ねた。

「落ちてはいない。厳密には、入る」

主要導管が停止した。

オーロラ・ホライズンは、動けなくなった。

指令部は、修理に四日かかると見積もった。

巨大な電磁嵐が、その期限の終わりに台へ届く。

それまでに離陸できなければ、軌道上の残骸が雨のように降り、船を埋める恐れがあった。

修理が即座に始まった。

初日は甲板をふさぎ、気圧を戻し、負傷者を手当てした。

リオラが新しいラベルを作った。

緊急。

とても緊急。

緊急。

ただし、一つ前ほど緊急ではない。

また、ファフィニョの損傷したカイロン・ガントレットを没収した。

「まだ使えるよ」と彼は抗議した。

リオラは箱に入れた。

ラベルには、こうあった。

ファフィニョが『まだ使える』と言うもの。

「僕個人を狙ってる気がする」

「予防医療よ」

二日目、部品探しを始めた。

ダレクは、古い帝国軍巡洋艦の中に埋もれた位相安定装置が必要だと突き止めた。

問題は、その巡洋艦が、廃棄船の山の下にあることだった。

ファフィニョ、ナイラ、ケイル、アクセルが、取りに出かけた。

トヴァンが地図を渡した。

ケイルは両面を調べた。

「本当に、上下は合ってるか?」

「今は合ってる」

「今は?」

「手順を信じて」

放棄された巡洋艦の内部は、金属の粉塵に満ちていた。

ハッチは遅れて開いた。

崩れた場所では、通路の方向が変わっていた。

電磁嵐が近づくたび、明かりがついたり消えたりした。

ナイラが、科学用端末に刻まれた印を見つけた。

動きが止まった。

ファフィニョが近づいた。

「知ってるの?」

ナイラがほこりを拭った。

「父の研究班のものだった」

記録には、わずかな言葉しか残っていなかった。

地下計画。

帝国の承認。

ナイラは目をそらした。

「侵攻の前に姿を消したんだと、ずっと思ってた。でも、これって……彼らと働いていたのかもしれない」

ファフィニョは、安心させる言葉を探した。

端は見つからなかった。

「何か、理由があるのかもしれない」と言いかけた。

ナイラは彼を見た。

「それを言ってほしいんじゃない」

ファフィニョは黙った。

「理由がなかったとしても、そばにいてくれると知りたいの」

「いるよ」

ナイラが彼の手を取った。

ファフィニョの髪が、柔らかなピンク色になった。

「放さないで」と彼女は言った。

ファフィニョの呼吸が止まった。

「放すつもりはなかったよ」

「磁気領域を渡りきるまで、って意味よ」

「僕も、そういう意味だよ」

ナイラは彼の髪を見た。

「もちろんね」

「明かりのせいだよ」

「ほとんど真っ暗だけど」

「だからだよ」

ナイラは笑った。

「私、何も言ってないよ」

二人は進み続けた。

安定装置の保管庫に着くと、ケイルがアンテナ・エックス1の送信機をいくつか見つけた。

一つに、移送された住民の不完全な一覧が残っていた。

ケイルは、きょうだいの名を検索した。

画面に表示された。

状態。

移送――

それ以外、何もなかった。

ケイルは送信機を握った。

「あいつを置いて出た」

アクセルが近づいた。

「避難命令に従ったのです」

「あいつは、ほかの人を助けるために残った。俺は出た」

「あなたの決断によって、何人もの生存者が脱出できました」

「誰を置いてきたかは、変わらない」

アクセルは黙った。

嵐が、金属くずの山を打った。

巡洋艦全体が傾いた。

ハッチが閉まり、金属の雪崩が出口をふさいだ。

ファフィニョは、崩れた通路を見た。

「作戦はある」

ケイルが、ポケットから部品を出し始めた。

アクセルが口を開いた。

ファフィニョが片手を上げたん。

「第一に、安定装置を回収する。第二に、補助コアを再起動する。第三に、下のハッチを開く。第四に、信号を送る。第五に、埋まる前に脱出する」

全員が彼を見つめた。

「何?」

アクセルが情報を処理した。

「作戦が、完成しています」

「うん」

「この出来事を記録しました」

ケイルは、何か月も持ち歩いていた小さな部品を使い、コアのハッチを手動で開いた。

「役に立つと思ってた」

「何に使うものか、知らなかったはずです」とアクセルは言った。

「だからって、俺の先見の明は否定されない」

一行は、巡洋艦が完全に埋まる数秒前に脱出した。

安定装置を取りつける間、レイズが台を守った。

ファフィニョは、ファブリカ07製の避難施設の扉を見つめる彼を見つけた。

「家族がいるはずだった場所と、そっくりだ」とレイズは言った。

「戻ったときは、空だった」

「痕跡も?」

「遺体も、避難した跡も、何もなかった」

レイズは、周辺のハッチをまた確認した。

「だから、出口を全部確かめるんだね」

「出口は変わる」

「扉は勝手に変わらないよ」

磁気による故障で、ハッチが開いた。

ファフィニョは、それを見つめた。

「四回確認するのは、妥当かもね」

その夜、ケイルはアクセルを隔離された修理室へ連れていった。

帝国の処理を遮断できる、試作の記憶ユニットを見つけていた。

「これが最後の試みだ」と言った。

「その言葉は、九回使用しています」

「直接の試みとしては、最後だ」

処置が始まった。

数秒間、計測値からアクセル・イベントが消えた。

そのとき、ファフィニョが部品を持って入ってきた。

アクセルは彼を見た。

「ユニットの識別名を述べてください」

ケイルは即座に記憶ユニットを切り離した。

アクセルの目が、青に戻った。

「ファフィニョ」と言った。

「うん。僕だよ」

アクセルは、彼の名も、これまでのことも、友情も覚えていた。

だが、会話が一つ消えていた。

これからも一緒に旅を続けようと、ファフィニョが約束した瞬間だった。

空白は、残った。

ケイルは目を伏せた。

「もう、無理に引き抜ようとはしない」

「研究を断念するのですか?」

「いや。問い方が間違ってただけだ」

ケイルは、アクセル・イベントを消す必要はないと理解した。

アクセルを、有効な受け皿として認識しなくなればいい。

「すぐに、方法を見つける」

「『すぐに』は、引き続き不正確です」

「お前は引き続き動いてる。それのほうが大事だ」

キャッシュ404を離れるには、破損した航行記録を調べる必要があった。

アクセルは、直接接続することを提案した。

ファフィニョは拒んだ。

「一人では入らせない」

「私の接続が必要です」

「なら、危険は一緒に負おう」

カイロン・ガントレットの部品、セラミックの伝導部品、隔離した記憶ユニット、回収した安定装置を使い、外部標識を組み立てた。

作業中、アクセルが尋ねた。

「セルヴ09へ戻りたいですか?」

ファフィニョの工具を動かす手が止まった。

「そう呼ばないで」

「現在の帝国による名称です」

「名前はファフィルだ」

アクセルが記録を訂正した。

「ファフィル」

ファフィニョは部品を見た。

「戻りたい。でも、そこで何を見るのか、わからない」

「変わっていても、あなたの惑星であり続けるかもしれません」

ファフィニョは彼を見た。

「記憶を失っても、君は君でいられるように?」

「妥当な比較です」

「じゃあ、一緒に帰ろう。君には君の空白があって、僕には僕の空白がある。それでも一緒に」

アクセルは数秒、黙っていた。

「その任務を完了するために、動き続けます」

「ただの任務じゃないよ」

「訂正を受け入れました」

ファフィニョは、標識のそばで眠った。

復興したファフィルの夢を見た。

街は再建されていた。

オーロラ・ホライズンが、武器を停止したまま空を進んでいた。

ナイラが隣を歩いていた。

「あなたの気持ちは、わかってる」と彼女は言った。

ファフィニョは、彼女が好きだと打ち明けられた。

ナイラも同じ気持ちだと答えた。

二人は近づいた。

そのとき、彼女が尋ねた。

「戦争が終わったら、私たちは何をする?」

ファフィニョは答えようとした。

目が覚めた。

アクセルが目の前に立っていた。

「ナイラの名を四回、ファフィルの名を二回、口にしました」

ファフィニョは起き上がった。

「それは機密だよ」

「削除しますか?」

ファフィニョは、アクセルの記憶の空白を思い出した。

「ううん。何も消さないで」

アクセルは待った。

ファフィニョはため息をついた。

「僕は、彼女が好きなんだ」

「以前から、九十八パーセントの確度で保持していた仮説を確認しました」

「残りの二パーセントは?」

「極めて特殊な、髪の色の異常です」

四日目、オーロラ・ホライズンは推進能力を一部取り戻した。

通信装置が、四つの信号を受け取った。

ファブリカ07には、組織だった抵抗勢力がいた。

コア・オメガは、不完全なメッセージを送っていた。

「コアは、そうでは――」

アンテナ・エックス1は、自動標識を維持していた。

最後の信号は、古い周波数を使っていた。

ケイルの作業する手が止まった。

ナイラはファフィニョを見た。

アクセルが発信源を特定した。

「セルヴ09からの送信です」

ファフィニョの表情が固まった。

「ファフィル」

アクセルは言い直した。

「ファフィルからの送信です」

録音に残っていたのは、三つの言葉だけだった。

「ファフィルは、まだ……」

信号が切れた。

ファフィニョは、すぐに針路を向けるよう求めた。

ジャウル・ケスが惑星の防衛設備を投影した。

三つの軌道環、監視ステーション、常駐の巡洋艦、そして通信封鎖。

オーロラ・ホライズンには、突破できなかった。

一方、ファブリカ07には工場と資源があり、立ち上がる用意のできた抵抗勢力もいた。

「ファブリカ07の解放は、ファフィルを後回しにすることじゃない」とナイラは言った。

「そこに行くための準備よ」

ケイルが近づいた。

「今行って、また失うこともできる。それとも、本当に取り戻せるだけの力を集めるかだ」

ファフィニョは、途切れた信号を見た。

ついに、うなずいた。

「まず、ファブリカ07だ」

オーロラ・ホライズンが浮上を始めたとき、嵐がキャッシュ404を襲った。

台の周囲で、金属くずの山が動した。

ファフィニョは全体通信を開いた。

今度の作戦は、完成していた。

ダレクがエンジンを制御した。

ナイラは標識を守った。

トヴァンが脱出経路を示した。

ジャウル・ケスはシールドを集中させた。

アクセルが記録を読み取り、ファフィニョはエネルギーを調整した。

嵐を抜けるとき、標識は焼き切れた。

オーロラ・ホライズンが宇宙へ出た。

損傷していた。

片側へ傾いていた。

砲台が一つ減り、応急修理に覆われていた。

それでも、動いていた。

ファフィニョは、四つの世界の投影を見た。

帝国ネットワークは、一つずつ征服していた。

どの惑星も、次の惑星を助けられずに陥落した。

反攻では、その逆を行う。

ファブリカ07が資源を供給する。

その先の世界が、航路、情報、兵士を加えていく。

ファフィルに着くとき、逃亡者としては現れない。

共に、たどり着く。

ファフィニョは全体通信を開いた。

「僕たちは、一つずつ倒された」と言った。

「今度は、一緒に立ち上がる」

乗組員たちは静まった。

ファフィニョは、ナイラ、ケイル、レイズ、アクセルを見た。

「もう二度と倒れない」

オーロラ・ホライズンは、ファブリカ07へ向けて加速した。

第9章をお読みいただき、ありがとうございました!

「もう二度と倒れない」――圧倒的な絶望のなか、再び前を向くファフィニョたちの決意が光る、熱いエピソードとなりました。


ここで一旦の大きな区切りを迎えられたのも、いつも読んでくださる皆様の応援のおかげです。

もしこれまでの物語を楽しんでいただけましたら、ブックマークや下の評価(★)で応援の声を届けていただけますと、次の展開を紡ぐ最大の力になります!

新たな反攻のステージもどうぞお楽しみに!

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