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偽りの姫は辺境の地で花開く 【全年齢版】  作者: 七緒菜生(ななな)


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21/27

21.王の養女は懐かしい人と再会する

 その日の夕方のこと。

 長い気絶から目覚めたリガードは、医師の診察を受けながら幼い頃からの学友であるディードが興奮して述べ立てることばを聞くともなしに聞いていた。


 薬草の香りをふんだんに纏わせたこの青年は、リガードが友の語彙の少なさに驚いているなどとは思ってもいないようで、ひたすらに口を動かしている。


「あのリリーシャですよ! リガード様のリリーシャが帰ってきたんです! ただでさえ綺麗な娘でしたけれど、アーデンフロシアで磨かれたというか、王都の水で洗われたってこういうことなんですかね? めちゃくちゃ綺麗になってて」


 医師が手渡した氷嚢を頭に押し当てるリガードは、曖昧な相槌を打った。


「王の義娘にはリガード様と同等の統治権が与えられたじゃないですか? 俺たちはそれが不満だったわけですけど、あの後リリーシャは書類と帳簿を求めてきて……ここ一年、辺境は彼女の管轄だったんだそうです。それでリリーシャはリガード様が寝ている間に今日の仕事を片付けて、領民との謁見まで済ませてしまったんです。リガード様を心配して押しかけてきた領民の前でにこにこ微笑んで、手を振ってやっていました。それはもう人気で、みんなぽーっとしてましたよ。美人て、そういうのがいいですよね」


 あまりに雑なその言いように、リガードは無意識に振り下ろした拳で自らの膝を叩いた。

 かと思ったら、それはディードの膝だった。ぎゃあと悲鳴を上げて痛がる友人に詫びて医師とともに丁重にお帰り願うと、ようやく部屋は静かになった。


 その静けさを待っていた人は、リガードのほかにも一人だけいた。

 その人は注意深く耳をそばだてて、領主の友人や臣下たちが近寄ってきはしないか確認する。そうして、どきどきする胸を押さえていた手をえいと伸ばして、隠し通路の扉を押し開いた。


「お兄様、ごきげんよう。御加減はいかがですか?」


 隠し通路から身を乗り出したリリーシャは、そーっと床の上に足を下ろすと、隠し扉を元通りに閉ざした。

 ディターニス辺境伯の住まい兼職場は、旧ガネージュ城である。つまり、リリーシャが三年前まで暮らしていた場所だ。この三年の間に取り壊された箇所もあるが、王族の居住区はもとのままだった。そう報告する書類にきちんと目を通していたリリーシャは、リガードが以前と同じ部屋を使っていると知っていた。


 リガードの部屋とリリーシャが昔使っていた部屋は、隠し通路で結ばれている。それでリリーシャは、人目を気にせずリガードを訪ねられるよう、かつて使っていた部屋を希望したのだった。


「お兄様、たんこぶができたと聞きました。痛みますか? ……お兄様?」

「うん。幻ではないかと思って、目病みを疑っていた」


 リリーシャがリガードの腰かけた座椅子に近づくと、突然手を掴まれた。


「確かに触れる。どうやら、本物らしい」

「はい。リリーシャは、ちゃんとお兄様のもとに帰ってきました。……お帰りと言ってはくださらないのですか?」


 リリーシャがおねだりすると、リガードは喉の奥でくつくつと笑んだ。

 大人の色気が滲んだその音に、リリーシャは過ぎ去っていった時間のことを考えずにはいられなかった。リリーシャの知るリガードは、そんなふうに笑ってはいなかったから。


 三年は、短いようで長い。

 リリーシャは十九になり、リガードは二十四になった。リリーシャにもリガードにも、変化は等しく訪れている。


 リリーシャは、国を後にしたときの自分よりもいまの自分のほうがうんと好きだった。

 リリーシャは、三年前よりもはきはきと話せるようになった。愚かさや微笑みの内側に隠れることをよしとしなくなった。もちろん色んな人に守られてのことではあるけれど、自分の足で立てるようになった気がしている。素直に誰かを頼れるようになったし、誰かの力になれるようになった。

 何より、自分に自信が持てるようになった。リリーシャはもうちっぽけな娘ではないのだと。


(いまの私を、お兄様に見てほしい)


 ほのかな緊張を纏ったリリーシャは、自分を見つめるリガードの瞳に気づいた。

 その瞳が湛えていたのは、三年前とまったく変わっていない優しさだった。ようやく帰ってきたのだという実感がこみ上げて、リリーシャは泣き笑いの表情になる。


「お帰り、リリーシャ。もっと顔を見せて。さっきは驚きの余り気を失ってしまったから、近くで見られなかった」

「……はい。戻ってまいりました」


 リリーシャは、そっと顔をリガードに向けて差し出した。

 見つめ合ってしばし。気づけば、リリーシャは青の瞳いっぱいに涙をたたえていた。

 久しぶりに化粧をしてもらって、リリーシャはこの三年で自分の顔立ちが大人びたことに気づいた。さらりとこぼれた銀の髪はマノアの指導の下で手入れを続けて、つやつやと輝いている。痩せていた頬はまろみを帯びて、きっといまはほんのりと紅潮しているだろう。綺麗になったと思ってもらいたい。だってリリーシャは、ずっとこの日を夢見て頑張ってきたのだから。


 そう思ったら、もうだめだった。

 リリーシャは、リガードの手で頬を挟まれたまま静かに泣きはじめた。

 見ないで。そう言って手のひらで顔を隠そうとしても、やさしく嫌だと囁かれる。何度目かの抵抗ののちに、リリーシャは諦めた。そうして、涙を含んだ瞳でリガードを見つめた。


 たった三年。そう思うのに、永遠に会っていなかったような気持ちがした。


 リガードは、もうすっかり大人の顔をしていた。もともと大人びた人だったけれど、痩けていた頬に肉が戻って、少し日に焼けた気がする。ただでさえ魅力的な顔立ちは、端正というよりも精悍な印象が勝るようになっていた。

 目の下に隈が浮かんでいるのが気になったけれど、それすらどこか色っぽさを感じさせるのがずるかった。元気そうだと思う。知っているようでどこか知らない、大人の男のひとがそこにいた。


「お兄様。私、ずっとお兄様にお会いしたかった……!」


 ぽろぽろと涙が頬を転がり落ちたと思うと、次から次へと零れ落ちてくる。

 気付けばリリーシャは五歳の頃のようにリガードの膝の上にちょこんと座っていて、ひたすらに髪を撫でられては涙を拭われていた。お兄様、お兄様。そうくり返すことしかできない小鳥のように、何度も囁きながら。


 レイデーアと、それから辺境まで付いてきてくれたマノアと三人でさんざん相談をくり返してリガードを口説き落とすための作戦を練り上げていたというのに、そんなことはとうにすっかり頭から吹き飛んでしまっていた。ずっと好きだったということも、かつて自分が使っていた部屋が以前とそのまま清潔に調えられていて嬉しかったことも、みんな伝えそびれてしまった。


 そうして、リリーシャは泣き疲れたのと旅の疲れとで、リガードの膝に抱かれたまま寝入ってしまった。

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