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偽りの姫は辺境の地で花開く 【全年齢版】  作者: 七緒菜生(ななな)


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20/27

20.王の養女はかつての祖国に戻る

 ――リーデンバーグとアーデンフロシアの戦が終息してより、早三年。


 暫定的に旧ガネージュ領と呼ばれていたアーデンフロシア最北の地は、新たに即位したレイデーア王により正式に名を与えられることが通達された。

 この地が新たに冠することになったのは、ディターニスという名だった。今はもうほどんど使われることがなくなった女神が降り立つ以前のことばで、我が最愛の娘という意味である。


 いったいなぜその名を? と疑問に思った人々は、追って下された命になるほどと頷いた。

 レイデーア王は、ディターニス領主を務めるかつてガネージュの王太子だった青年に自身の義娘を伴侶に迎えるよう命じたのだった。旧ガネージュとアーデンフロシアの結びつきを堅くするための、政略結婚のお達しである。


 その命が辺境ということばで親しまれるようになっていたディターニス領に知れ渡ると、領内はざわめき立った。

 レイデーア王の義娘はその通達と前後して突然アーデンフロシアの系図に名を連ねた存在だったため、辺境では誰もその詳細を知らなかったせいもある。


 また、どこからか吹き込んだ風の噂によれば、王の義娘は随分多くの男を侍らせているらしいのだ。王立騎士団長、元宰相の子息、公爵家の子息、王都で名の知れた商家の息子、あるいは才を見出された職人……などなど、錚々たる面々を「お友達」と呼んで仲良くしているらしい。


 噂を耳にしたディターニス領の人々は、もう王太子ではなくなった青年のことを大層心配した。民を守るために身を粉にしたその見返りが、放蕩娘の押しつけかと。


 だがしかし、当の本人は王の義娘にとりたてて関心を抱いてはいなかった。何せ、いよいよ彼の姫が到着する日、王都から派遣された文官たちが彼の執務室に詰めかけた新旧取り混ぜた側近たちを宥め賺している様子を眺めて、今日は賑やかだなと思っていたくらいだ。


 ちなみに何故執務室に人が集っているかというと、王の義娘は大仰な出迎えは必要ないとして、直接領主の執務室を訪ねる運びとなっていたからだ。


 代わる代わる顔を出しては領主を心配する人々を制止しながら、王都から派遣された文官たちはレイデーア王が自分たちに振りまくよう指示した噂にはいったい何の意味があるのだろうと考えた。辺境に身を置くようになって長い彼らは今やすっかりこの辺境の領主に敬意を抱いていたので、そう思うのは当然のことだった。


 三年前、この青年は妹を王都に送りだすまでは表向き大人しくしていた。

 妹が旅立つと、青年は文官たちが戦の影響で疲弊した領内の状態を確認するのを助ける傍らで、旧ガネージュ領の利権を得ようと企んだ貴族たちを唆して互いに争わせると、あっという間に国外へ放逐してみせた。残った貴族や有力者は、まるで選別されたかのように領地の復興に尽力したいと思う者が中心だった。


 そうして、この青年は静かに彼らをまとめ上げると、アーデンフロシアへの忠誠を示すとともに、生涯一臣下で在り続けることを誓ってガネージュ復興は起こりえないと知らしめた。

 それは、もとは敵地であった場所に派遣された優秀な文官たちをして感嘆させるほど鮮やかな手際だった。


 青年は魔術師越しにレイデーアの指示を受けては黙々とリーデンバーグの残党狩りをし、時にはその御力でリーデンバーグに威光を示されては? とレイデーアに意見を出すなどして進言を重ねた。この進言については、新たに宰相に就任したレイデーア王の側近から苦情が申し入れられたが、この青年が淡々と旧ガネージュ領の復興に携わる傍らで停戦条約をものともせずたびたび国境を越えようとするリーデンバーグの侵攻を防いだ功績が褪せることはなかった。


 それで、ディターニス領に派遣されて長い文官たちは、レイデーア王の命がこの青年の幸せに繋がればいいなと思う程には好意を抱いていたのである。さすが陛下が命を惜しんだことはある、と。


 渦中の人物である領主を除いて、様々ではあるものの大まかには一つにまとまった想いを抱いていた人々が執務室にひしめきあっていたそのとき。

 さまざまに複雑な思いを抱かれていた人の訪れを告げて、扉は静かに叩かれた。先触れを告げたのは、穏やかな女官の声だった。


 しんと静まりかえった執務室に足を踏み入れたのは、旅装用の外套に身を包んだ華奢な人影だった。その顔は、外套の頭巾によって深く隠されている。脇には先触れを告げた女官が一人控えており、背後にはなんだかきらびやかな顔立ちの男たちが佇んでいた。その様子に、執務室にいた人々は例の噂を思い出さずにはいられなかった。


「……なんだよ。顔くらい見せるのが礼儀ってもんだろう。こんな礼儀知らずの、それも男を引き連れた花嫁を押しつけられるなんて。いくら負けた国の王太子だからって、リガード様がお可哀想だ」


 勇気を出してか、はたまた主大事さに駆られた無謀さでか。そう呟くように漏らされたことばは、執務室にぽつんと響いた。姫の後ろに控えた赤毛の騎士が剣の柄に手をかけたのに、ほかならぬ姫が白い手を挙げて制する。


 いま不満を漏らしたのは、リガードと付き合いの長いご学友の一人である青年だった。

 この発言からもわかるように少々未熟なところはあるものの、リガードへの忠誠心は図抜けて高い人物だ。また最近ではこの地にアーデンフロシアの薬草の栽培が適していることを見抜いて、日々薬草園を拡大するべく尽力している青年だった。その功績は王都でも評価されていて、新しく引かれた国境を守る地に薬草の栽培はふさわしいとして追加で資金援助がされることが決まっていた。


 はてさてと噂の姫君の反応を窺った人々は、くすりと笑みが零されたのに瞬いた。

 その笑みの気配は、噂から想像されるような色っぽさは持ち合わせていなかった。そして、悪いひとのもののようには思えなかった。そのくらい、その吐息には何か純なものを感じさせる響きがあったのだ。


「相変わらずですね、ご学友殿。あなたには、お土産を持ってきました。辺境の土と相性が良さそうな薬草の苗をね」


 至極上品に差し伸べられたその声に記憶を刺激されたのは、ごく数人だった。旧ガネージュの貴族や商家出身の若者たちだ。


 ――そして、その場の誰よりも強い反応を見せた者がいた。

 知らぬ存ぜぬを貫き通していたはずの領主が、ものすごい勢いで立ち上がったのだ。けたたましい音を立てて椅子が転がり、ペンや文鎮やインク瓶といったものたちが落ちる音がばらばらと立つ。


 その常ならぬ様子に人々がうろたえる中、噂の姫は襟元に結ばれた飾り結びを解いた。顔を覆っていた頭巾がすいと外されると、外套がしゅるりとすべり落ちて床を撫でる。


 そこには、銀の髪をふわりと揺らした美しい娘がいた。

 丁寧に化粧を施されたその顔が浮かべた笑みは、春風のように柔らかだった。レイデーア王の寵愛を受けていると評判の娘は、かつて故国を出たときに纏っていた時と同じ白のドレスを身につけていた。


 でも、以前とは違ってそのドレスは彼女のためだけに仕立てられたものだった。ほっそりとした身体の線を柔らかく引き立てるそれは、三年働いて貯めた給金をつぎ込んで、彼女が自身のために贈ったドレスだった。恋した男に別れの時を思い出させながらも、今の自分を見て貰うために纏った一着だった。


 娘は淡く光り輝くような艶のあるドレスの裾を摘まんで、王族の姫としての礼をする。

 その所作は淀みなく、誰も文句が付けられないほどに上品だった。


「ごきげんよう、皆様。リリーシャと申します。我が義母にして敬愛するレイデーア王の命により、この辺境を治める領主であるリガード・ディターニスに嫁ぐため、はるばる王都より参りました。どうぞよしなに」


 柔らかに微笑んだリリーシャに、その場の誰もが見とれた。

 リリーシャの青い瞳がきらめきを帯びてまっすぐに領主を見つめたとき、その場の誰もが思いも寄らないことが起こった。


 新たにディターニスの名を与えられた辺境伯であるところのリガードが、失神したのである。

 もちろん、執務室は大変な騒ぎになった。



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