12.偽りの姫はさみしく夢を見る
マノアに部屋まで送り届けられたリリーシャは優しく導かれるままに寝台へと倒れ込み、久しぶりに夢を見た。
結婚相手を見繕えと言われたせいだろうか。
夢の中で、リガードの隣には見知らぬ誰かがいた。自分ではない誰かを見て、リガードが笑っている。愛おしそうに。
そうとわかったとき、夢の中でリリーシャは顔を歪めた。夢の中だと言うのに胸を引き裂くような痛みがはしって、息が詰まりそうに苦しくなった。
(……いや。お兄様、嫌。どうして、私ではない人を見てそんなふうに笑うの)
リリーシャにはそのことを妨げることはできないし、そんな資格もない。
そうとわかっているのに、リリーシャは嫌だった。どうしても嫌だった。自分のいないところでリガードが結婚してしまうかもしれないと思うと、むしょうに嫌だった。せめて傍にいられたら、まだ我慢できたのに。
そこで、ふとリリーシャは気づいた。
……本当に、いまも見つめているだけで我慢できるのだろうかと。
でも、そんなのは我が儘だ。
我が儘で、ひどく分を弁えていなくて、よろしくないことだ。……でも。
久しぶりに夢の中で泣いて、泣いて、泣いて……。
次にマノアに揺り起こされたとき、リリーシャは高熱を出していた。
熱を出して三日寝込んだリリーシャは、レイデーアに休日を一日増やすと言い渡された。
リリーシャがどんなにお願いしても、レイデーアは決して首を縦に振ることは無かった。
「いくら人手が足りないとは言え、無理をさせすぎた。残業は許すが、休日は纏めて三日取れ。そして、内一日で逢い引きをしろ。マノアと騎士を連れていくのであれば外出も許すから、逢い引きは城の外でも構わないぞ。もうあれらにも伝えた」
もとより口答えできる立場ではなかったから、結局リリーシャは頷くほかはなかった。
アーディレイはリリーシャを慰めてくれたが、当然のように口添えしてくれることはなかった。彼は誰よりレイデーアに傍近くに付くことを許されていて、誰よりレイデーアに忠実な男だったから。
リリーシャはこの神秘の国でレイデーアの執務室以外の世界をほとんど知らないが、アーディレイは間違いなくレイデーアの側近で、おそらくは次代の宰相として扱われている。
アーディレイとレイデーアの気の置けないやりとりや、めまぐるしく回転する頭脳が競い合うように生む議論を見ていると、リリーシャは否応なしにリガードのことを思い出した。
もしリリーシャがアーディレイの半分も賢い男に生まれついていたならば、リガードは側近にしてくれただろうか。もしガネージュが続いていたなら、そんな未来があっただろうか? と。
そんな益体もないことを考えてしまうのは、休日が増えたせいだった。
不慣れな異国の地で日々の忙しさに呑まれて、ただがむしゃらに働いていたときはよかった。でも、アーデンフロシアに来て半年も経つと、リリーシャには夢の中に閉じこもって泣きじゃくって、それから起きてからもリガードのことを考える余裕が生まれてしまった。
……こうして、自分を伴侶に望んでくれているらしき人との逢い引きの最中であってもだ。
「リリーシャ殿、お疲れですか? 一休みしましょうか」
はっと瞬いて、リリーシャは礼儀正しい距離を設けて顔を覗き込んでくる王立騎士団長のルドンを見た。
いま、リリーシャはルドンと何度目かの逢い引きをしているところだった。
ルドンはほとんど王城を出ないリリーシャにもっとアーデンフロシアの王都を知ってほしいと言って、自分の家が懇意にしているという鍛冶屋に連れて行ってくれて、立派な文鎮を贈ってくれた。
逢い引きで行く場所にしては少々武張ったルドンの選択に、少し離れて付いてくるマノアと近衛騎士は天を仰いで呆れていたが、リリーシャには特に思うところはなかった。
いいえと言いかけたリリーシャは――ふと目の端に映ったものに気を取られて口を噤んだ。そうして、逞しいルドンの腕を引いて小声で囁いた。
「ルドン様。右から三つ目の通路を御覧になってください。先程あそこに身を忍ばせた男は、リーデンバーグの文運びです。ガネージュの城で顔を見たことがあります。リーデンバーグ王から直接手紙を預かる者です」
ルドンは瞬いて、ああと頷いた。目がいいのですね、と。
「リーデンバーグの奴らが王都に出入りしているのは、騎士団も把握しています。泳がせていますが、もうそろそろ殿下に仕掛けてくる頃合いでしょうね」
声を低くしながらルドンがごく何でも無いことのように告げたのに、リリーシャは絶句した。
その様子を見かねてのことだろう。ルドンは職務に抵触しない範囲で、実は何度かリーデンバーグから刺客が送られてきていたことを教えてくれたが、そんな話を聞いてしまえばリリーシャの心配は増すばかりだった。
リリーシャがあんまり心配するものだから、ルドンは次の休日にも自分に付き合ってくれるならと約束させた上で王城に戻ってくれた。
マノアと近衛騎士はせっかく王都に出たのにと不思議そうな顔をしていたが、いつになくルドンの腕をぐいぐい引っぱるリリーシャの様子はいい兆候だと考えたらしい。何も言わず馬車に乗せてくれた。
幸いにもその日は何も起こらなかったが、ルドンやマノアたちを引き連れたリリーシャが鍛錬場に押しかけてきたのに、剣の稽古中であったレイデーアは少々呆れていた。
「心配ないぞ。私には盾になってくれる臣下がたくさんいるのだし、そもそもそんな心配は無用なのだから。いいから逢い引きをしろ、逢い引きを」
――レイデーアのことばがリリーシャにも本当の意味で理解できたのは、それから一週間ほどが経ったある日のことだった。




