13.偽りの姫は神秘を目の当たりにする
その日のリリーシャは書類を届け、あるいは新たに書類を引き受ける先々で、ガネージュの風習や制度について訊ねられて引き留められることが続いていた。
いまやリリーシャは、戦後の復興に勤しむ王城で重宝されるようになっていた。
幸いなことに、アーデンフロシアの文官たちは、旧ガネージュ領の扱いに慎重だった。もし併呑したのがリーデンバーグであったなら、かなりひどいことになっていたはずだ。リリーシャは求められるままに知識を提供し、もし不思議に思うことがあれば静かに口を噤んだ。
そういったやりとりはレイデーアも承知であったので、別に多少戻る時間が遅れたところで何も叱られることはなかったのだが、リリーシャはまじめだった。それに、リリーシャはレイデーアの役に立ちたかったのだ。
足早に回廊を歩いていたリリーシャは、ふと騒がしい方へと視線を向けた。そうして、息を呑む。
王立騎士団の鍛錬所に、レイデーアが佇んでいた。明らかにアーデンフロシアの騎士ではない出で立ちの男たちに囲まれたその姿は、ひどくほっそりとして見えた。レイデーアを包囲する敵をさらにアーデンフロシアの騎士たちが囲んでいるが、あくまで遠巻きにである。
驚くべきことに、レイデーアはこれみよがしに防具の留め具を解いて落としてみせた。ほら狙ってみせろと言わんばかりに。
「リリーシャ様、執務室に戻りましょう」
「どうして!? 殿下が敵に囲まれておいでです。騎士はいったい何をしている、の……」
こんなときだというのに冷静なマノアに喰ってかかろうとしたリリーシャはだが、レイデーアめがけて矢が射かけられたのに言葉を途切れさせる。そして、レイデーアが微笑んだまま避けなかった様子を見て、声にならない悲鳴を上げた。
何故か騎士たちはレイデーアを助けるのではなく、射手が潜んだ方向を特定して討伐に向かう。その内のひとりがちらりとリリーシャを見て、まずいなという顔をした。あの特徴的な赤毛は目をこらすまでもない、ルドンだ。
リリーシャは書類をマノアに押しつけると、レイデーアのもとへと駆けだした。
ドレスの裾をからげて近づくにつれて、リリーシャは違和感を募らせていった。どう見ても、この状況は奇妙だった。だって、騎士がレイデーアを守らないなんておかしい。それに、あのアーディレイがレイデーアが傷つくとわかっていて放って置くはずがないのに。
リリーシャが見つめる先で、レイデーアは微笑んだまま敵と切り結んでいる。その動きはまるで踊りの相手をするように優美で、娘だというのに体格の異なる男と対等に渡り合っていた。
もしかしなくとも、レイデーアの剣技にはアーデンフロシアの神秘の力が働いているのかもしれなかった。なぜって、レイデーアの身体には矢が何本も突き刺さっているのだ。生きて動いているのがおかしいほどに。同じことを敵も思ったのだろう。化け物め、と怯えまじりの罵りの声が幾度も飛んだ。
レイデーアは最後の敵を切り伏せると、ひどく無造作に自分の身体に刺さっていた矢を抜きはじめた。血の飛沫が上がって、リリーシャは悲鳴をあげる。
レイデーアはおやと顔を上げて、リリーシャに微笑んだ。
「リリーシャに見つからないようにしていたつもりだったのだが、うまくいかなかったな。大丈夫だ、私はいまのところ死なないことになっている」
血を払った剣を鞘に収めると、レイデーアはリリーシャが震える手で傷口を確認するのに任せた。そうして、みるみるうちに塞がれては治っていく傷口にリリーシャが瞬いているのを見て、ほら心配ないだろうと朗らかに笑った。
「アーディレイ、報告しろ」
リリーシャがぺたんと座り込む傍らで、静かに歩み寄ってきたアーディレイの手がレイデーアの頬に触れた。なめらかな白い肌に付いた血をぬぐうその仕種に、レイデーアはふふと小さく笑った。そうして、側近の手に頬を寄せる。
「痛いくせに、痛くないふりをするなよ。……こんなに血まみれになって」
「うん、痛みはある。でも大丈夫だ。女神が私を守ってくださっている」
ほらと促されたアーディレイはため息して、口早に報告する。
「指示通り、ちゃんと不死身のアーデンフロシアの世継ぎの姿を見た一人を逃がした。これで、しばらくの間リーデンバーグは手を出してはこないだろう。どうやら、あちらは神秘の力が理解できないようでお前の存在に恐れを抱きはじめているようだしな。魔術師に命じて、解いていた守りも戻した。念の為狩りをさせるが、既に入り込んでいた者達は一通り捕らえている。手引きをした者がいるらしいが、それもいずれ拘束できるだろう」
「うん、後は任せた。私は寝る」
相槌を打っていたレイデーアは、ほっそりとした腕をアーディレイの首に回した。
くたりと力の抜けた身体をそっと抱き上げたアーディレイは、青ざめたままのリリーシャを静かに見下ろした。
「今度は気を失わなかったな。リリーシャ、俺はこいつを抱えるので手一杯だ。色々聞きたいことがあるだろうが、まずは自分の足で立って歩いてくれるか」
リリーシャは頷いて、よろめきながらも立ち上がった。
アーディレイはえらいぞと頷いて、リリーシャに着いてくるようにと促したのだった。




