インストール
警察から戻り、アパートのドアを閉めた。
午後の陽射しが、静かな部屋の隅々にまで流れ込んでいる。この部屋に感じる気味の悪さが、少しだけ和らいだ気がした。
買い物袋の中身を冷蔵庫にしまい、部屋でひと息ついていると、ブブッと小さな振動音が静寂を破る。
スマホの画面にはメッセージの通知。
奏衣からだ。
【 警察 大丈夫でした?】
いつものチャトラ猫が心配そうにこちらを見つめている。緊張がほどけ、思わず笑みがこぼれた。
【 行方不明届はなんとか出せたけど 】
【 積極的な捜査は難しいみたいです(~_~;)】
少し待っていると、奏衣から返信が届いた。
【 お疲れさまです 】
【 心配ですが…無理しないでくださいね 】
【 ありがとう! 】
【 ところで 】
【 ティル・ナ・ローグは どこでダウンロードできるんですか? 】
送信すると、すぐ返事がきた。
【りっかさん あのゲームやるんですか?】
うさぎがコクコク頷くスタンプを送ると、またメッセージが届いた。
【 ラルゴアゲームストアです 】
【でも… 】
【 やっぱりあのゲームは やめた方がいいんじゃないかな 】
【 心配してくれて ありがとう 】
【 大丈夫!】
【 ダウンロードできたら 報告しますね♪ 】
スタンプを送り、璃海は静かに真白のノートパソコンを開いた。
ブラウザでストアを探し、案内に従って登録を終える。ひっきりなしの〔次へ〕ボタンにうんざりしながら、メール認証を終え、なんとかログインが成功した。
「…っ、疲れた……!」
璃海は椅子にぐったりと凭れかかり、ふたたびスマホを手に取った。
【 ランチャー起動! 】
【 おめでとう!! りっかさん 】
【 あと一息です!】
チャトラ猫がfight fightと跳ね回るスタンプに、笑みがもれる。
「よし! 気分転換終了!」
璃海は気合いを入れてまたパソコンに向きあうと、検索バーに[ティル・ナ・ローグの日々 VR 無料]と入力した。
すぐに妖精のイラストが現れ、クリックすると透明な翅の少女が画面いっぱいに微笑む。
「これが……真白のやってたゲーム」
いよいよダウンロードを開始する。――が、青いバーの進みが遅い。
1分、2分……変わらない表示にそわそわし、また奏衣にメッセージを送った。
【 ダウンロード 全然終わらない >_< 】
【 大丈夫ですよ 】
【 容量が大きいんです 】
【 放っておけばちゃんと進みます 】
【 待ってる間 何をすれば ……】
【 そうですね… 】
【 お菓子食べて待つ 笑 】
すっかり顔馴染みのチャトラ猫が、クッキーをかじるスタンプが届いた。
璃海は笑いながら、メッセージを打つ。
【 ありがとう 久しぶりに笑った気がします 】
【よかった】
他愛ないやりとりをしているうちに20分が過ぎ――
ようやく[ダウンロード完了!]の文字が浮かんだ。すぐに自動でインストールが始まった。
インストール完了後に現れた、〔プレイ〕ボタンから起動すると、緑豊かな森を妖精たちが飛び交う中、
《ティル・ナ・ローグの日々》
のロゴが現れる。
映像が終わると、画面は一旦シンプルな白い背景に変わり、大きな文字と入力欄が並んだ画面が現れた。
「またか! あら。意外に簡単かも」
苦手だと思っていたが、2回目ともなるとスムーズだ。難なくアカウント登録を終了する。
[ログイン中…]の文字が消えると、新しい指示が画面に浮かんだ。
[VRヘッドセットを装着し、セットアップを完了してください]
「さあ、いよいよだわ」
璃海は深呼吸をし、黒いゴーグルを手に取った。
思っていたより軽いそれを装着すると、視界が暗転する。
ヘッドセットの電源を入れ、グローブを装着した。
そして――
『ようこそ、ティル・ナ・ローグへ』
――甘い声が響いた。




