ノートと、はじめまして
永原鳰にとって、この中学生としてのスタートは、決して失敗の許されないものだった。
――もう、あんな思いはしたくない。
小学生の頃、笑顔の裏で誰が味方で誰が敵なのかも分からない、薄氷を踏むような緊張の日々。少しでも周囲より目立てば、即座に向けられる不躾な好奇と、粘りつくような嫉妬の眼差し。
結局のところ、自分の本当の味方なんて、この世界のどこにもいなかったのだ。
自室のデスクに向かった鳰は、真新しいノートのまっさらな1ページ目に、心に浮かんだ思考をそのまま書き殴る。
『80点。私の内側まで潜り込んでこない、疲れない友達を二人作った。』
誰に見せるわけでもない、自分だけの採点表。
書き終えると、鳰はノートを引出しの奥へと収め、カチリと音を立てて鍵を掛けた。
「にぃ、大丈夫だよ。ここには、私の過去を知っている人なんて誰もいないから」
自分自身をなだめ透かすように、鳰は静まり返った部屋の中で小さく呟いた。
中学校までは、自転車で三十分ほどかかる。けれど、鳰にとってその道のりは苦ではなかった。途中でひとつ、きつい坂のある大きな橋を渡る以外は、ほとんどが平坦な道だ。
途中で、地元の中学校へ進学した小学校時代の同級生と何度かすれ違う。だが、誰も鳰に声を掛けようとはしなかったし、鳰からも視線を合わせることすら拒んだ。
――所詮、私とあの子たちの関係なんてその程度だったのだ。
橋の頂点を越え、坂を下ると、そこには見知らぬ街が広がっている。知らない建物、知らない人々。誰一人として自分の過去を知らないその空間が、鳰にはたまらなく心地よかった。
校門の手前まで差し掛かったとき、自分と同学年の一人の女子生徒が、自転車を脇に寄せて途方に暮れているのが目に入った。鳰は少しだけペダルを漕ぐ速度を緩め、横目で彼女を窺う。どうやら、後輪のチェーンが外れてしまったようだった。
鳰は一度彼女の横を通り過ぎ――けれど、吸い寄せられるように校門の脇へ自転車を止めると、迷うことなく彼女のもとへ駆け寄っていた。
何故そんな行動をとったのか、自分でもわからなかった。駆け寄ったところで、油まみれのチェーンを直せるあてなど鳰には何ひとつない。
だが、身体が勝手に動いてしまっていた。
「大丈夫? どうしたの?」
声を掛けられた女子生徒は、不安げに目を潤ませながら、弾かれたようにこちらを振り返った。
朝の光の中で出会ったその少女――それが、十二里かがみとの出会いだった。




