この気持ちに答えが欲しい
翌日、親に駅まで車で送ってもらったかがみは、改札前で夏見とさきに合流した。
鳰だけは隣の駅から乗ってくる手はずになっている。手早く何両目に乗っているか確認しようとスマートフォンを取り出し、鳰とのトーク画面を開いた――が、そこにはすでに『三両目』とだけ短いメッセージが届いていた。
「うわ、なにそれ。なんかあんたら夫婦みたいだね」
「ほんとに。付け入る隙もないわー」
夏見とさきが顔を見合わせ、楽しそうにかがみを茶化す。かがみは苦笑いを返すのが精一杯だった。
まもなくホームに滑り込んできた電車に乗り込み、三両目の車両へと足を踏み入れる。
「ここだよ!ここ!」
ボックス席の窓際に座っていた鳰が、パッと顔を輝かせて大きく手を振った。向かいの空いた席へと座るよう促される。
昨日の泥臭い登山や夕暮れの河川敷でのやり取りが嘘だったかのように、今日の鳰は完璧だった。流行りの服をセンスよく着こなし、ナチュラルに施されたメイクは彼女の透明感をいっそう引き立てている。同じ高校生とは思えないほど洗練されたその佇まいに、かがみは一瞬、息を呑んだ。
目的の駅に到着すると、四人はショッピングモール行きのシャトルバスに乗り込んだ。
二人掛けのシートを見つけるやいなや、鳰は一番に窓側へと滑り込み、あろうことかさきの手を引っ張って自分の隣に座らせてしまった。
――絶対、当てつけだ。
かがみは呆れ混じりに息を吐く。電車ではあんなにも当然のように私の隣を陣取ってきたくせに、どうやら昨日の河川敷でのやり取りを、まだ根に持っているようだった。
仕方なく、かがみは夏見と一緒に鳰たちのすぐ後ろの席へと腰を下ろす。バスが大きなエンジン音を立てて発車した。
「……なんかあった?」
前の席で楽しそうにさきと喋り始めた鳰の後ろ姿を見つめていると、夏見が鳰に聞こえないほどの小声で耳打ちしてきた。
「いや、特に何もないんだけど……電車だって、普通に隣だったし」
「やめてよー、痴話喧嘩とか。仲良し四人に亀裂が入るの困るんだけど」
「だから、そういうんじゃないってば……」
否定しながらも、かがみは前の座席の隙間から覗く鳰の細い首筋に視線を落とす。
楽しそうにはしゃいで見せる鳰のその態度が、自分に対する無言の抗議なのだと分かってしまうのが、どうしようもなく悔しく、そしてどこか誇らしくもあった。
しばらくバスに揺られ、前の席で鳰のあからさまな当てつけを見せつけられた末に、目的地であるショッピングモールへ到着した。休日とあって吹き抜けの館内は家族連れや中高生で賑わっており、どこか落ち着かない。
夏見は手慣れた様子でかがみたちを先導し、一階の特設イベント会場へと連れて行く。
「あ、いたいた! 見て、可愛いー!」
夏見が指差した先には、お世辞にも可愛いとは言い難い着ぐるみがぽつんと立っていた。周りには妙な熱気で人だかりができている。滋賀県のご当地キャラクターだというソレは、そのシュールすぎる見た目が逆にウケて、若者の間で人気急上昇中らしい。世間の流行に疎いかがみには今ひとつピンとこなかった、正直にいえば少し不気味にすら思えた。
四人でノベルティ配布の列へと並ぶ。休日のこんな時間から並び始めて、前に十数人しか並んでいないあたり、本当に「圧倒的人気」なのかは甚だ疑問だったが、夏見がここまで満足そうに目を輝かせているのだ。たまには友人の付き添いに徹するのも悪くはない。
「見て見て、かがみ! かわいくない?」
ふと隣を見ると、鳰が配布入口でもらったキャラクターのステッカーを、自分のスマートフォンの背面に早速貼り付けてキャッキャと喜んでいた。
バスの中でのあの頑なな態度はどこへ行ったのか。まるで昨日のことなど何もなかったかのような笑顔だった。あっけらかんとしたその笑顔を見つめながら、かがみは呆れとも安堵ともつかない溜め息を、胸の奥でそっと吐き出した。
夏見は無事に四人分のノベルティを手に入れると、満面の笑みを浮かべた。あれほど「可愛い」と絶賛していた鳰があっさりと自分のノベルティを夏見に譲ってしまったのを見て、かがみは彼女が本当にあのキャラクターを気に入っていたのか、大いに疑問に思った。
「ねえ、せっかく来たんだし、みんなで映画観ようよ!」
鳰が唐突に提案した。上映時間にちょうど間に合いそうだったのは、かがみからすればいかにも陳腐で使い古されたような恋愛映画だった。
少し照明の落ちたシアターに入り、かがみはあえて鳰のすぐ隣の座席を確保した。バスでのあからさまな態度の、ほんのちょっとした意趣返しのつもりだった。
だが、鳰はかがみの存在など最初から視界に入っていないかのように、反対側の隣に座った夏見の方へと身体を向け、上映直前のポップコーンの匂いの中で楽しそうにおしゃべりに花を咲かせている。
「……やっぱり、なんかあったん?」
鳰とは反対側の隣に座ったさきが、声を潜めて心配そうに覗き込んできた。
「いや……なんにも」
「……けど、今日の二人、見ててなんか冷や冷やするよ」
さきの言葉に、かがみはうまく返事ができなかった。
映画館の暗がりの中、楽しそうに笑う鳰の横顔が、どれだけ手を伸ばしても絶対に届かない霧の向こうにあるように思えて、胸の奥が冷たく濁っていくのを感じていた。
上映が始まると、客席の暗闇を押し返すように、目の前のスクリーンが眩しく発光した。
運命の相手と出会い、世界全体が鮮やかに色づいていく主人公。胸を満たす「好き」という感情に心を躍らせ、すれ違いに傷つき、それを乗り越えて絆を深めていく――。
ありきたりで、どこまでも都合の良い物語だな、とかがみは冷めた心地で眺めていた。
隣の鳰は映画に共感しているのか、それとも退屈しているのか。スクリーンの明暗に照らされた横顔は、何を考えているのか一切読み取れない無表情のまま、少しだけ口を開けていた。
かがみはここ数日の鳰のことを思い返す。
突然「恋がしたい」と言い出したこと。昨日の登山を「二人きりのデート」だと言い張り、白井が参加した途端に分かりやすく機嫌を損ねたこと。
鳰はなぜ、そこまで自分と二人きりでいたがるのだろう。どれだけ考えても、かがみには彼女の感情の輪郭を捉えることができない。
『……えっ』
思考の途中で、かがみは小さく息を呑んだ。
肘掛けの下から、鳰の指がかがみの左手に潜り込み、ぎゅっと握りしめてきたのだ。
スクリーンを見つめたまま、鳰は顔色ひとつ変えない。一言も発しない。
けれど、暗闇の中で重なる彼女の手のひらは恐ろしいほど熱く、指先は逃げ出すことを許さないと言わんばかりに、強く、強く、かがみを縛りつけていた。




