見えないよ
かがみが帰宅を果たしたのは、すっかり日の落ちた夜のことだった。
あの怒声の後、二人の間には刺すような沈黙が続いていた。
河川敷を渡る風は容赦なく体温を奪い、闇が二人の足元を呑み込んでいく。
だが、その破滅的な沈黙を破ったのも、やはり鳰だった。
「あははっ……! なんてね! どう? めちゃくちゃ重い恋人、演じてみました~!」
「……え?なに言って……」
「昨日観た映画のヒロインがさ、激重感情をイケメンにぶつけてたでしょ? あれ私やってみたくて! やーい、かがみ、見事にひっかかったー!」
大袈裟に手を叩いておどけてみせる鳰。いつもの可愛い、無邪気な親友の顔だ。
けれど、かがみの胸のつかえは消えない。どんなに目の前で戯けられても、鳰の真意は深い霧の奥に隠されたままで、何ひとつ見えてはこなかった。
「……と、とにかく。私は、鳰と『親友』なのは変わらないから」
「……ずっと?」
「うん。ずっと」
差し出されたかがみの左手を、鳰は両手で包み込み、強く強く握りしめた。
街灯の光を背にした鳰の表情は、陰になって伺い知ることができない。
「……信じるからね」
囁かれたその言葉は、強い祈りのようでもあり、二度と逃がさないための固い鎖のようにも感じられた。
自室のベッドに倒れ込んでいたかがみのスマートフォンが、ピロンと軽快な通知音を立てて震えた。画面を点けると、クラスメイトの勝部夏見からのメッセージが表示されている。
『急だけどさ! 明日さきと鳰と一緒に草津のイオン行かない? どうしても行きたいイベントがあって、人数分のノベルティが欲しいの! 協力よろしくー!』
なんとも唐突な誘いだった。何より、今日あれだけのことがあったばかりの鳰と、明日もまた顔を合わせるというのは少し……いや、かなり気が重い。
『今日は疲れたから、明日はゆっくりしたいんだけど』
そう断りの文面を打ち込もうとした瞬間、画面の上部に鳰からの個別の通知が割り込んできた。
『行くよね?』
まるでこちらの迷いを見透かしているかのようなタイミングだった。かがみは思わず指を止める。
『今日は山登りで本当に疲れたの。家で課題やりたい』
『ダーメ。かがみは今日、私を不安にさせた罰! 明日はちゃんと私をエスコートしてよね』
ポップな絵文字が添えられたその返信を見つめながら、かがみは天井を仰いで大きくため息をついた。
――まったく、手のかかる子。
激重なヒロインの真似をして見せたり、こんな風に子どもみたいにわがままを言ってみせたり。
この面倒で打たれ弱い親友は、本当に私がいなくて大丈夫なのだろうか。
自分の胸の奥に残る微かな違和感に蓋をするように、かがみはゆっくりと了解のスタンプを返した。




