あの日から
『私、鳰のことが分かんないよ』
『親友って、片方がもう片方を縛り付けるためのものじゃないんじゃないかな』
かがみのその言葉が、鳰の胸の奥で重く冷たい塊となって弾け飛んだ。
視界が歪む。
脳裏に、棄ててきたはずの過去の記憶が濁流となって押し寄せる。
――永原鳰は、この春から守山の中高一貫の中学校に通うことになった。
高校受験に煩わされることなく勉強に打ち込める環境が魅力的だった――というのはただの建前で、本当は誰も自分のことを知らない、まっさらな世界が欲しかっただけだ。
『におちゃんが別の中学に行っちゃうなんて嫌だー』
『ずっと一緒がいいのにね』
――嘘つき。
嘘つき、嘘つき、嘘つき。
私は知っている。あなたたちが私のいないところで、どれほど酷い言葉で私を笑っていたか。
鳰はどこへ行っても注目の的だった。けれど、その人気の裏返しとして、常に薄暗い嫉妬と悪意を向けられ続けてきた。誰もが表向きは憧れたような顔で群がってくるが、腹の底では彼女を遠ざけ、小馬鹿にしている。
『ねえ、にぃ。私、変われるかな』
薄暗い自分の部屋だけが、彼女にとって素の自分を吐き出せる唯一の居場所だった。
――大丈夫。
――次は、上手くやるから。
だから決めたのだ。
誰も信じない。けれど、完璧な自分を演じきって、絶対に私を捨てない「本当の親友」をこの手で作り上げるのだと。
中学の教室に入ると、周囲は見渡すかぎり知らない顔ばかりだった。同じ小学校出身の何人かは初日からグループを作って盛り上がっていたが、鳰と同じ出身校の生徒は一人もいない。
――最高の環境だ、と鳰は思う。
自分の席で静かにぽつんと座っていた鳰のもとへ、二人組の女子生徒が近づいてきた。
「永原さん……だよね? 私、勝部夏見。こっちは小嶋さき」
「よろしくー」
少し癖っ毛のショートボブが夏見で、すっきりとしたポニーテールがさき。いかにもクラスの中心で明るく振る舞いそうな、そして「表面上の永原鳰」の友達には打ってつけの二人組だった。
「よろしくね。私、知ってる子が誰もいなくて……一人でちょっと不安だったんだ」
鳰は少しだけ首をかしげ、困ったような、けれど心から安心したような完璧な微笑みを浮かべて見せる。
「だよねー! 私たちも小学校は違うんだけど、さっき友達になったんだ。永原さんも一緒に友達になろうよ」
「ほんとに? ありがとう……! 私の名前、鳰っていうの。ねえ、下の名前で呼んでもいい?」
「もちろん! よろしくね、鳰」
『鳰』と気安く呼ばれた瞬間、胸の奥でカチリとスイッチが入る音がした気がした。
――よし、百点。
誰も私を裏切らない、完璧な中学校生活の始まりだ。




