知らない顔
山を降りると、白井は「この後別の用事があるから」と言って、二人を残して爽やかに去っていった。
嵐のように現れて去っていった彼の背中を見送り、残された二人は駐輪場脇の縁石へと腰を下ろす。先ほどまで自分たちが息を切らして登っていた近江富士を、今度は二人並んで下から見上げた。長くなった秋の影が、二人の足元を静かに伸びている。
「……でも、すごくいい勉強になったよ。私、全然知らないことだらけなんだなって」
「かがみが壊滅的に体力が無いってことも、よく分かったしね」
「っ、それは関係ないでしょ!」
赤面してあたふたと抗議するかがみに、鳰はくすりと小さく笑う。
かがみは息を整え、気を引き直すようにパンと膝を叩いた。
「今日教えてもらったことを中心にして、あとは図書館で詳しい本を……」
「ねえ、かがみ」
「……ん? 鳰、本当に今日は付き合ってくれてありが――」
「これで終わり、なんて言わないよね?」
鳰が言葉を遮った。
振り返ると、西日を背負った親友の顔が陰になり、その瞳の奥が深く沈んでいる。
「……どういう意味?」
思わず喉を鳴らしたかがみに、鳰は逃げ場を塞ぐような静かな声で囁いた。
「デート、まだ出来てないよ」
どちらが言い出したわけでもなく、二人は大きな川の河川敷に自転車を止めた。
土手を下りた先に、ポツンと寂しげに置かれたベンチへ並んで腰掛ける。遠くには夕闇に霞む比叡山のシルエットが見えたが、その手前に広がるのは枯れかけた雑木林と、誰もいないグラウンドゴルフのコースだけだった。風が冷たく川面を渡っていく。
「……私、鳰のことがわかんないよ」
かがみは膝の上で固く拳を握りしめ、今日一日胸の中に溜め込んできた違和感を、率直に吐き出した。
「わかんないって、なに?」
「私は、鳰と親友だと思ってる。……けど、それって片方がもう片方を縛り付けるためのものじゃないんじゃないかな」
「……かがみは、私と二人でいたくないの?」
「そういうことじゃなくて――」
「そういうことじゃん!」
鳰が突然、声を荒らげた。
夕暮れの河川敷に甲高い叫びが響き渡り、川鳥が一斉に飛び立つ。
いつもおちゃらけて、可愛らしく微笑んでいたはずの鳰の顔が、見たこともないほど歪んでいた。肩を大きく上下させ、血の気の引いた顔でかがみを睨みつけている。
――鳰が、怒っている?
感情を剥き出しにした親友の姿に、かがみは息を呑み、一瞬思考が完全に停止した。




