コンビニエンスのあの娘
生まれてから数年、啓斗はかつてのブラッドだったころの知識を生かして、それなりに順風な人生を歩んできた。
もっとも、前世が米国軍人だったからといって、幼児の体でできることなんてたかが知れてる。
だから、体にある程度の筋肉が付いてきた3~4歳ごろから、筋トレを始めた。
腹筋、腕立て伏せ、スクワット。
最初は当然、年齢相応の軽い物から始めた。
前世では毎日のように軍隊のブードキャンプで身体を鍛えていたため、トレーニングの知識には困らない。
成長途中の身体に過度な負荷をかければ逆効果になることも知っていたので、無茶は絶対にせず、あくまで自分の年齢に合わせて少しずつ負荷を増やしていった。
そのおかげもあってか、幼稚園くらいには腹筋が割れて、幼児にして、結構、いや、かなりマッシブな肉付きのある身体になった。
おかげで幼稚園の運動会ではぶっちぎりの一位。
おまけに、小学校に上がるころには、勉学も大事だと思い、勉強に励んだ。
実を言うと、ブラッドだった前世では優等生だったこともあり、高校卒業くらいの計算や方程式はお手の物
だったし、中身がアメリカ人だったこともあり、一年生にして英検1級を獲得した。
まぁ、でも日本語や文字、歴史や古文の知識はほとんどなかったためそれに関しては一から勉強し直したが、物の一年くらいで全部習得し、周りの大人からは神童と呼ばれるようになった。
でも、そんな俺でも一つ問題があった。
啓斗として何事も簡単にできてしまう人生において最も難しい任務。
《《友達を作ることだった》》。
同年代の子供たちが砂場で山を作ったり、鬼ごっこで本気になったりしている姿を見て心底思う。
(……何がそんなに楽しいんだ?)
砂を積み上げて山を作ったところで、何か得られるわけでもない。
鬼ごっこに至ってはもっと分からない。ただ追いかけて、逃げて、捕まったら今度は自分が追いかける。
そこに何の戦略的価値がある?
――なんてことを、当時8歳だった俺は大真面目に考えていた。
前世では二十歳まで生きたとはいえ、その大半を軍人として過ごした。
軍学校に入ってからは、朝起きれば訓練、授業、訓練、飯を食ってまた訓練。
遊びといえば、休暇中にマーカスたちとギャンブルをしたり、くだらない話をしたりする程度。
そもそも幼少期から戦災孤児だった俺には、普通の子供がどうやって友達を作るのかなんて知識がほとんどなかった。
敵のADMSを撃墜する方法なら何十通りでも思いつく。
銃の扱いも分かる。
市街地戦での立ち回りも分かる。
なのに――同年代の子供と一緒に遊ぶことが、その時の啓斗には何より難しかったし、中身が20歳の青年だ。
(幼児に紛れて鬼ごっこなんて今更なぁ~)なんて無意識に思ってしまう。
でも、周りにあわせないと、浮くし、最悪いじめの対象になってしまう可能性がある。
だから、啓斗は同年代の子供が好む、漫画やアニメ、ゲームなどを研究して周りに溶け込んだ。
クラスで流行ってる漫画を読み、人気のアニメを見て、みんなが遊んでいるゲームを、さすがにねだるのは自分のプライドが許さなかったため、こずかいを貯めて買った。
これはあくまで友達を作るための勉強。
いわば、子供社会へ潜入するための情報収集。
前世の感覚で言えば、敵地に潜入する前の事前調査みたいなものだ。
その成果か、中学校入学時にはある程度のクラスの輪に入れるようになった。
容姿は母の遺伝か銀髪の整った顔立ちの美形となっていた。
が、小柄で童顔の父の遺伝か、童顔で10歳くらいの身長で止まってしまったのか、見た目は小学生くらいの容姿になってしまった。
くったれめ、どうせなら長身のイケメンがよかったのに、と遺伝子を恨むも、時すでに遅し。
仕方ないので完全にあきらめた。
そんなある日の13歳の夏の事だ。
◇
「……SEXしてぇ~」
夏休みの朝食の席、啓斗はふと呟いた。
《《両親が目の前にいるというのに》》
「…………」
「…………」
(…?……!?やべっ!!)
数秒後の沈黙と共に自分がとんでもない爆弾発言をつぶやいた事に気づいた啓斗。
「……啓斗……」
テーブルの前で、小柄な体格の父、祐司が顔を真っ青にして震えるような声で啓斗に問いかけた。
「ごめん…父さんの聞き間違いかな?…今セッ?…何て言ったのかい?…」
「いや違うんだダット」
「…ダット?」
「いや父さん!!断じてSEXしてぇ~何て言ってねぇから!!」
「今思いっきり聞こえたけど!?」
祐司が体をがくがく震えさせながら叫ぶ。
がそれ以上に、となりの
「……啓斗?…」
銀髪の爆乳の母、麗奈がニコニコ笑っていた。がその額には怒りの血管マークが……。
「ちょっと、ご飯食べたら、そこのソファに座りなさい」
「まって!!弁解させてくれ!!」
「い・い・か・ら!!…ねっ?♡」
「イエス、マム!!」
その後、朝食を終えた啓斗はソファで麗奈から小一時間、女性の体の仕組みとSEXということがどういう行為なのか。
という性教育という名の説教を1時間ほど受ける羽目になった。
◇
説教から解放されて啓斗は近くのコンビニまで足を運んでいた。
説教から解放された啓斗は、近くのコンビニまで足を運んでいた。
「ったく……朝っぱらから一時間も性教育とか勘弁してくれよ……」
自動ドアをくぐりながら、げんなりと肩を落とす。
別に麗奈の言っていたことが間違っていたわけじゃない。
むしろ内容そのものは、前世の軍学校で習った保健教育よりよっぽど丁寧だった。
問題は――。
(実の母親から聞かされるのがキッツいんだよ……)
しかも途中から、
『女の子にはちゃんと優しくしなさい』
だの、
『相手の気持ちを一番大事にすること』
だの、
『避妊は絶対だからね』
だのと、やたら具体的な話にまで発展した。
思い出しただけで顔から火が出そうになる。
「……もう二度と家でSEXなんて口走らねぇ」
啓斗はそう言いながら、ふと思い出した。
そもそも、なぜそんなことを口走ったのか、
それは、ふと前世の親友、マーカス・ラーリーのことを思い出したからだ。
最後の戦場であ、アイツは散々「童貞のまま死にたくねぇ」と呟いていた。
ブラッドとは同年代で、あれから13年、生きていれば33ぐらいだろう。
それでも、童貞のままなら完全に《《魔法使い》》だ。
そして、ふと思った――自分も前世で生きていれば《《魔法使い》》だと。
「……あいつ、結局女だけたのかな」
そしたら、若くてエロい奥さんと結婚して、子供の一人や二人いてもおかしくはない。
そう考えると不思議な気持ちになった。
前世では同い年だった親友が、今じゃ二回りほど年上だ。
今でも軍役でADMSに乗っているか、それとも除隊しているか——あるいは——。
「……いや、やめとこ…」
啓斗は考えるのをやめた。
この世界じゃ、人間なんて呆気なく死し、ましてや戦場にいる兵士なら尚更だ。
生きていてほしいとは思う、けれど確かめる術もなければ、確かめる勇気もなかった。
ブラッド・ライアンは死んだ——今の俺は神崎啓斗だ。
優しいけど軍事オタクの父親がいて、ちょっと過保護だけど俺のことを心から愛してくれる母親がいて、
学校へ通って、漫画を読んで、ゲームをして。
銃声で目覚めることもなければ、明日死ぬかもしれないと考えながら眠る必要もない。
俺が最期に望んだ人生が、ここにはある。
だったら――それでいい。
「……コーラでも買って帰るか」
そう呟きながら飲料コーナーへ向かおうとした、その時だった。
「……あっ」
「ん?」
小さな声が聞こえて、啓斗は足を止める。
声のした方へ視線を向けると、商品棚の前に一人の少女が立っていた。
年齢は自分と同じくらいだろうか。身長は160cm前後というところだろう、まだ中坊にしてはなかなかグラマラスな体つきをしている――特に胸に関してはデカすぎるくらいデカい。
肩より長い黒髪に、目元がほとんど隠れてしまうほど長い前髪に眼鏡をかけている。
服装も白いブラウスに膝丈のスカートという地味なもので、華やかというよりは、なるべく一目につかないような印象を受ける。
そんな少女が困った様子で見上げていたのは、商品棚の一番上。
どうやら目当ての商品が奥へ押し込まれているらしい、背伸びをしながら手を伸ばしている。
「ん……もう…ちょっと」
指先が触れる、しかし届かない。
「………っ」
三度目、それでも届かない。
(店員呼べばよくねぇか?)
そう思ったものの、近くに店員はいない。
(…ったく、じれったいなぁ)
啓斗は小さくため息を吐くと、少女に近づいた。
「それ、取りたいのか?」
「ひゃっ!?」
少女が肩を跳ねさせる、声をかけた啓斗に視線をあわせる。
「わ、私?」
「他に誰がいるんだよ」
「ご、ごめんなさい…」
「いや、謝る必要はねぇけど」
(ずいぶんへっぴりごしなガキだなぁ)
そう思いながら、啓斗は棚を見る、目当ては一番奥に置かれた、クッキー菓子の箱らしい。
「…ちょっと待ってろ」
「えっ?」
啓斗は棚の前に立つ。
そして――。
「……」
届かない。
「…………」
もう一度、背伸びするも、届かない。
少女と同じだ
「………FUCK!!」
思わず前世の母国語で悪態を漏らしてしまう。
「ふぁ…っく?」
少女が聞きなれない単語に?とした顔をするも、それをよそに啓斗は再び背を伸ばす。
届かない、あと数cmだというのに――届かない。
あと数センチだというのに、指先が箱の角を掠めるだけで、どうしても掴めない。
(クソが!!ナイフ投げなら人だろうがADMSだろうが、百発百中だった俺様が!!クッキーの箱すら取れねぇのかよ!)
啓斗はもう一度つま先を伸ばす。
だが――やはり届かない。
(こうなったら、勢いをつけて)
啓斗はその場でしゃがみこみ、一気にジャンプ!!。
伸ばした右手が箱をキャッチする。
「Great!」
着地と同時に、啓とは母国語で勝ち誇ったようにクッキーの箱を掲げながら勝利宣言。
たかがコンビニの商品を取っただけだというのに、本人の顔は妙に誇らしげだった。
前世で敵ADMSを撃墜した時ですら、ここまで達成感を覚えたことはなかったかもしれない。
「ほら、これだろ?」
「あ……う、うん。ありがとう」
少女はおずおずと両手を伸ばし、啓斗から箱を受け取った。
少女は箱を胸元に抱えながら、ほんの少しだけ微笑んだ。
前髪に隠れてい表情はよく見えないものの、先ほどまでの怯えたような雰囲気から、少しだけ和らいだようにも見える。
(……意外と可愛いじゃねぇか…)
一瞬ときめくも、
(いや待て待て!!相手は思春期の小娘だぞ?自分の歳考えろ俺!!)
そう自分に言い聞かせ、啓斗は浮かんだ感情を振り払うように首を横に振りまくった。
「あっ、あの……」
「ん?」
「………よかったら……食べる?……」
「……俺と?」
クッキーを取ってくれたお礼のつもりだろうか、少女が胸元に抱かえていたクッキーの箱を差し出してくる。
「いや、べつにいいよ、こんくらいで礼なんて、俺コーラ買ってから帰るつもりだったし」
「………」
少女の肩が分かりやすくシュンっと落ちていった。
まるで捨てられた仔犬みたいな反応をされると、こっちまで悪いことした気分になる。
啓斗は頭を搔きながら、仕方ないといったようにため息を吐いた。
「……分かったよ、少しぐらいなら」
「ほんと?」
それまで消え入りそうだった少女の声が、ほんの少しだけパァっと明るくなる。
「ただし店の中じゃ食えねぇから、外な」
「うん」
結局、啓斗はコーラを一本買い、少女と一緒にコンビニを出た。




