第四話 雑貨屋の娘と薬草茶の試作品
メリルの咳が治まったという話は、思いのほか早く村中に広まっていた。
「ねえミルカ、聞いて、聞いて!」
朝早くから薬草園にやってきたエルナは、興奮した様子で門をくぐるなり、そう切り出した。頬が上気し、息も少し弾んでいる。よほど急いで来たらしい。
「うちのお店に来るお客さんたちが、みんな噂してるの。荒れ薬草園に、すごい魔女さんが来たって」
「すごい、だなんて。まだ、月灯り草の芽が少し育っただけです」
「それがすごいんだって!」
エルナは腰に手を当て、力強く言い切った。
「ねえ、思ったんだけどさ。ミルカの薬草って、もっと村のみんなに広められないかな」
「広める、というのは?」
「薬草茶とか、香り袋とか! ちゃんと商品にして、朝市とかで売るの」
思いもよらない提案に、ミルカは目を瞬かせた。
「商品って……薬草園を、そんなふうに使っていいものなんでしょうか?」
「だめな理由ある?」
エルナはきょとんとした顔で首を傾げる。
「メリルちゃんを助けたシロップだって、立派な薬でしょ。それを、もっとたくさんの人に届けられるようにするだけだよ」
その言葉に、ミルカは傍らのポフを見た。ポフは井戸の縁に座り、興味なさそうにあくびをしていたが、ちらりとこちらを見て言った。
「悪くない話ではないか。薬草園を続けるには、金子も要る。おぬしとて、王都からの支援など期待できまい」
ポフの言う通りだった。ミルカに支給される給金は僅かで、薬草園の再建に使える資金は、決して潤沢とは言えない。種を買うにも道具を揃えるにも、いずれ限界が来る。
「……分かりました。やってみます」
ミルカがそう答えると、エルナはぱっと顔を輝かせた。
「よし、決まり! じゃあさっそく、何を作るか考えよう」
「商品にするなら、名前も大事だよね」
「眠り草のお茶、では駄目でしょうか」
「ミルカ、それじゃ説明しただけだよ」
するとポフが、待っていたとばかりに胸を張った。
「『由緒正しき守り精霊が認めし、夢見の秘宝茶』はどうじゃ」
「長すぎて、袋に入りません」
「では、もっと大きな袋を用意せよ」
「そっちを変えるんですか?」
☆
その日から、ミルカとエルナは、薬草園に残っている薬草を持ち寄って、試作を重ねることになった。
まだ本格的に育て直したのは月灯り草だけだったが、薬草園の隅には、手入れをされないまま自生していた薬草もいくつか残っていた。眠り草、朝露ミント、陽だまり花。どれも野生化して小さくなっていたが、ミルカが土を整え、丁寧に手入れをすると、少しずつ本来の香りを取り戻していく。
「眠り草は、気持ちを落ち着けるお茶に。朝露ミントは、すっきりした後味の茶葉に。陽だまり花は……」
ミルカは花びらを一枚摘み取り、鼻先に近づける。
「元気が出るような、明るい香りがします。疲れた時に、良さそうです」
「いいね! それぞれ、飲む人の気分で選べるようにしたら、面白そう」
エルナは持ち込んだ小さな布袋に、乾燥させた茶葉を詰めながら、次々とアイデアを出していく。商売っ気があるというのは本当らしく、値段のつけ方や、袋の見た目まで、あれこれと考えを巡らせていた。
傍らでは、ポフが味見役を買って出ていた。
「ふむ、これはなかなか……げほっ、にがっ!」
眠り草だけを煮出した茶を一口飲んで、ポフは盛大に顔をしかめる。
「もう少し、木の実でも入れんか。苦すぎるぞ」
「贅沢言わないでください。これは薬草茶なんですから」
「じゃが、こっちの、木の実入りの奴は美味かったぞ。もっとよこせ」
甘い木の実を混ぜた朝露ミント茶には、途端に機嫌を良くして、何度もお代わりをねだる。ミルカは思わず笑ってしまった。厳めしい態度をとる割に、ポフは案外、正直な味覚をしているらしい。
「ポフ、味見役なのに、感想が『美味い』か『にがい』しかないですけど」
「文句あるか。我は、味の本質を、端的に伝えておるだけじゃ」
「もう少し、詳しく教えてくれると助かるんですが」
「ならば言うてやろう。……美味いものは、美味い。にがいものは、にがい。以上じゃ」
堂々と胸を張るポフに、エルナが噴き出した。
「ポフちゃん、味見役として、全然役に立ってないね!」
「な、なんじゃと! 我ほど、正直な味覚の持ち主はおらぬぞ!」
むきになって抗議するポフのしっぽが、ぶわりと膨らむ。その様子がまた滑稽で、二人は顔を見合わせて笑った。
☆
試作を重ねる中で、ミルカは薬草の配合に頭を悩ませていた。眠り草だけでは苦すぎる。かといって、甘みを足しすぎれば薬効が薄れてしまうような気がする。
「うーん、この配合、もう少し何かが足りない気がします」
「じゃあ、香りをもっと強くしてみたら?」
エルナが、乾燥させた陽だまり花を、追加で鍋に放り込む。ミルカもそれに合わせて、微調整を加えていった。
何度も、何度も、二人は試作を繰り返した。時には、あまりの苦さに二人揃って顔をしかめることもあった。
「これは……ちょっと、失敗ですね」
「うん、なんか、土みたいな味がする」
「土って……」
ミルカは思わず、自分の淹れた茶を見つめた。確かに、薬草の配合を間違えたのか、土くさい風味が口の中に広がっている。
その様子を、井戸の縁からじっと見ていたポフが恐る恐る、その茶に鼻を近づけた。
「……我は、遠慮しておこう」
「ポフ、味見役でしょう!」
「土の味は、我の専門外じゃ。我は、あくまで、美味いものの専門家じゃからな」
澄まし顔で言い切るポフに、ミルカとエルナは顔を見合わせて、思わず吹き出してしまった。
☆
試作を重ねる合間に、ミルカは薬草を分けてもらうため、村の何軒かを訪ね歩いた。
その中で、ある年配の女性の家を訪れたとき、ふと違和感を覚えた。
「お宅の庭の蓬を、摘ませてもらえませんか。お礼に、薬草園で作った茶葉をお分けします」
そう申し出ると、女性は一瞬、表情を強張らせた。
「……薬草園で作ったものなのかい」
「はい。今、少しずつ手入れをしていて」
「悪いけど、お茶はいらないよ。蓬も、今日は勘弁しておくれ」
女性は言葉を濁し、そそくさと家の中に戻ってしまった。ミルカは閉ざされた戸を見つめながら、胸の内に小さな棘が刺さったような感覚を覚えた。
他にも似たような反応をされることが、一度や二度ではなかった。表立って拒絶されるわけではないが、薬草園という言葉を出した途端、皆どこか気まずそうな顔をする。ある老人は、目も合わせず、そそくさと立ち去ってしまったし、別の家では、扉越しに「今は取り込み中で」とだけ告げられ、それきり応対してもらえなかった。
「エルナ、村の人たちって、薬草園のこと、何か知ってるんでしょうか?」
夕方、薬草園に戻る道すがら、ミルカは尋ねた。エルナは少し考えてから、声を落とす。
「じつはね……あたしも、詳しくは知らないんだけど。昔、薬草園で何かあったらしいの。今の村長さんとか、年配の人たちは、知ってるみたいなんだけど」
「何か、というのは」
「分かんない。みんな、話したがらないんだよね。でも……あの薬草園、ただ手入れが面倒で放置されてたわけじゃない気がする」
その言葉に、ミルカの中でずっと引っかかっていた違和感がはっきりとした形をとった。
誰も近づかない、荒れ果てた薬草園。それは、単に忘れられた場所ではなく――何かを恐れて、あえて避けられている場所なのかもしれない。
☆
翌朝、ミルカが薬草園の畝を見回っていると、朽ちかけた門の向こうから、大きなあくびを噛み殺す声が聞こえた。
「眠り草のお茶を、少し分けてもらえないかい」
門をくぐってきたのは、大きな籠を抱えた、恰幅のよい女性だった。日に焼けた、がっしりとした腕に、小麦粉の残るエプロンをつけている。明るく豪快そうな顔立ちだったが、今日は目の下にうっすらと隈ができていた。
「あの、初めまして。ミルカ・ラウレルです」
「ああ、あんたが噂の薬草魔女さんかい」
女性は大きく頷いた。
「あたしはセルマ。村の広場でパン屋をやってるんだ」
「眠れないんですか?」
「ああ。ここ三日ほど、布団に入っても目が冴えちまってね。朝は早いし、このままじゃパンを焦がしそうだよ」
ミルカは薬草棚へ視線を向けた。
乾燥させた眠り草なら、ちょうど昨日、新しい分を瓶に詰めたばかりだった。
「分かりました。眠り草に、少しだけ陽だまり花を混ぜてみます。眠り草だけだと苦いので」
「助かるよ。最近は、羊を百匹数えても駄目でさ。昨日なんて、途中から羊がパンを買いに来るところまで想像しちまった」
セルマの足元で、ポフがぴくりと耳を動かした。
「その羊は、何のパンを買ったのじゃ」
「そこ、気になりますか?」
「当然じゃ。話の肝であろう」
「たぶん、木の実パンだったよ」
「ほう。なかなか見どころのある羊じゃな」
真剣な顔で頷くポフに、セルマが小さく笑った。
ミルカは眠り草と陽だまり花を調合し、一晩分の茶葉を小袋に詰めた。
「寝る少し前に飲んでください。ただし、効かないからといって、一度にたくさん飲まないでくださいね」
「分かってるよ。ありがとう、ミルカ」
茶葉を受け取ったセルマを見送りながら、ミルカは、これで少しでも楽になればいいと思った。




