第十九話 薬草園をめぐる公開調査
王都の役人たちが村に到着したのは、よく晴れた日の朝だった。
村の入り口に、幾台もの馬車が連なって停まり、格式ばった衣装を纏った役人たちが、次々と降り立った。先頭に立つのは、白髪交じりの、いかにも高官らしい厳めしい表情の男だった。
「本日は、旧薬草園の公開調査を行う。王都学院の正式な決定に基づき、当該土地の希少薬草の数、及び魔力量を測定する」
役人の声は、村中に響き渡るように、堂々としたものだった。ミルカは緊張しながらも、薬草園の門の前で彼らを迎える。
「ミルカ・ラウレルです。よろしくお願いします」
「うむ、貴殿が、この薬草園の管理者か。……ずいぶんと若いな」
役人は、値踏みするような視線をミルカに向けた。その隣には、リュカとカリナの姿もあった。二人とも、緊張した面持ちで役人たちの後ろに控えている。
門の外には、会議に参加した村人たちが集まっていた。役人たちは見学を認めたものの、畝へ入らないよう縄を張っている。
役人たちが門をくぐろうとしたその時、井戸の縁で、ことの重大さも知らぬげにのんびりと日向ぼっこをしていたポフが、ふと顔を上げた。
「ん? 見知らぬ気配が、たくさんおるな」
役人の一人が、その白い毛玉に気づき、思わず足を止めた。
「……あれは、何かね」
「薬草園の守り精霊、ポフです」
ミルカが慌てて紹介すると、役人は興味深そうにポフに近づいた。
「精霊とは、これはまた、貴重な。土地の魔力の証明として、記録する価値がありそうだ」
「記録じゃと? 王都の役人風情が、我を、そう易々と帳面に――」
いつもの調子で警戒しかけたポフだったが、役人が、懐から上等な干し肉を取り出したのを見て、ぴたりと言葉を止めた。
「これは、村への手土産として、用意していたものだが。……精霊殿、よろしければ」
「……もらってやらんこともない」
あっという間に、態度を軟化させたポフに、ミルカは思わず脱力してしまった。威厳も警戒心も、目の前の食べ物一つで、簡単に揺らいでしまうらしい。
「ポフ、そんなに簡単に懐柔されて、大丈夫なんですか?」
「な、なにを言う。我は、あくまで、味を評価しておるだけじゃ」
もぐもぐと干し肉を頬張りながら言い訳するポフに、緊張していたはずのリュカとカリナも、思わず、顔を見合わせて苦笑した。役人本人も、まさか精霊がこんな態度を見せるとは思わなかったのか、少し困惑した様子だった。
「では、さっそく、調査に入らせてもらおう」
☆
役人たちは携帯用の魔導具で予備測定を行いながら、薬草の種類と状態を記録していった。
「これだけの規模で、月灯り草が育っているとは、確かに驚くべきことだ。魔力量も、想定していたより、はるかに高い」
役人の一人が、感心したように呟いた。ミルカはその言葉を聞きながら、胸の内に複雑な感情が渦巻くのを感じた。この薬草園の価値を、王都に評価されること――それは、喜ぶべきことなのか、それとも、恐れるべきことなのか。
役人たちは薬草園の中央まで進むと、荷車から細長い銀色の杭を運び出した。人の背丈ほどもある杭の表面には、細かな測定術式が刻み込まれている。
「これは、地中を巡る魔力の総量を測るための集束測定杭だ」
白髪交じりの役人が説明した。
「地面へ固定し、土地全体の魔力を一時的に一点へ集める。王都の魔法農園でも使われている、安全な測定法だ」
役人の部下たちが、月灯り草の畝に近い場所へ杭を運んでいく。
その瞬間、ミルカの足の裏を、冷たいものが走った。
(嫌がってる……)
まだ杭は地面に触れてもいない。それなのに、土の奥から、強く身を縮めるような感覚が伝わってくる。
「待ってください」
ミルカは役人たちの前へ進み出た。
「そこには打ち込まないでください。土地が、嫌がっています」
「土地が嫌がる?」
白髪交じりの役人は、明らかに不快そうに眉を寄せた。
「測定杭は、土地を破壊するものではない。一時的に魔力を集めるだけだ。王都の魔法農園でも、何度も安全性が確かめられている」
「でも、この薬草園には合いません。ここは以前にも、魔力を無理に一か所へ集められて、傷ついています。せめて、別の方法で――」
「ミルカ・ラウレル」
役人の低い声が、ミルカの言葉を遮った。
「これは、王都学院の決定に基づく正式な調査だ。明確な根拠もなく妨害すれば、管理者としての適性を欠くと判断せざるを得ない」
「管理者としての、適性……」
「場合によっては、調査結果を待たず、貴殿を旧薬草園の管理から外すこともあり得る」
ミルカの背後で、村人たちが息を呑んだ。
管理者から外される。
その言葉が、胸の奥へ冷たく沈んでいく。
王都の命令でこの村へ送られてきた自分は、王都の判断一つで、この場所から追われることもある。薬草園を守ろうとして声を上げた結果、自分が薬草園にいられなくなるかもしれない。
学院長室で配属通知を受け取った時のことが蘇る。
自分の行き先を、自分では何一つ選べなかった、あの日の感覚。
「ミルカ君」
リュカが低い声で呼びかけた。
その表情には、はっきりと迷いが浮かんでいる。
「正式な調査だ。君の感覚だけでは、中止を求める根拠として認められない」
「リュカ先輩も、このまま続けるべきだと思うんですか」
問いかけると、リュカはすぐには答えなかった。
調査官の証章に触れかけた指を、途中で止める。
「……私は、調査官として手続きを守らなければならない」
その答えを聞いた瞬間、ミルカの胸に、かすかな痛みが走った。
けれど足元の土からは、それよりも強い恐怖が伝わり続けている。
(怖い)
(また、取られる)
ミルカは震えそうになる手を、胸の前で強く握った。
「それでも、私は反対します」
役人が目を細める。
「結果がどうなっても、かね」
「はい」
声は震えていた。それでも、俯かなかった。
「私は、この土地の管理を任されています。管理者というのが、この土地を王都の命令通りに動かす人のことではなく、この場所を守る人のことなら――嫌がっていると分かっているのに、黙って見ていることはできません」
しばらく、張り詰めた沈黙が流れた。
「……続けよ」
役人はミルカから視線を外し、部下たちへ命じた。
「最終的な判断は、測定結果を確認してから下す」
銀色の杭が地面へ打ち込まれた。
術式が青白く輝き始める。
低い音が薬草園全体へ広がり、土の下を流れていた魔力が、一斉に杭へ引き寄せられていく。
「測定値、上昇しています」
記録係の役人が声を上げた。
「これは……予測以上です。この土地には、王都の上級魔法農園にも匹敵する魔力が――」
その言葉が途切れた。
月灯り草の青白い光が、一斉に消えた。
陽だまり花は花弁を閉じ、朝露ミントの葉が地面へ垂れていく。井戸の水面には、墨を流したような黒い濁りが広がり始めた。
「な、何が起きている!?」
白髪交じりの役人が声を上げた。




