第十八話 カリナの迷いと、守るための結界
村人たちとの話し合いから、数日が経った。
王都の役人たちが到着するまで、あとわずか。村では、それぞれの役割に応じて、慌ただしく準備が進められていた。
そんなある朝、カリナが一人で薬草園を訪れた。
「カリナさん?」
いつもなら先に用件を告げるはずのカリナは、硬い表情のまま薬草園の中央まで進んでいく。
「役人たちが使う測定術式について、学院の記録を調べたわ」
「何か、分かったんですか?」
「土地全体の魔力を、一か所へ集めて測る術式が使われる可能性がある。王都では一般的な方法だけれど、この薬草園に使えば……」
カリナは言葉を切り、月灯り草の畝を見た。
「以前の私なら、役人たちが来る前に、強い結界で薬草園全体を囲ったと思う」
そう言って、カリナは杖を握った。
指先に淡い光が集まる。
けれど、魔法を放つ直前で、その手が止まった。
「カリナさん?」
「この前、私が傷つけた種のことを思い出したの」
カリナはゆっくりと杖を下ろした。
「守るための魔法でも、この土地の都合を聞かずに使えば、また同じことになる」
ミルカは黙ってカリナを見つめた。
「だから、今日は勝手に魔法を使わない」
カリナはミルカへ向き直った。
「教えて。外からの強い魔力だけを弱めて、土地の流れは塞がない結界を作るには、どうすればいい?」
その問いに、ミルカの胸がわずかに温かくなった。
「一緒に、土地へ聞いてみましょう」
☆
二人は薬草園の中央へ並んで座り、土へ手を触れた。
カリナには、ミルカのように土地の声は聞こえない。それでも、魔力を流し込むのではなく、まず自分の力を小さく保つことに集中していた。
「少しだけ、外側へ広げてみてください」
「このくらい?」
淡い光が、薬草園の周囲へ薄く広がる。
硬い壁ではない。風が通り、水と魔力の流れを妨げない、目の細かな布のような結界だった。
(苦しくない)
薬草たちから伝わってくる感覚に、ミルカは頷いた。
「大丈夫です。もう少しだけ、王都側から流れ込む魔力に反応するようにできますか?」
「やってみるわ」
カリナは額に汗を滲ませながら、結界の一部だけを細かく調整した。
外から強い魔力を当てられた時だけ、その勢いを和らげる。それ以外の風や水、土地の魔力は、そのまま通す。
これまでのカリナなら、弱すぎると感じたかもしれない。
けれど今日は、光を強くしようとはしなかった。
「以前の私なら、こんな薄い結界に意味があるとは思わなかった」
「今は?」
「守ることと、閉じ込めることは違うのだと分かったわ」
カリナは、薬草園を包む淡い光を見つめた。
「強くするより、必要なものだけを止める方が、ずっと難しいのね」
「はい。でも、カリナさんならできます」
「ずいぶん簡単に言うのね」
そう答えたカリナの口元には、かすかな笑みが浮かんでいた。
「どれ、我も確かめてやろう」
ポフは薬草園の外へ回ると、しっぽから小さな光の種を飛ばした。
光の種は結界に触れた途端、急に勢いを失った。そのまま結界に押し戻されるように、ふわふわと漂いながらポフの鼻先へ戻ってくる。
「む」
光の種が、ぽすん、と鼻の上に載った。
ポフは寄り目になって、自分の鼻先の光を睨んだ。
「我の力を、綿毛のようにするとは何事じゃ!」
「強すぎる力だけを弱める結界ですから、成功ですね」
「我の力が強いことは、否定せぬのじゃな」
「そこだけ拾うんですか?」
☆
練習を終えたカリナは、杖を下ろして薬草園を見渡した。
「役人たちの前でも、同じようにできるかは分からないわ」
「一人で全部やろうとしなくていいんです」
ミルカは答えた。
「私が土地の様子を聞きます。ポフが魔力の流れを見て、カリナさんが外から来る力を弱める。村の皆にも、できることがあります」
「一人で守るのではなく、一緒に守る……」
カリナは、その言葉を確かめるように繰り返した。
「学院では、強い魔法師ほど多くを一人で担えると教わったわ。でも、この薬草園では逆なのね」
「一人では聞けない声もありますから」
「そうね」
カリナはゆっくりと頷いた。
「役人たちが来たら、私もあなたたちの側に立つわ。学院の人間としてではなく、この土地を実際に見た魔法師として」
その言葉に、ミルカは深く頷いた。
傍らで話を聞いていたポフが、ふん、と鼻を鳴らす。
「ようやく金ぴか娘にも、少しは見込みが出てきたようじゃな」
「ポフ。名で呼ぶと言っていませんでしたか?」
「状況に応じて使い分けておるのじゃ」
「便利な言い訳ね」
カリナが呆れたように肩をすくめる。
けれど、その表情には以前のような険しさはなかった。
薬草園を包んでいた淡い結界の光が、夕暮れの中へ静かに溶けていった。




