第8話 近衛として
「オレ様が何者か、だと? てめぇのような若造に答える義理はねぇな」
クゥエルがそう言って建物の中へ入ろうとするのを、ケヴィンは更に止めた。
「……でしたら、質問を変えます。なぜ、あの時、俺が毒にかかっているとすぐに気づいたのですか? 毒をかけた、張本人だからですか?」
「……あ? てめぇ、何言ってやがる」
クゥエルは、ピタッと足を止めた。
「答えてください。俺に毒の牙でかみついたのは、あなたですか?」
ケヴィンは、冷めた瞳でクゥエルを見据える。
クゥエルは、目を丸くした。
「てめぇ……何を見た? あの傷、インプの野郎にやられたんじゃねぇのか……?」
「とぼけないでください。あなたが何者かを答えてくれたら、その質問にも答えます」
「……ッチ。まぁいい。信じるか信じねぇかは勝手にすればいいが――オレ様は、てめぇに毒を盛るなんてめんどくさいことはしねぇ。それに、オレ様が毒を盛ったんだとしたら――オレ様なら、もっと上手くやる。少なくとも、てめぇに人語を話せることがバレるリスクは侵さねぇ」
ケヴィンは少し考えると、やがて「……そうですね。確かに、その通りです。疑ってすみませんでした」と謝罪した。
しかし、謝罪の言葉とは裏腹に、彼の視線はクゥエルに釘付けになったままだった。
「ふん。別に、てめぇは仕事をしてるだけだろ。謝る必要はねぇ」
「……仕事?」
ケヴィンは首を傾げる。
「ラウレンツに、任されてんだろ。ガキどものお守だよ。それも、ガキどもが窮屈に感じないように、ごく自然になぁ」
クゥエルはニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。
「……やっぱりあなた、何者なんですか」
「……これは、猫の特権を使って、領主の部屋に忍び込んでてめぇらの会話を盗み聞きしただけだ」
クゥエルが苦い顔でそう答えると、ケヴィンはふっと噴き出した。
「そんな意味不明な存在なのに、意外にせこいことしてんですね――いや、違いますね。俺の報告は全部筒抜けだぞって、脅しをかけてるんですね」
「これも、ルカを守るためだ。悪く思うな」
どこか遠い目をしてそう言うクゥエル。
とても、嘘をついているとは思えなかった。
「ぼっちゃんが旦那様に引き取られたときには、既にぼっちゃんと一緒にいたんですよね。安心してください。ぼっちゃんのことも、あなたのことも、話したりはしませんから。俺は、ぼっちゃんとお嬢の近衛兵として、彼らにとって最善だと思うことを常に選ぶだけです」
「そうかよ。てめぇがなんでそんなにこの家に恩を感じているかは興味がねぇが――まぁ、頑張れ」
「……最後にひとつだけ。ボスインプは邪気が増して、森にいたジャイアントウルフには邪気がなかった――この2つ、偶然でしょうか?」
クゥエルは眉間にしわを寄せた。
「……邪気が、増した?」
「魔物の邪気の量を自在に操る存在がいるとしたら――あなたには心当たりがありますか?」
クゥエルは一呼吸置くと「……知らねぇな」と答えた。
そして、屋敷の中へと入っていく。
「くぅちゃん? ケヴィン? 何してんの? アップルパイ食べよ~」
ルカの声が聞こえる。
「はいはい、今行きますよ! ……まぁ、もう少し様子を見るか」
ケヴィンもまた、屋敷へと入った。
◇
――数日後。
ミアもすっかり元気になり、町で咳をする人もいなくなった。
変な流行り病がようやく収まったと、町の人は思っていた。
ラウレンツもまた、事態の収束に安堵する一方で、あれはなんだったのかとまだ心配はぬぐい切れてはいなかった。
そのためルカは、リーゼロッテとクゥエルとケヴィンを連れて、屋敷の書庫へを訪れた。
「ぼっちゃん、今度は何をする気ですか」
ケヴィンがめんどくさそうに尋ねると、ルカは本の背表紙を見ながらこう答えた。
「インプって魔物、この辺じゃあんまり見かけないでしょ? どんな生体なのか、あいつのあの変な臭いの息が、咳の原因なのか、ちゃんと調べようと思って。だから、ケヴィンも資料探すの手伝って。それで、ケヴィンが全部解決したことにして、お父様に報告してね」
これは、ルカ自身も気になっていたことではある。
「……分かりましたよ。だったら、こういうのでいいんじゃないですか?」
ケヴィンは一冊の分厚い本を取り出した。
「『魔物大全』だって……!? なぁんだ、そんな便利な物があったのか」
全員で『魔物大全』を覗き込み、ペラペラとページをめくる。
そして、インプの記事を見つけると――
――その場の全員、血の気が引いていくのであった。




