第18話 浮島の世界
「ぼっちゃん、お嬢。ここにいましたか――」
「あっ、ケヴィン……あの、さっきは――」
ルカはケヴィンを見ると、気まずそうに立ち上がった。
「ぼっちゃん。くぅちゃんを疑うようなことを言って、すみませんでした」
ケヴィンがそう言って頭を下げたので、ルカも慌ててこう言う。
「ううん。ケヴィンだって、僕たちの安全を一番に考えてるからこそなのに、その……家族じゃないなんて言って、ごめん。本当にごめん……」
「良いんですよ。つい、カッとなって口から出ちゃった言葉でしょう?」
「ケヴィン……。うん、僕、ケヴィンのことも家族だってちゃんと思ってるよ」
ルカがそう言うと、ケヴィンはふっと微笑んだ。
「良かったです。では、これで仲直りですね」
「うん」
笑顔で握手を交わす2人に、リーゼロッテは「良かった……」と、安心したように息をついた。
改めて、クゥエルが口を開く。
「……ルカの言っていた『炎の精霊』の件だが……オレ様に、ひとつ心当たりがある」
気まずそうに言うクゥエルに、3人は「えっ?」と声を上げた。
「ケヴィンがオレ様を疑うのは無理もねぇ。今のオレ様は……てめぇらからしたら、不気味な存在だからな」
ルカが「そんなこと――」と言いかけるのを、クゥエルは彼に肉球を押し当てて制止した。
「ルカは、ぷにぷにやハクが、普段どんなところで生活してんのか……気になってんだろ?」
「! うん、気になってる!」
ルカの表情がパッと明るくなるのを見て、クゥエルはふっと微笑んだ。
「ここだとちょっと目立つからな。場所を変えるぞ――」
そのクゥエルの一言で、皆は再び村の外れの農具倉庫の裏へと戻ってきた。
「……特別に招待してやる。オレ様たちの世界に――」
クゥエルは二本足で立ち上がり、両肉球を空へとかざす。
彼の肉球に光が集まり、3人は目をぱちくりとさせた。
――やがて光が収束すると、目の前に光の扉が現れたのである。
「オレ様は、この先の城ん中で待ってる。てめぇらが思うほど時間の流れは早くねぇから、まぁ、ゆっくり来るといい」
クゥエルはそう言って、ひとりで先に扉の向こうへと消えた。
状況が呑み込めず、ぽかんと立ち尽くす3人。
「えっと、これ……夢かしら?」
「くぅちゃん、しゃべる時点で普通ではありませんでしたが……魔法みたいなことをしてこの扉を出しましたね……」
ルカは、自身の心にだんだんとワクワクしたものがこみ上げてくるのを感じた。
「……僕、くぅちゃんのこと、思っていたよりも知らなかったのかも。リゼ、ケヴィン、行こう――みんなに会いに」
ルカたちは、光の扉の先へと進んだ――
◇
「うわっ、眩し――」
さっきまで月の光しか明かりがなかったはずなのに、その陽気な明るさに、思わず手で顔をかばった。
雲ひとつない青空。
ぽかぽかな、春の陽気。
「うっそ、ここ、どーなってんの……」
リーゼロッテはそう言って、辺りをちょこちょこと駆け回っていた。
ルカも手をどけて見回してみる。
辺り一面に広がる、もくもくの雲海。
彼らのいる扉の前は小さな浮島になっていて、向こうの浮島まで虹の橋でつながっていた。
「な、なんか……絵本の世界にでも紛れ込んだかのような……」
ケヴィンがポツンと呟く。
ルカもまた、彼と同じことを思った。
すると、向こうの浮島から、白い大きな塊が虹の橋を渡ってこちらに駆けてくる。
「わんっ、わんっ♪」
「きゅっきゅー♪」
その白い塊は、ぷにぷにを頭に乗せたハクだった。
「ハク! ぷにぷに!」
ルカはハクに飛びつき、その雲海のようなもふもふに埋もれる。
「あなたたち、こんな素敵なところに住んでいたのね!」
リーゼロッテもまた、ハクに埋もれた。
「……ぼっちゃん、周りを見てください。色んな生き物がたくさんいます」
ルカはハクから顔を離すと、ケヴィンの視線の先を追った。
優雅に空を舞う翼竜。
向こうの浮島でゴロゴロと寝返りを打つ、一本角の小動物。
皆、動物とは少し違う。
一見魔物のような見た目だが、魔物とも明らかに違うものがある。
黒くモヤモヤとした、黒い気なんてまとってないし、目も赤黒く光っていない。
ルカたちは、ただポカンと口を開けてその楽園のような光景に見入っていた。
すると、腕に翼を持った女の人型――魔物のハーピーのような生物が、バサバサと音を立てて飛んできた。
「ハク~? ぷにぷに~? あら、そういうことね――いらっしゃい。話は聞いているわ」
彼女は、ルカたちを見るとニコッと微笑んだ。
「あの、初めまして……僕、ルカです。えっと、君は――」
「ええ。ルカに、リゼに、ケヴィン……だったわね。アタシはアリア。この子たちのお世話係をしているのよ」
「ええ、そうなの……!? アリア、いつもありがとう」
まさか、自分の召喚獣たちが、魔法陣の向こうでお世話をしてもらっていたなんて――
ルカは、菓子折りのひとつでも持ってくるべきだったと軽く後悔した。
「どういたしまして。ふふっ。不思議そうな顔。どうせ、ほとんど説明されていないんでしょう?」
「おっしゃる通りで……」
切ない表情でそう返事をするルカに、リーゼロッテもケヴィンも苦笑する。
予想通りの反応だったのか、アリアはクスクスと笑っていた。
「うふふっ。やっぱりね。全部アタシが説明しちゃのは違うと思うから、そうね――ここは『幻獣界』よ。まずは、あそこに行きなさいって言われているんでしょう? 案内するわ」
「幻獣……初めて聞く言葉だ……。うん、ありがとう――」
……本当に幻獣という言葉は、初めて聞く言葉なのだろうか。
ルカの心の中に、そんな漠然とした疑問が生まれた。
今は考えても分からないし、深く考えるのはよそう。
アリアの指し示す先には、王都にでもあるかのような、立派な城が見えた。
クゥエルは、あそこで待っているのか――
アリアに案内されて、一同はその楽園を堪能しながら、城へと向かうのであった。




