世界震動
聖域都市連盟の国境都市レナト。
夜明け前の街道に、騎馬の一団が現れた。
門兵はすぐに異変に気づく。馬の足取りが乱れている。騎手は泥と血に塗れていた。
「止まれ!」
槍が向けられる。
先頭の男は馬から転げ落ちた。鎧は砕け、肩には深い爪痕が残っている。門兵が駆け寄った瞬間、その男は掠れた声で言った。
「……聖域都市へ……報告を」
門兵は顔を強張らせる。
その鎧の紋章を見たからだ。
北方帝国。
しかも。
蒼天探索団。
「医師を呼べ!」
門が開かれ、探索団の生き残りは都市へ運び込まれた。
彼らの数は、あまりにも少なかった。
神殿の医療室。
団長アルヴァレクは包帯を巻かれながら椅子に座っていた。
僧侶は休養を勧めたが、彼は首を振る。
「……報告が先だ」
机に羊皮紙が置かれる。
アルヴァレクは震える手で地図を指した。
灰森。
その森を見つめながら、低く言う。
「マーレミア王国は滅びた」
医師の手が止まる。
室内の空気が凍った。
「王都マーレミア……」
アルヴァレクは目を閉じる。
遠目で見た燃え上がる街。崩れる塔。空を覆う巨大な影。
そして。
「竜だ」
誰も言葉を返せない。
「灰森の竜巣は...」
「国家を滅ぼした」
彼はゆっくりと言い切った。
その報告はすぐに聖域都市連盟へ送られた。
数日後。
聖域都市アステリオン。
神秘議会の大聖堂では、各都市の代表が円卓を囲んでいた。
中央の机には報告書が置かれている。
マーレミア王国壊滅。
王都消失。
生存者数不明。
長い沈黙のあと、神秘議会魔導団長セラフィナ=アルディスが口を開いた。
「蒼天探索団の証言と魔力痕跡は一致しています」
彼女は羊皮紙を広げる。
そこには魔物の図が描かれていた。
巨大な狼。
結晶の角を持つ鹿。
翼を持つ竜蜥。
八つ首の蛇。
そして湖の魔物。
「灰森には複数の王級頂点種が存在します」
議会がざわめく。
王級頂点種。
それは単なる魔物ではない。
国家災害級の存在を意味する。
セラフィナは紙を一枚ずつ並べた。
「人類はこの脅威を識別する必要があります」
「よって二つ名を与えます」
議会が静まる。
「狼型王級頂点種」
「断牙の王」
「鹿型王級頂点種」
「翠角の賢王」
「飛行型竜蜥種」
「灰森の翼王」
「多頭蛇種」
「毒海の八首」
「湖の魔物」
「蒼湖の王」
その名は議事録に刻まれた。
この瞬間、灰森の五王の名が世界へ広まった。
そして。
セラフィナは最後の紙を置く。
そこには一体の竜の姿が描かれていた。
「灰森の竜」
議会の誰もがその名を知っている。
王国を滅ぼした存在。
セラフィナは静かに宣言した。
「この存在を」
「魔王と認定します」
聖堂の鐘が鳴る。
宗教国家が下す、最上位の災害認定だった。
数日後。
その報告は北方帝国にも届いた。
帝都ヴァルグラード。
玉座の間で報告書が読み上げられる。
「マーレミア王国滅亡」
「聖域都市連盟は魔王認定」
「灰森の竜巣、国家級ダンジョン」
帝王はしばらく黙っていた。
やがてゆっくり立ち上がる。
「国家を呑み込むダンジョンか」
重装の将軍たちが顔を上げた。
帝王は命じる。
「北境に防壁を築け」
広間がざわめく。
「帝国北境から灰森まで」
「長城を築く」
それは国家事業だった。
帝王はさらに言う。
「黒鋼騎士団を動員」
「蒼天探索団を再編」
「討伐軍を編成する」
そして笑った。
「竜狩りだ」
その頃。
聖域都市連盟でも別の決定が下されていた。
神秘議会地下。
長く封印されていた魔法書庫が開かれる。
古代魔法。
禁術。
高位空間術。
これまで秘匿されてきた魔法が公開された。
理由は一つ。
灰森討伐。
さらに議会は布告を出す。
灰森の竜討伐報酬
金貨五百万。
断牙の王
金貨二百万。
翠角の賢王
金貨二百万。
灰森の翼王
金貨三百万。
毒海の八首
金貨三百万。
蒼湖の王
金貨三百万。
それは異例とも言える懸賞額だった。
この知らせは瞬く間に世界へ広がる。
酒場。
冒険者ギルド。
傭兵団。
探索者。
誰もが同じ言葉を口にした。
「灰森」
「伝説の竜。」
「魔王。」
世界が動き始める。
国家。
宗教。
冒険者。
すべての勢力が灰森へ向かう。
国家を呑み込んだダンジョン。
灰森の竜巣。
その森へ。




