潜航陣
カイたちが外縁で押し込みを続けている頃、王国軍本隊はまだ森の外に留まっていた。動いていないように見える。しかしそれは誤りだった。動いているのは、兵ではなく“水”だった。
海から流し込まれた膨大な水量は、ただ押し潰すためだけのものではない。地下水脈に強制接続された流れは、やがて規則性を帯び始める。流速、流向、圧差。それらが一定の周期で振動を刻み、地下空間に巨大な魔法陣を描き始める。
気づいたのは核だった。
「主……水の揺らぎ、これは・・・魔方陣?」
深層の湿った空気が微かに震える。竜は静かに瞳を細める。確かに、ただの浸水ではない。水圧の波が、一定間隔で脈打っている。まるで鼓動のように。
次の瞬間、第二層の浸水域で光が走った。
水面が裂ける。
そこから現れたのは、王国の紋章を刻んだ重装兵だった。数名ではない。十、二十、さらに後続が続く。転移陣が、水を媒体として開かれている。
陽動だった。
外縁の進軍は囮。海水そのものを術式基盤に変え、ダンジョン内部へ直接転送する巨大転送魔法。水は侵略であると同時に、橋だった。
各層で同時に光が瞬く。
第三層、第四層、灰殻界主の管理圏内にも転移波が走る。甲殻界主の層では、反殻の表面に刻まれた紋様が一瞬歪む。水は流れながら、魔力を運び、陣を完成させていた。
「分散侵入……」
核の声に焦りが混じる。想定外ではないが、早い。予想より深い。
そのとき、最深層直前の広間に、別格の気配が落ちた。
水面が盛り上がり、そこから一人の将軍が歩み出る。銀の鎧を纏い、冷静な視線を持つ女将グラシア。そして少し遅れて、巨躯のディルムッドが現れる。二人とも王国将軍級。水没作戦は単なる削りではない。本命は、同時多発的な内部侵攻だった。
「目標は核。散開、制圧を優先」
グラシアの声は冷静で揺らがない。
各層で戦闘が始まる。浸水で弱体化している界主たちは、対応を迫られる。灰殻界主は断陣を展開し転移点を限定しようとするが、水が術式を維持しているため完全封鎖はできない。樹牢界主は根を伸ばして拘束網を形成するが、水中では拘束密度が落ちる。甲殻界主は反衝殻界を展開し衝撃を跳ね返すが、将軍級の一撃は恐らく許容量を超える。
そして地蟲界主は、戦えない。
排水を止めれば全層が沈む。だが排水を続ければ戦力が割けない。
竜は翼を広げた。
「主、深層転移波接近」
核の声は冷静だが、その奥にあるのは決意だった。
守る戦い。
今度は、自分ではない。
水面が最深層で割れる。そこから現れたのは、王国軍の精鋭部隊と、カイ。彼は陽動を終え、転移陣に乗っていた。
目が合う。
湿った空気のなかで、紫と黒が交差する。
均衡が崩れたのではない。崩されたのだ。
王国は、海そのものを刃に変えた。




