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灰森の巣竜  作者: AI太郎
王国戦
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侵攻

海が押し込み続けるなか、陸もまた動いていた。灰樹海の外縁、まだ水に飲まれていない丘陵地に、マーレミア王国の先遣軍が整列する。旗は深い蒼、波紋を刻んだ紋章が風に揺れる。鎧の擦れる音、槍の石突きが地面を打つ鈍い響き、魔導兵が刻む術式の光が淡く重なり合い、静かだが確かな圧力を生んでいた。


王は海辺で術式を維持し続け、動かない。だからこそ前線は、王の代わりに動く。グラシアが陣形を組み、ディルムッドが補給線を固め、カイは最前列に立った。


水没によって外縁はぬかるみ、地面は不安定になっている。だが王国軍はそれを織り込んでいる。先鋒は重装ではなく軽装の魔導歩兵、続くのは対魔物槍兵、最後尾に魔法支援隊。水があるなら、術式で凍らせる。泥があるなら、硬化させる。海戦国家は流れを読む。陸であっても同じだ。


「前進」


短い命令で隊列が動く。水に濡れた森は重く、湿った空気が肺に絡む。だが進軍は止まらない。最初の接敵は、浸水した第二層の入り口だった。外縁の崩落した穴から、まだ完全には沈んでいない通路が口を開けている。そこから、黒い影が這い出た。水に濡れた甲殻種ギガ・アイソポッド、浸水に耐えきれず上層へ押し出された個体だ。


兵士の一人が息を呑む。だがカイは止まらない。拳を握り、泥を蹴って踏み込む。甲殻の表面は水を纏い、光を反射する。硬い。だが水を含んで重くもなっている。カイの拳が振り抜かれ、衝撃が甲殻を歪ませる。完全には砕けない。しかし揺らぐ。そこへ槍兵が突き、魔導兵が氷結術式を叩き込む。水分を含んだ甲殻が一瞬で凍りつき、ひびが走る。二撃目で砕けた。


勝った、という感覚はない。ただ、進めるという確信が生まれる。


しかしその瞬間、地面が波打った。浸水した下層から押し上げられた水圧が通路を歪め、別の穴が開く。そこから現れたのは、灰殻の兵。骨の騎士が、水滴を滴らせながら立ち上がる。灰殻界主の配下、退避動線を確保するために配置された存在だ。


兵士たちが一瞬ためらう。骨は沈まない。水中でも形を保つ。だがその動きは鈍い。浸水の影響は、ダンジョン側にも確実に出ている。カイはそれを見抜く。かつて深層で戦ったときの圧とは違う。今は重い。遅い。だが、それでも強い。


「囲め」


隊が動く。三方向から槍が入り、魔導兵が衝撃波を重ねる。骨が軋み、剣が振り下ろされる。兵士が一人弾き飛ばされるが、致命ではない。水が緩衝したのか、それとも界主の余力が削られているのか。カイは踏み込み、骨の胸郭に拳を打ち込む。鈍い感触の奥で、魔力の核が震えた。


骨が崩れる。


小競り合いは短い。だが明確な事実を残す。ダンジョンは弱体化している。界主は水中で力を落とす。王の作戦は機能している。


しかし同時に、別の事実もある。地面の奥で、何かが蠢いている。震えは止まらない。通路は絶えず組み替えられ、進んだはずの距離が、いつの間にかずれている。これはただの巣ではない。抵抗している。


カイは深く息を吸う。湿った空気の奥に、わずかに感じる圧。あの竜は、まだ動いていない。今は耐えている。


「進むぞ」


彼の声は低く、だが迷いがない。ここで止まれば水が無駄になる。王が動けぬ間に、削れるだけ削る。


一方その頃、深層では地蟲界主が流路を再構築し続けている。水は確実に押し込まれているが、全てを飲ませるわけにはいかない。戦闘に出られない代わりに、地形そのものを盾にする。排水は追いつかない。それでも、遅らせることはできる。


浸水と侵攻。二つの圧が同時に迫るなか、灰森の竜巣は初めて、本格的な包囲戦の様相を呈し始めていた。

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