深層に咲く火花
最深層の火花
最深層に落ちた水は静かではなかった。巨大な水柱が天井から叩きつけられ、石床を打ち砕き、広間の中央に波紋を広げる。その中心から現れたのは、グラシア、ディルムッド、そしてカイだった。転移の残光が水煙に溶け、三人の姿だけがくっきりと浮かび上がる。
紫の瞳がゆっくりと細まる。
翼がわずかに広がり、棘が湿った空気を裂いた。
先に動いたのはディルムッドだった。巨躯が踏み込み、水を蹴散らしながら大斧を振り抜く。狙いは胴。純粋な質量の暴力。だが灰色の影はそれを真正面から受けなかった。翼が盾のように折り畳まれ、刃が棘に噛み込む。衝撃が走り、石床がひび割れる。
その一瞬、グラシアが側面に滑り込む。無駄のない剣筋が翼の隙間を狙う。速い。技術は明らかに竜を上回る。しかし竜の身体能力はそれを覆す。尾が振り抜かれ、水ごと空間を薙ぎ払う。グラシアは剣を立てて受け流すが、衝撃で数歩後退する。
「強いな……」
カイが低く呟く。だが足は止まらない。拳が鳴る。彼は真正面から踏み込む。拳と爪がぶつかる。衝撃波が広間の水面を爆ぜさせる。かつてより重い。竜は守るために立っている。その覚悟が、力を増している。
だが界主は来ない。
上層では別の戦場が広がっている。
灰殻界主の層では、骨の梁が再構築され、近衛兵団を分断していた。近衛兵は精鋭であり、連携を取れば王種を屠れる実力を持つ。しかし断陣が空間を歪め、動線を固定し、隊列を崩す。包囲しようとするたびに足場がずれ、仲間が遮断される。灰殻界主は圧倒している。だが層外へは出られない。その場を守ることしかできない。
樹牢界主の層では根がうねり、兵を絡め取る。近衛兵が火炎術式で焼き払い、剣で断ち切る。織界は千層樹牢の前段階を展開し、拘束密度を上げるが、水分を含んだ空間では魔力伝導が乱れ、罅がじわりと広がる。勝てる。だが余裕はない。
甲殻界主の層では反殻が衝撃を吸収し、蓄積し、反衝殻界で一気に解放する。近衛兵の盾が砕け、重装兵が吹き飛ぶ。だがこちらも動けない。最深層へ援護する術はない。
そして地蟲界主は、依然として排水に専念している。戦えば層が沈む。沈めば全てが終わる。
最深層では、三対一の均衡が続いていた。
グラシアの剣が棘の間を縫う。ディルムッドの斧が翼を削る。カイの拳が胸郭に衝撃を刻む。連携は見事だ。技術は上。だが決定打が入らない。
竜は一歩も退かない。
守る戦い。
核は深部で目を閉じていた。戦況を把握しながら、イグレインの身体へ意識を伸ばす。まだ動かない。ただ、準備を始める。守られるだけでは足りない。自分も戦う。そう理解した瞬間、核の魔力がわずかに質を変える。
広間に水が跳ねる。
ディルムッドの斧が棘を砕き、グラシアの刃が血を散らす。だが次の瞬間、竜の翼が全開する。棘が一斉に立ち上がり、反射する水滴が紫光を帯びる。咆哮はない。ただ、圧だけが空間を押し潰す。
均衡はまだ崩れない。
だが、次の一撃で変わる。




