拡がる灰森2
帝都消失から、半刻。
その影響は、すでに帝国全土へと波及していた。
命令系統は断絶し、各地の軍は独自判断での防衛を強いられ、都市ごとに対応が分断されている。
その隙を突くように、灰森は拡がる。
森が、ではない。
生態系が。
菌糸が地中を走り、魔物が発生し、地形そのものが書き換わることで、都市は“侵略される”のではなく“取り込まれていく”。
その先頭にいるのは――
王。
北部要塞都市。
帝国北方防衛の要として築かれたこの都市は、厚い城壁と重装歩兵によって蛮族による幾度もの侵攻を退けてきた。
その指揮を執るのは、将軍ヴァルク・ドレイゲン。
「敵影確認!」
見張り塔からの叫びが響く。
「狼種――いや、違う……!」
違和感が走る。
その瞬間。
視界の端で“何か”が消える。
次の瞬間、最前列の兵が消し飛ぶ。
音が遅れてくる。
爆ぜる。
肉が裂ける。
骨が砕ける。
そして――
現れる。
灰。
巨大。
低く構えた四肢。
断牙の王。
「構えろォォ!!」
号令が飛ぶ。
だが遅い。
すでに“中”にいる。
次の瞬間、狼が踏み込むと同時に地面を砕きながら直線的に加速し、重装兵の盾列をそのまま貫通しながら数十の斬撃が同時に走り、前衛が一瞬で消失する。
衝突の余波で城壁の一部が崩れ、内部の建造物まで巻き込んで破壊が連鎖する。
牙王絶走。
止まらない。
方向転換。
再加速。
また一瞬で距離が詰まる。
兵が、存在しなくなる。
「囲め!動きを止めろ!」
ヴァルクが叫ぶ。
弓。
魔法。
考え得る様々な攻撃が戦場を舞う。
だが。
当たらない。
止まらない。
速度が違う。
反応が追いつかない。
そして。
気付く。
これは“戦闘”ではない。
狩りだ。
その瞬間、断牙の王が跳ぶと同時に空中で体勢を変えながら城壁上へと着地し、そのまま反転して内部へ突撃し直すことで防衛線を完全に無意味化する。
その一撃で司令塔が崩壊し、指揮系統が断絶する。
都市が崩れる。
数刻もかからない。
グランディルは、壊滅した。
南方森林都市。
豊かな水源と緑に囲まれたこの都市は、林業と魔法資源の供給地として重要視されていた。
統治者は、辺境伯エリオス・フェルナーク。
「……妙だな」
違和感は、静かに始まる。
風が止む。
鳥が消える。
魔力の流れが、変わる。
その瞬間。
地面が光る。
“伸びる”。
根。
樹。
枝。
一瞬で都市の外縁が“森”へと変質する。
「来るぞ!」
叫びと同時に、展開される。
魔法陣。
防壁。
だが。
間に合わない。
すでに、内側まで来ている。
そして。
現れる。
巨大な角。
枝分かれし、紫晶化したそれは、都市の建造物を遥かに超える。
翠角の賢王。
静かに、首をもたげる。
「……美しい。」
エリオスが呟く。
次の瞬間。
角が輝く。
魔力が流れる。
地脈が応答する。
そして。
発動。
翠界展開。
地面が裂ける。
樹が突き上がる。
枝が絡む。
建物が、持ち上がる。
都市全体が“森”に飲み込まれる。
逃げ場はない。
その中で。
魔法が放たれる。
火。
雷。
氷。
だが。
意味を持たない。
すべてが吸収され、地脈へと流れる。
「――魔法は効かないと言うことか」
エリオスが剣を抜く。
その瞬間、地面から突き上がった樹根が身体を貫き、そのまま持ち上げながら魔力を吸い上げることで動きを完全に封じる。
同時に周囲の兵も同様に拘束され、都市全体が“固定”される。
戦闘は、終わっていた。
エルミナは、森となる。
灰森外縁。
防衛領域。
静寂。
だが。
その静寂が、崩れる。
最初に気付いたのは――
水。
揺らぎ。
波。
湖が、わずかに歪む。
蒼湖の王。
その全域に、緊張が走る。
侵入。
魔物?ではない。
質が違う。
その瞬間、湖面が割れるように波打ちながら巨大な渦を形成し、周囲一帯の水を引き込みながら中心へと収束していく。
蒼界吞滅。
捕食。
しかし
“捕まらない”。
何も起きていないかのように。
その中心で。
何かが、立っている。
理解できない。
だが。
確実に、いる。
反応はない。
だが。
存在している。
その時。
上空。
風向きが変わる。
灰森の翼王。
その視界に、同じ“異常”が映る。
生物ではない。
だが。
存在している。
翼を広げる。
高度を上げる。
狙う。
そして。
急降下。
天墜衝牙。
音速を超える速度で落下し、そのまま衝突することで周囲数百メートルを吹き飛ばしながら地面を大きく陥没させる。
衝撃波が湖と森を同時に揺らし、周囲の魔物を巻き込んで消し飛ばす。
だが。
その中心で。
何も、変わらない。
傷一つ、ない。
静かに。
何かがそこに、いる。
そして。
“こちらを見る”。
その瞬間。
灰森の全域に“絶望”が走る。




