意地
勇者の気配が、消えた。
万樹封界。
その閉鎖の力の強さを、バハムート八世は確かに感じ取っていた。
「……なるほど」
短く呟き、視線を前へ戻す。
残ったのは。
竜。
地蟲界主。
そして自分。
状況は、最悪に近い。
だが。
「だからどうした」
踏み込む。
同時に。
竜が動く。
地蟲界主が動く。
二方向からの時間差なしの完全な連携攻撃。
竜の前脚が叩き込まれると同時に地面が崩壊し、背後から押し寄せる構造変動によって退路が消失し、そのまま圧殺される軌道が形成される。
衝突の瞬間、地面ごと押し潰されるが、皇帝は剣を地面へ叩き込むことで姿勢を維持し、その衝撃を強引に受け流す。
「……重いっっ」
息が荒くなる。
だが、止まらない。
次の瞬間、空間が変異を始める。
通路が伸び、認識していた距離がずれる。
“位置をずらされる”。
その瞬間、竜が踏み込む。
自分の位置と認識がずれたことにより、生じた死角からの一撃。
皇帝は振り返らない。
そのまま剣を振るう。
衝突。
弾かれる。
骨が軋む。
血が飛ぶ。
だが。
倒れない。
その直後、地面が隆起する。
足場が崩れる。
バランスが崩れる。
その隙に。
竜が叩き込む。
直撃。
皇帝の身体が地面へ叩きつけられ、その衝撃で周囲の岩盤が粉砕されながら大きく陥没し、最深層の構造がさらに崩壊する。
そのまま追撃が来る。
避けられない。
だが。
剣を突き立てる。
止める。
その一瞬。
さらに押される。
さらに崩れる。
逃げ場はない。
完全な“処理”だ。
「……やるな」
吐き出す。
その瞬間。
根が揺れる。
万樹封界。
遠くで、だが確実に。
軋む。
それを、感じる。
「……半刻、か」
理解する。
時間は、稼がれた。
そして今。
自分は、死にかけている。おそらくもう持たない。
次の瞬間。
限界が来る。
膝が、落ちる。
初めて。
バハムート八世が、片膝をつく。
その瞬間を。
逃さない。
地面が鳴動する。
圧縮。
収束。
全方向から押し潰す壁が完成する。
奥義。
天地逆矛。
地面そのものが持ち上がり、空間を押し潰すように閉じていくことで内部にいる対象を逃げ場なく圧殺する構造攻撃が発動し、皇帝の周囲すべてが閉鎖される。
その圧力は圧倒的であり、受ければ確実に潰れる。
「……終わりだな」
誰に向けた言葉でもない。
だが。
その瞬間。
皇帝の視界から。
世界が、消える。
いや。
違う。
“遮られる”。
土。
構造。
圧力。
すべてが閉じる。
外からは、見えない。
内からも、見えない。
完全な“視界外”。
その一瞬。
皇帝は、笑う。
「――やっと来た」
踏み込む。
文字通り限界を超えて。
剣を振り抜く。
狙いは、一つ。
樹牢界主の作りだした万樹封界
その“罅”。
本当に一瞬の合間に生じる僅かな切れ目。勇者が生きようと足掻く何よりの証拠。
再構築が、止まるその瞬間に。
叩き込む。
全力渾身の
崩天鯨轟。
振り抜かれた剣圧が空間を押し潰しながら一直線に走り、視界外の領域へと到達した瞬間、万樹封界の構造層を貫通し内部核へ衝突する。
その衝撃で封界の一部が歪み、内部構造に明確な亀裂が走る。
その瞬間。
外の戦場が、揺れる。
竜が止まる。
地蟲界主が止まる。
ー……何をしたー
応答はない。
だが。
確実に、届いた。
膝は、もう既に消し飛んだ皇帝は笑う。
「……勝てはせんが」
息を吐く。
「やられっぱなしというわけにもいくまい」
その言葉と共に。
再び、戦場が動き出す。




