王と皇帝
衝突の余波が、まだ空間に残っていた。
砕けた棘が地面に突き刺さり、裂けた地脈から噴き出した魔力が渦を巻き、最深層全体がわずかに歪んだまま揺れている。
互いの奥義がぶつかり合い、相殺されたその中心で、なおも熱を帯びた空気が震え続けていた。
その中央に――
立っている。
バハムート八世。
血に濡れた身体のまま、それでも一歩も引かずに剣を構え続けている。
対するは、灰森の竜。
棘翼の一部は砕け、外殻には深い亀裂が走っているが、その奥から滲む魔力はむしろ増していた。
静寂は、ない。
止まっているように見えるのは、ただ次の一撃のための“間”に過ぎない。
「……やるな」
皇帝が、低く吐き出す。
その声には疲労ではなく、純粋な昂揚が混じっていた。
「正面から余の奥義を受けて、生きているか」
竜は答えない。
ただ、僅かに重心を落とす。
次の瞬間。
踏み込む。
その瞬間、背後に追いついてきた近衛騎士が声を上げる。
「陛下!護衛を――」
「不要だ」
即答。
振り返りもしない。
「戦力は城内へ回せ。文官と民を守れ」
「しかし――!」
「ここは戦場だ」
短く、だが明確に言い切る。
「余が戦う。貴様らは生かせ」
それ以上の言葉は不要だった。
近衛は歯を食いしばりながらも敬礼し、そのまま後退する。
皇帝は、ただ一人。
前を向く。
そして――
皇帝の剣が振り抜かれ、竜の前脚が叩き込まれ、その衝突によって空間が歪みながら衝撃が全方位へ拡散し、周囲の地面が一瞬で抉り飛ぶ。
弾かれた衝撃の余波で菌糸と岩盤が同時に砕け、空洞全体に振動が走る。
「ほう……」
皇帝が低く笑う。
「まだ伸びるか」
その言葉と同時に、再び踏み込む。
連撃。
斬る。
叩く。
切り上げる。
だが。
竜は止まらない。
斬撃を堅い身体で受ける。
そして前へ踏み込む。
皇帝の斬撃を受けながら、そのまま体ごと押し込む。
巨大な質量が衝突する。
だが。
「軽いな」
皇帝が踏み止まる。
その足元で地面が沈むが、それでも崩れない。
そのまま剣を押し込み、竜の外殻を裂く。
紫の魔力が滲む。
しかし次の瞬間。
再生ではない。
“接続”。
菌糸が流れ込み、外殻が再構築される。
「……なるほど、そういう理屈か」
理解した瞬間。
竜が動く。
棘翼が展開される。
反応できないほどの量の棘が射出される。
避けようとしても軌道が変わる。
全方位。
回避不能。
紫晶裂翼。
皇帝は踏み込む。
避けない。
斬る。
叩き落とす。
受ける。
弾く。
だが棘の一部が貫通する。
肩。
脇腹。
血が流れる。
それでも止まらない。
「これは……!」
笑う。
そのまま剣を振り抜く。
衝撃が走る。
棘がまとめて砕け、竜の体勢が僅かに崩れる。
その隙に。
踏み込む。
斬撃。
直撃。
竜の首元へ。
だが。
止まる。
地面が盛り上がる。
根が絡む。
魔力が流れ込む。
樹海継承。
その瞬間、空間の密度が変わる。
重い。
空気が。
地面が。
全てが圧縮される。
「……また来るか」
皇帝が笑みを消す。
構える。
その瞬間。
地面が突き上がる。
樹海継承・天穿棘。
皇帝は踏み込む。
真正面。
逃げない。
斬る。
切断。
粉砕。
だが数が多い。
完全には防げない。
一部が身体を貫く。
血が噴き出す。
それでも。
止まらない。
「――遅い!」
踏み込む。
そのまま竜の懐へ。
距離ゼロ。
剣を叩き込む。
衝突。
外殻が割れる。
内部へ届く。
だが。
その瞬間。
竜が動く。
至近距離での噛みつき。
回避不能。
皇帝は腕で受ける。
骨が軋む。
肉が裂ける。
だが、そのまま。
剣を押し込む。
互いに。
止まらない。
噛み合う。
削る。
壊す。
その衝突だけで、最深層の地形が崩壊し始める。
空洞の天井が割れ、地脈が露出し、魔力が噴き出す。
戦場そのものが崩れる。
それでも。
止まらない。
皇帝が笑う。
「ここに俺を呼んだのは」
血を吐きながら。
「傲慢がすぎたな。」
竜の瞳が細まる。
感情はない。
だが。
理解している。
これは。
殺すべき存在。そのためにここへ呼んだのだ。
その瞬間。
両者、同時に踏み込む。
皇帝の剣が振り上げられ、竜の棘翼が収束し、空間が歪むほどの魔力が一点へ集約される。
直後、斬撃と重撃が同時に放たれ、衝突した瞬間に空間が裂け、衝撃波が最深層全域を吹き飛ばす。




