鋼の騎士団の最後
最初に崩れたのは、音だった。
軍事区全体に張り巡らされていた指揮系統の伝令が途切れ、怒号も命令も混ざり合っていた戦場が、ほんの一瞬だけ“空白”になる。
その違和感を、バルドリック・カイゼルは即座に理解した。
「……まだ、来るぞ」
短く、だが確信を込めて告げる。
直後。
地面が沈んだ。
揺れではない。
圧し潰されるように、石畳が下へと押し込まれ、そのまま亀裂が走り、建物の基礎ごと歪み始める。
そして、その中心から――
這い出る。
骨。
肉。
鎧。
それらが混ざり合った“軍勢”。
「……今、この場で得た死体か……なんて哀れな」
バルドリックの口元がわずかに歪む。
「せめて、一矢でも報いなければ」
もう既に恐怖はない。
「全隊、陣形維持! 前衛、押し返せ!」
号令が飛ぶ。
帝国黒鉱騎士団。
この国の戦力の中核。
その全員が、一斉に踏み込む。
衝突。
剣と骨がぶつかり、火花が散り、打撃の衝撃で地面が砕け、押し返された死体が後方へと崩れるが、その崩れた身体がそのまま再構築され、再び前線へと戻る。
「再生するのかよ……!」
誰かが叫ぶ。
だが、止まらない。
むしろ、増えている。
倒れた味方。
崩れた兵。
それらが、次の瞬間には敵として立ち上がる。
「……最悪だな」
バルドリックが吐き捨てる。
だが、その目は冷静だ。
「なら、核を叩くぞ」
その言葉と同時に、自ら前へ出る。
踏み込みと同時に剣を振り抜き、前列の死体兵をまとめて両断すると、そのまま地面を蹴り砕きながら突進し、密集していた敵陣を強引に割り裂く。
その奥にいる。
灰殻界主。
だが――
その瞬間。
視界が、暗くなる。
影ではない。
“質量”。
何かが、来る。
「上か――!」
叫びと同時に、身体が動く。
横へ跳ぶ。
直後、地面が“消える”。
轟音と共に叩きつけられたそれは、衝撃だけで周囲の建物を崩壊させ、兵士ごと吹き飛ばし、そのまま転がる。
巨大な塊。
丸まった外殻。
甲殻界主。
「……はは」
笑うしかない。
「さっきまで遠目でしか見えなかったじゃねえか」
灰殻界主。
甲殻界主。
組み合わせが最悪だ。
次の瞬間、甲殻界主が再び転がる。
その動きは単純だが、質量が違う。
進路上の建物をすべて破壊しながら一直線に突進し、その余波で地面がめくれ上がり、兵士達が巻き込まれていく。
「散開――!」
指示が飛ぶ。
だが遅い。
衝突。
壁ごと押し潰され、数十名が一瞬で消える。
その隙を逃さない。
灰殻界主の軍勢が一気に侵入し、分断された部隊へと流れ込み、個別撃破を開始する。
「ちっ……!」
バルドリックが踏み込む。
甲殻界主の進路へと自ら入る。
真正面。
逃げない。
「止まれー!」
剣を構える。
そして。
衝突。
振り抜いた一撃が外殻へと叩きつけられ、衝撃で周囲の空気が爆ぜるが、その刃は食い込まず、逆に身体ごと弾き飛ばされる。
だが、その一撃で進路がわずかに逸れる。
その結果、背後の部隊への直撃は避けられる。
「……っ、やっぱ硬えな」
立ち上がる。
自分自身の渾身の一撃を喰らったかのように血を吐く。
だが、まだ動ける。
「だが、止められないわけじゃねえ」
再び踏み込もうとした、その瞬間。
足元が絡む。
見れば、死体。
いや、もう既に違う。
動いている。
絡みつく。
拘束。
「……クソが」
振りほどく。
だが、その間に。
来る。
再び。
甲殻界主。
今度は、避けられない。
「……ちくしょう」
笑う。
静かに。
「ここまでだな」
視界の中で、部下たちがまだ戦っている。
だが、もう分かっている。
これは戦場ではない。
処刑場だ。
「俺は、北方帝国が誇る盾」
剣を構える。
正面。
迎え撃つ。
そして。
衝突。
次の瞬間、視界が白に塗り潰され、そのまま何もかもが砕け散り、バルドリック・カイゼルの身体は、軍事区の瓦礫と共に完全に押し潰された。
その後も戦闘は続いた。
だが、それは戦いではない。
掃討だ。
灰殻界主の軍勢が残存兵力を一つずつ潰し、逃げ場を失った人間を囲い込み、確実に処理していく。
やがて。
誰の声も、聞こえなくなった。
軍事区は、完全に沈黙した。




