東の果てにて
「ここは凪島。東方群島国家群の一つだ」
その言葉に、周囲の冒険者達がざわめく。
「東方……? いや、待て、ここ帝国からどれだけ離れてると思ってんだ」
「少なくとも海を越えているな」
ミカゲは淡々と言う。
「本来は長距離転移には向かん技だが、今回は例外だ。かなりの代償を支払っている。」
例外。
その一言で片付けられる話ではない。
だが、現実として“ここにいる”。
それがすべてだった。
「……なぜ、俺たちをここに」
ルクスが問う。
その問いに対して、ミカゲはわずかに目を細める。
「本来なら、この郷に来た者を生かして返すことはできない」
静かな声だった。
だが、その意味は重い。
「……」
「だが、事情が事情だ」
そこで初めて、言葉が揺らぐ。
「そして、共に戦った仲にこう言うのは心苦しいが灰森の件、東方は手を引く」
その一言で、空気が止まる。
「……は?」
誰かが漏らした。
だが、それは全員の感情だった。
「どういうことだ?」
ルクスが踏み込む。
理解が追いつかない。
だが、ミカゲはそれを無視するように続ける。
「理由は三つある」
指を一本立てる。
「まず一つ」
そのまま、海の方へ視線を向ける。
「灰森はあくまで海の向こうの話だ」
それだけだった。
だが、その一言にすべてが含まれている。
「灰森は遠い。東方にとっては、関係の薄い戦場だ」
合理。
それ以上でも、それ以下でもない。
「……それでも、あれだけの戦力を出してくれたじゃないか?」
「出した理由はマーレミア王国の仇討ちにすぎん。同盟国の滅亡。それに対する報復、それ以上の意味は最初からない。それはあの皇帝も理解しているはずだ。」
冷たく聞こえるる言葉だった。
だが、それが国家だ。
「国を揺らしてまで戦う理由は、最初からなかった」
それが一つ目の理由。
そして、二つ目。
ミカゲは指を折る。
「聖域都市連盟との確執。」
その言葉と同時に、空気がわずかに変わる。
「……聖域都市。あの噂は本当だったのか?」
「元々相性が悪いのはこちらも承知していた。」
短く言い切る。
「東方は猿を信仰対象として扱う文化がある」
その瞬間、ルクスの中で何かが繋がる。
十二災冠。
その一柱。
“申”。
「崇拝ではない。畏れだ。だが、私達はそれらの存在を、共生を認めている。」
ミカゲは淡々と続ける。
「魔物を絶対悪とし、殲滅を至上とする連中とは、相容れん」
そして、そこで終わらない。
「あとは噂通りだ。今回の戦いでも問題は起きている。」
視線が鋭くなる。
「港の使用に法外な対価を要求された。兵の足止め、改宗の強要……どれも事実だ。」
「……」
「こちらも歩み寄る姿勢はみせたが...やはり奴らは信用できる相手ではない。」
それが結論だった。
そして、三つ目。
ミカゲは、わずかに言葉を区切る。
「ただ、今までの理由はきっかけに過ぎない。最大の理由は」
その声は、これまでで最も重かった。
「申と寅の戦闘、その余波を最も受けているのが――東方だ。既に武極闘界に近い無人島群が塵一つ残さずに消し飛んでいる。」
「……は?」
「一つや二つではない」
淡々とした口調。
だが、その内容は異常だった。
「両手の指では足りん数の島々が消えたことが確認されている。」
十二災冠同士の小競り合い。
その言葉が、ようやく現実味を持つ。
「……人が住んでる場所は」
「おそらく時間の問題だ」
即答だった。
そこに希望はない。
「すでに避難は始まっている」
それはまさしく災害だ。しかも、止めようのない。
“世界そのもの”の揺れ。
それが東方を襲っている。
「……だから、手を引くのか」
「そうだ」
迷いはない。
「灰森に構っている余裕はない」
それが結論。
ルクスは黙る。
理解ができてしまった。どうしようもない圧倒的な力に奪われることの虚しさを知っているから。
それでも――
「……じゃあ、俺たちはー。」
「すぐに帝国の安全な場所に帰す。」
ミカゲは即答する。
「だが――ここで見たこと、聞いたことは、忘れろ。これは我らの国の問題だ。」
その視線は鋭かった。
これは警告だ。
そして、同時に――
覚悟の確認でもある。
ルクスは目を逸らさない。
沈黙が続く。
波の音だけが響く。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「……無理だな。もう、関わっちまってる。」
その言葉に、ミカゲはわずかに目を細めた。
とある大きいとは言えない森から始まった世界を巻き込む戦いは、もう誰か一人の意思で止まる段階ではない。
そして――
それぞれが、別の理由で動いている。
世界は、すでに分裂していた。
二人の話の行く末を静かに聞いていたレグナードが口を開く。
「いい作戦を思いついちまった。東方では二兎を追う者は一兎をも得ずって言葉があるらしいが...三兎を狙ってみねえか?まあ狙うのはおっかねえ寅と申と竜だけどよ。」




