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灰森の巣竜  作者: AI太郎
世界侵食
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動かない国々

帝都は、静かだった。


本来であれば軍勢が集結し、各国の使者が行き交い、次なる侵攻へ向けた議論が昼夜を問わず繰り返されているはずの場所が、異様なほどに“動いていない”。


「……集まってはいる、か」


 城壁上からその様子を見下ろしながら、一人の男が呟く。


 長剣を背負い、無駄な装飾のない外套を纏ったその姿は、どこにでもいる冒険者のように見える。


 だが、そんな存在がこの場にいること自体が異質だった。


 勇者。


 アルグレート・ラグナス。


 帝都に到着したのは、つい先刻のことだ。


 しかし、その空気はすでに理解していた。


 人はいる。


 戦力も、表面上は揃っている。


 だが、そこに“意思”がない。


「遅かった、か……」


 小さく吐き出された言葉は、誰にも届かない。


 それでも、彼自身には十分だった。


 灰森の竜巣への侵攻。


 国家という単位をまとめて相手取る存在。


 そしてその被害の大半を受けたのが――


「……帝国、か」


「勇者殿、よくぞいらしてくれた。」


 背後から重い声が落ちる。


 振り返ると、そこには一人の男が立っていた。


 重厚な鎧ではなく、簡素な装束。


 だが、その立ち姿だけで分かる。


 この場の頂点に立つ者。


「北方帝国皇帝、バハムート八世だ」


「……アルグレートだ」


 短い名乗り。


 それ以上は不要だった。


 しばしの沈黙が流れる。


 だがそれは気まずさではない。


 互いに“見ている”時間だ。


「聞いている。単独であの災冠を相手取る男だとな」


「……結果としてただ生き延びただけだ。」


「その結果が、遅れた理由か?」


 その言葉に、わずかに空気が変わる。


 責めているわけではない。


 ただ、事実を置いている。


 それが分かるからこそ、返す言葉は一つだった。


「救えたはずの命を救えなかった。本当に、すまないと思っている。」


 だが、それ以上の説明は不要だった。


 皇帝はわずかに目を細める。


「そうか」


 それだけだった。


 責めも、慰めもない。


 ただ、その想いを、言葉を、受け取った。


 そしてそのまま、視線を帝都の外へ向ける。


「各国は再度の侵攻に消極的だ」


 話題が変わる。


「被害は大きすぎた。が……問題はそこではない」


 皇帝はゆっくりと言葉を選ぶ。


「削られた領域の大半は、帝国だ」


 その瞬間、言葉の意味が明確になる。


 他国にとって、それは“自分事ではない”。


「聖域都市連盟は聖戦を掲げねば動かん。商業同盟は損失計算を優先し、東方は距離を理由に静観している。」


 淡々と語られる現実。


 だが、その一つ一つが重い。


「さらに悪いことに――」


 そこで一瞬、言葉が切れる。


「影潮衆、天頂の七星。いずれも連絡が途絶した」


「……」


「死亡と見られている。」


 その言葉は、静かに落ちた。


 だが、その意味は極めて大きい。


 最精鋭の喪失。


 それは単なる戦力減ではない。


 “勝てる可能性”の消失だ。


「今、再侵攻を決断する者はおらん」


 結論は簡単だった。


 誰も動かない。


 動けないのではなく、動く理由がない。


 あるいは――


 動けば、確実に、今度は自分が削られると理解している。


「……そうか」


 勇者はそれを受け止める。


 否定もしない。


 理解できるからだ。


 国家は合理で動く。


 そして今、灰森の竜巣は“割に合わない”。


 だから、動かない。


 正しい判断だ。


しかし、

「それでも俺は行く」


 皇帝が視線を戻す。


 そこには、揺らぎがない。


「一人でもか?」


「一人でもだ。」


 間を置かない返答。


 そこに迷いはない。


「助けを求める声があるなら行く。それだけだ。」


 理由は単純だった。


 合理的とはいえない。


 だが、その若き闘志を否定できるものはいない。


 しばしの沈黙。


 風が吹き抜ける。


 帝都の上空は、妙に広く感じられた。


「……なるほどな」


 皇帝は小さく息を吐く。


 そして、わずかに口元を緩めた。


「なかなかどうして、骨のある若者じゃないか」


 その言葉には、嘲りも皮肉もない。


 純粋な評価だった。


「利で繋がった連中より、よほど信用できる」


「……そうか」


 勇者はそれ以上何も言わない。


 評価を求めてはいない。


 ただ、行くと決めただけだ。


 そして、歩き出す。


 止める者はいない。


 止める理由もない。


 その背は、ただ前へ進む。


 国家が止まり、世界が様子を見る中で、ただ一人、進み続ける。


 それは愚かかもしれない。


 無謀かもしれない。


 だが。


 確実に、“流れを変える存在”だった。


 皇帝はその背を見送りながら、静かに呟く。


「……やはり、あれが旗になる。」


 誰も動かない世界において。


 ただ一人動く存在は、それだけで意味を持つ。


 やがてそれは、個ではなくなる。


 その予感を、皇帝は理解していた。


 だからこそ――


 あらゆる人が彼に本気で力を貸したいと思うのだろう。

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