古城戦。開幕
正面の通りは広すぎるうえに見通しも良く、不自然な静けさだった。
真正面から入るのは、罠へ足を踏み入れるのと変わらないと全員が理解していた。
「左の外壁、崩落してる場所から入る」
「正面は捨てるんだな」
「捨てる。やつに見られてる前提で、それでも不利を減らす」
崩れた城壁は半ば森に呑まれていたが、近づいてみると蔦に覆われた石の間に不自然な隙間が残っており、人が一人ずつなら抜けられる程度の幅が確保されている。
先頭のレグナートが中を覗き込み、その奥に城を確認した瞬間、ルクスは後ろの城下町が“近すぎる”ことに気付いた。
「……壁の向こう、すぐ町でしたか?」
「本来なら広場か通路がある。つまり、作り変えられてる」
銀狼の牙が先に滑り込み、灰狼隊が後ろから周辺警戒を固めると、天頂の七星は最後に間隔を空けて侵入した。壁を越えた瞬間に空気の質そのものが変わる。冷えた鉄と石の匂いが鼻に残り、その下に微かに混じる紫晶のような乾いた魔力臭が喉をざらつかせた。
「……嫌な匂いだ」
「血でも腐肉でもない。鍛冶場の跡みてえだな」
通りには砕けた槍、潰れた兜、ひしゃげた盾が散らばっていたが、それらは戦場跡にしては妙に整っており、吹き飛んだのではなく“置き直された”ような配置で石畳の上に並んでいる。
ルクスがその一つを避けて歩いたとき、靴裏に伝わった感触が石ではなく薄い震えだったことで、反射的に足を止めた。
「今、揺れました」
「全員止まれ」
「気配は?」
「ない。だが、静かすぎる」
その沈黙の中で、どこか遠くから金属の擦れるような音が一度だけ響き、しかし次の瞬間には何事もなかったように消える。全員が武器に手をかけるが、敵影は見えず、代わりに通りの奥へ積み重なった瓦礫の一部だけが、わずかに形を変えたように見えた。
「……見たか?」
「見た。今のは風じゃないよな」
「じゃあ、いるな」
さらに一歩進むと、建物の壁に食い込んでいた剣が音もなく抜け落ち、そのまま地面に落ちるかと思われた刃が途中で止まり、まるで見えない手に支えられたようにゆっくりと向きを変える。
ルクスが息を呑んだ直後、その剣の周囲に散っていた鎧板や鉄片までもが吸い寄せられるように浮き上がり、一つの場所へ集まり始めた。
「下がれ!」
「どこだ、核はどこにある!」
「まだ見えねえ、探知の最中だ!」
金属片は雑にぶつかり合うのではなく、最初からそうなるべき形を知っているような正確さで重なり合い、崩れた石柱の影から現れた黒い装甲の輪郭は、やがて一人の騎士にも似た細身の人型を作り上げる。
大きめの人間と呼ぶべき体格であり、それがかえって“人と戦うための形”に見える。古城全体が牙を剥くよりも生々しい悪意を感じさせた。
「……昨日見たのより小さい?」
「違う、これが本体だ」
「本体……?」
胸部中央で紫晶が灯る。顔を覆う兜の奥には何も見えないはずなのに、その光だけがこちらを正確に捉えた瞬間、地面に転がっていた武器の群れが一斉に震え、周囲の城壁まで低く唸るように共鳴した。
「来るぞ!」
「構えろ、散るな!」
「ルクス、下がりすぎるなよ!」
紫晶黒鉱兵は一歩だけ前へ出る。その踏み込みは軽い。しかし足裏が石畳へ触れた直後、左右の城壁から埋め込まれていた槍がまとめて射出され、通りそのものが殺到する刃の回廊へ変わった。
「本体だけ見んな、この城ごと武器になってやがる!」
「伏せろ、第二波が来るぞ!」
まだ戦いは始まったばかりだ。




