邂逅
夜明けと同時に出発した一行は、湿った空気の中を進みながら城下町跡へ足を踏み入れたが、そこは完全に森に呑まれたというよりも「廃墟」といった様相だった。
崩れた建物の断面や折れた梁が不自然な角度で残されている。
石畳は半ば土に沈みながらも道としての形を保っており、その上には錆びた武器や砕けた鎧が無数に散乱しているが、踏み込んだ瞬間にわずかに“軋む”音を立てたことで、ルクスは反射的に足を止める。
「……今、何か動きましたよね?」
「ああ、何かいるな...」
レグナートはしゃがみ込み、剣の柄で地面に埋もれた鎧の破片を軽く叩くと、それはただの鉄片であるはずなのに鈍い振動を返し、その余韻が石畳の奥へと吸い込まれていく。
「……?」
「これは...」
その一言の直後、風が吹いたはずの空間で布切れ一つ揺れず、代わりに地面の下を何かが“流れる”ような感覚だけが残ると、遠くに見えていた古城の影がわずかに歪んで見えた。
「おい……あれ、さっきより近くないか」
「いや、動いてない。ただ――」
言い切る前に、石畳の隙間から紫色の光が一瞬だけ走り、それがまるで脈打つように一定間隔で明滅していることに気付いた瞬間、ルクスの背中を冷たいものが走る。
「魔力……?これ……って」
その表現が理解できたのは次の瞬間で、崩れた城壁の一部が音もなく“持ち上がり”、瓦礫だと思っていた塊同士がゆっくりと引き寄せられながら組み合わさっていくと、周囲に散らばっていた武器や鎧の破片までもが吸い上げられるように空中へ浮かび上がる。
金属が擦れ合う音が響く。「形」が出来ていく。
「下がれ」
「はい……!」
レグナートの低い声に反応して一歩退いた瞬間、地面に突き刺さっていた大剣が引き抜かれることなく“溶けるように”消え、そのまま空中で黒い装甲の一部として固定されると、紫色の結晶がその中心でゆっくりと回転を始めた。
「……核か?」
「じゃあ、これ……」
言葉が続かない。
それが完成したのは一瞬だったが、その過程は確かに“組み上がっていく過程”として視認できてしまったため、ルクスは生まれる瞬間を見てしまったという確信を拭えない。
巨大な人型。
崩壊した城壁を背にして立ち上がったそれは、全身を黒い鉱石のような装甲で覆われ、その隙間から紫晶が血管のように走っており、関節部が軋むことなく滑らかに動いたことで、ただの構造物ではないと直感させる。
そしてその“顔”に当たる部分には何もない。
ただ中心に埋め込まれた結晶だけが、こちらを向いている。
「……こっちを見てる?」
「見るってより...」
その言葉の直後、足元の石畳がわずかに沈み込み、次の瞬間には周囲の金属片が一斉に持ち上がると、まるで周囲一帯そのものが武器として再構成されようとしているかのように配置を変えていく。
「……警告か?」
レグナートは剣に手をかけながらも抜かず、視線を逸らさないまま静かに呼吸を整えると、黒鉱兵の結晶がわずかに輝きを強めたことで、周囲の魔力が一斉に収束する。
その瞬間、ルクスも理解する。
これは襲撃ではない。
“警告”だ。
「……どうします?」
「動くな」
短く言い切った直後、黒鉱兵の腕がわずかに持ち上がるが、それは振り下ろされることなく途中で止まり、そのままゆっくりと下ろされたことで、周囲に浮かんでいた武器や瓦礫も同時に地面へと戻っていく。
緊張が解ける。
だが、消えない。
「見逃された?」
レグナートはそこで初めて視線をわずかに外し、城の奥を見据えながら続ける。
「“来るな”って言われただけだ」
その言葉と同時に、黒鉱兵は一歩だけ後退すると、崩壊した城門の奥へと静かに身を引き、その巨体が影の中へ完全に沈んだ瞬間、紫晶の光もまた途絶える。
だが気配は消えていない。
むしろ、濃くなっている。
「……あれが、王級頂点種」
「ああ、しかも外に出てくるタイプだな」
「今はあの古城にこもっているようだから半領域型って所か」
ルクスは無意識に唾を飲み込むが、その音すらやけに大きく感じられるほど周囲は静まり返っており、先ほどまで感じていた“流れ”だけが地面の下で確かに続いている。
「……明日、行くんですよね」
「行くしかねえだろ」
短いやり取りだったが、それ以上の確認は不要だった。
古城はそこにある。
そして、あれは中にいる。
それだけで十分だった。




