リウラミル教
西のミシターで新興宗教としてできたリウラミル教だけど、あれから一〇〇年。どんな感じになっているのかしら。気になった私は、一人空を飛んで見に行くことにした。
「へええ。教会の見た目は特に変わってないわね。教会の奥にあるステンドグラスも色鮮やかなまま。綺麗だわ」
長い年月を過ごしてきた教会は、どっしりと構えていてリウラミル教の総本山とよぶに相応しい外観だ。私のことも変わらず信仰してくれているようで、教会内部には、夫婦でお祈りに来ている人々が目立った。
神父さんの説法に聞き耳を立ててみると、どうやら安産祈願もここでするようになったみたい。たしかにお腹を大きくした女性が何人かいるわね。
どうか彼女たちの赤ちゃんが元気で健やかに育ちますように。自分で自分にお祈りするのもなんか変だったけど、私は椅子に座って祈りを捧げた。
「あなた様は……」
お祈りが済んだ後、教会を出て行こうとしたら、先ほどの神父さんが私のところへやってきて、声をかけてきた。あら、もしかしてバレたかな。
「なにか?」
「いえ……。女神様にとてもよく似ていらしたものですから、ついお声を掛けてしまいました。祈りが届くよう、わたしも祈りましょう。では」
「ありがとうございます」
神父さんはそう言うと私のもとを去っていった。ああ、びっくりした。
その後、教会内を探検してみると、二階で女神様グッズが売られていた。
なにそれ?
よくわからないけど……。女神様饅頭、女神様安産祈願お守り、女神様髪飾り、女神様ペンダント。他にも女神様なんとかかんとかって。とにかくどっかのご当地キャラのお土産売ってまーす的な感じでいろいろ売られていた……。
売上は教会のメンテナンスや、行事の時に使ったりしているみたい。なんだか大変そうね。
そういえば、アラリスが時々、神力でより信仰を集めるために、祝福を与えたり、他にもいろいろやってるって言ってたんだけど、そういう不思議な現象ってどうすればおこせるのかしら。
私もそういうの、やったほうがいいのよね。駄目もとで試になにかやってみようかしら。
なにもできなかったら恥ずかしいので、私はこそこそと端に寄ってそこで目を閉じる。
「信徒らに祝福を……」
私は祈ってみる。すると、内側から暖かいものが大きくなって出てくるのがわかった。これが祝福なのかしら。
「祈りを捧げる信徒らに、幸多いことを祈ります」
どんどん大きくなっていくそれは、両手を広げても抱えきれなくなってきて、次第に上へふわふわと上がっていく。
これを拡散させればいいのかも。私は上に持ち上げて天井付近まで昇ったのを確認したら、広がれって念じる。
すると、ぶわーんって暖かな光が教会内に広がって、祈りを捧げている信徒らに降りかかる。それはきらきらと輝いていて、すごく神秘的だった。
「き、奇跡だ!」
「女神様が応えてくださった……!」
「おお、神よ!」
神秘的な光に気づいた信徒らは、皆口々に感嘆の声を上げて、有り難そうに膝を折ってしゃがみ、更に祈りを捧げていく。
この場に居合わせた信徒らは、老後も夫婦円満で過ごせたり、元気な子供を授かったり、安産だったらしく、奇跡の日と呼ばれるようになった。
私もやればできるのね。初めて神様らしいことをしたから、なんだかとくとく胸が一杯になった。今後もたまにここにきて、祝福を与えに来ようかしらね。
そうして奇跡を起こした私は、そっと教会を出る。内部にいた信徒らは、まだ興奮冷めやらぬみたいで、ざわざわしていた。
あ、でも帰る前に教皇に会っておいたほうがいいかもしれないわね。ちょっと寄っていこう。
私は姿を消して、教会にある教皇の執務室へと向かう。どんな人がやっているのかしら。
「ここね」
私は扉をノックせずにそのまま、幽霊みたいにすうっと扉を抜けて中へと入る。すると、机で判子捺しをしているお爺さんがいた。あの人が教皇ね。じっと見ていると、なにかに気づいたように教皇は席を立つ。
「この気配は……。なんということだ。女神様、女神様がいらっしゃるのですね」
姿を消していた私を感知できるなんてすごいのね。徳を積んでいると、神懸り的なものに敏感になるらしいけど、このお爺さんもそうなのかもしれない。とても温和で優しい表情をしていて、ここに子供がたくさんいたら、おじいちゃん大好きって集まりそうな雰囲気。
この執務室には教皇一人しかいないし、姿を見せてもいいわよね。このお爺さんなら、きっと大丈夫だわ。
「あなたが教皇ですね」
私は少しでも女神さまっぽく見えるように、微笑を浮かべて姿をみせることにした。
「おお、おおお。女神様! リウ様!」
姿を見せた私に驚いた教皇は、私のすぐそばまでやってきて、立てひざをついて祈りを捧げる格好になった。わ、なんだかすごく拝まれてる私。こそばゆいわ。照れてしまいそう。
「初めまして。お爺さんが言うとおり、私はリウっていいます。お爺さんのお名前は?」
「おお、リウ様。私のところへおいで下さるとは……。わたしはバルボイです。あなた様にお仕えさせていただいております。先ほどなにやら下が騒がしいと思っていたのですが、まさかリウ様がおいで下さっていたとは……」
「あなた方信徒がどうしているのか気になりましてね。つつがなく過ごせているようで安心しましたよ」
微笑みながら神様っぽく口調を変えて話してみたけど、お爺さんの目には涙が浮かんでいて、私に会えて、本当に嬉しそうにしていた。なんだか少し罪悪感が。一〇〇年の間ずっと放置していてごめんね。これからは、時々こうして見に来るから。
私はなんとか教皇に祝福を与えたくて、立てひざをついているお爺さんの額にそっと指を当てた。
「この者に奇跡を。その暖かい心に祝福を与えます」
どんな祝福がいいかしら。そうね、癒しの力なんてどうかしら。この世界にはゲームのような回復魔法がないから、すごいことだと思うのよね。
安易にそんな力を渡すのはよくないかもしれないけど、このお爺さんならきっと大丈夫って、なぜだかそう思えた。
パアアって私の手に光が溢れでてきて、お爺さんの頭にその光を入れていく。なんとなく、こうすればいいって思えたのよね。誰かに祝福を与える時はこうするんだろうって。
「こ、この暖かな光は……」
「バルボイ。あなたに癒しの力を授けます。その力で皆をお願いしますね。癒しの力は教会内だけで使えます。使うべき時をよくお考えになって信徒らを良いように導いてください」
「リウ様。ありがとうございます。わたしはこの世から旅立つ時まで、あなた様のお心に背くことは致しませんと誓います。決して悪いようには使いませんと」
「ええ。あなたなら大丈夫だと、私も思っていますよ」
私はちゃんと女神に見えるように微笑む。そうして演出のために、空中に少し浮かんで姿消しの魔法ですうっと執務室から消えていった、ことにした。
教皇は私が見えなくなったあと、感極まっているのか、涙を流しながら祈ってくれる。私のやったこと、間違いじゃないといいな。
「なんか、緊張した。あとはお爺さんが教皇をやめるまで、時々様子を見に来ようかな」
その後、お爺さんがこの世を旅立つまで、癒しの力は本当に困っている信徒らのために使われていったそうな。ちゃんと約束守ってくれたんだね。
そしてお爺さんの持つ奇跡の癒しの力は、私の信徒が増えていくことに繋がって、祈りの光が私のところまで届くようになった。




