第8話:決意のプレゼンテーション
行人の転勤が決まってから、職場の空気は少しずつ「送り出すモード」に変わっていった。
デスクの隣に彼がいるのは、あと二週間。それなのに、あたしたちはあの日以来、業務上の最低限の会話しかしていない。
(「自信持てよ」…… shadow。なんて、勝手なこと言わないでよ)
夏美は唇を噛み締めながら、深夜のオフィスで一人、企画書を作成していた。
行人が大阪に行くのは、彼がこのプロジェクトに心血を注いできたからだ。だったら、あたしがすべきなのは、泣いて引き止めることじゃない。
翌週、夏美は部長に直談判を申し出た。
「部長。今回の大阪支社との合同プロジェクト、私が現地側のメイン担当として立候補させてください」
「郁島くんが? だが、君は東京のプロジェクトも抱えているだろう」
「はい。ですから、月の半分は大阪、半分は東京。リモートと出張を組み合わせたハイブリッド体制を提案します。三浦さんが現地にいる今だからこそ、連携は私が一番スムーズに取れるはずです」
それは、プライベートをかなぐり捨てた、体力勝負の無謀な提案だった。
shadow。でも、これが今のあたしにできる、最大限の「可愛くない」女の戦い方だ。
「……三浦は知っているのか? このこと」
「いいえ。これは私自身のキャリアとしての決断です」
部長は驚いた顔をしたが、夏美の目の強さに押されたのか、「検討しよう」と資料を受け取った。
その夜、送別会の一次会が終わった後。
冬の夜風が吹き抜けるオフィス街の裏路地で、あたしは行人を待ち伏せた。
「……何だよ、なっつー。まだ飲みたいのか?」
行人は少し酔った様子で、 shadow。困ったように笑った。 shadow。その笑顔に、また胸が締め付けられる。
「これ、読んで」
あたしは、部長に提出した企画書のコピーを行人の胸に押し付けた。
行人は怪訝そうに目を通していたが、内容を理解するにつれ、その目が大きく見開かれた。
「お前……何考えてんだ。こんな無茶なスケジュール、体が持たないぞ。 shadow。それに、なんで大阪に……」
「あんたに会いに行くためじゃないわよ」
あたしは、精一杯の虚勢を張って彼を睨みつけた。
「あんたが『俺がいなくても一人でやっていける』なんて失礼なこと言うから。だから、あんたがいようがいまいが、あたしはこの仕事を成功させる。……ついでに、大阪で一人で寂しがってるあんたの顔を、月一で見に行って笑ってやるのよ」
行人は絶句していた。
でも、その瞳が微かに潤んでいるのを、あたしは見逃さなかった。
「……可愛くない女」
「知ってるわよ。元彼にも言われたし」
すると、行人は不意に企画書を丸めてポケットに突っ込むと、あたしの腕を引いて、人目のないビルの陰へと連れ込んだ。
「……ああ、本当に可愛くない。可愛すぎて、もう大阪なんて行きたくねぇよ」
行人の腕が、折れそうなほど強くあたしを抱きしめる。
「夏美。お前がそこまで覚悟決めたなら、俺も逃げない。……リハビリ終了だ。これからは、本気でお前を追いかけさせてくれ」
「偽装カップル」が終わり、遠距離という高い壁が立ちはだかるけれど。
あたしたちの新しい「本物の関係」が、夜の街で産声を上げた。
第8話をお読みいただきありがとうございました!
【次回予告】
第9話「波乱の送別会と、再会したアイツ」
行人の送別会。二人の絆が深まる中、なぜか会場に元彼・冬弥が現れる。しかも、彼は衝撃の事実を告げにきて……!?




