第7話:偽装終了の合図
出張から戻った新幹線の中、あたしたちはほとんど言葉を交わさなかった。
けれど、隣り合って座る二人の距離は、出発前とは明らかに違う。行人は時折、パソコンを打つフリをしながら、座席の下でこっそりとあたしの手を握ってきた。
(……これ、もう「フリ」じゃないよね?)
あたしの胸は、期待と不安でパンパンに膨らんでいた。
けれど、月曜日のオフィス。現実はそんな甘いムードをあっさりと切り裂いた。
「おい、聞いたか? 三浦のやつ、来月から大阪支社に栄転だってよ」
給湯室で耳に入ってきた同僚の噂話に、あたしは手に持っていたマグカップを落としそうになった。
三浦行人、大阪転勤。
それは、今回の新プロジェクトを成功させた報酬としての、華々しい「昇進」を意味していた。
デスクに戻ると、行人はいつも通り仕事に没頭していた。あたしが視線を送っても、彼は一度もこちらを見ようとしない。
(……なんで? どういうこと?)
定時後。あたしは行人を屋上に呼び出した。
冬の入り口の冷たい風が、あたしたちの間を通り抜ける。
「大阪転勤って、本当なの?」
あたしの問いに、行人はポケットに手を突っ込んだまま、静かに頷いた。
「……ああ。さっき、正式に辞令が出た」
「おめでとう……って言うべきなんだろうけど。なんで、言ってくれなかったの? 出張の時、あんなに……」
あんなに優しく抱きしめたのに。あんなに熱い言葉をくれたのに。
行人は、苦しそうに顔を歪めた。
「……言えるわけないだろ。これから遠距離になるって分かってて、お前を繋ぎ止めるなんて、そんな無責任なこと……」
「無責任って何よ! 勝手に一人で完結させないでよ!」
あたしは行人の胸ぐらを掴んだ。
「あんたが言ったんでしょ、リハビリだって。あたしが自信を取り戻すまで付き合うって。冬弥に『俺が幸せにする』って啖呵切ったのは、全部嘘だったの?!」
「嘘じゃねぇよ!」
行人が、あたしの手を強く振り払った。
「嘘じゃないから、怖いんだよ。……俺は、お前に仕事を諦めてついてきてほしいなんて言えない。かと言って、中途半端に『待っててくれ』なんて言えるほど、俺は自分に自信がないんだ」
いつも自信満々で、憎たらしいほど余裕だった行人が、初めて弱音を吐いた。
彼はそのまま、あたしを追い越して屋上のドアへと歩き出す。
「……『偽装カップル』は、今日で終わりだ。お前はもう、一人で立派にやっていける。……自信持てよ、夏美」
バタン、と重いドアが閉まる音が響いた。
あたしは一人、寒空の下で立ち尽くした。
ようやく本気になれたのに。
ようやく「自分を可愛い」と思わせてくれる人に出会えたのに。
あたしたちの「いつも通り」の関係は、今度こそ本当に、終わろうとしていた。
第7話をお読みいただきありがとうございました!
【次回予告】
第8話「決意のプレゼンテーション」
行人の送別会が近づく中、夏美はある大きな決断を下す。それは、自分のキャリアと恋、どちらも捨てないための「賭け」だった——。




