第6話:出張先での波乱
元彼・冬弥を撃退してから数日。会社でのあたしたちは、相変わらず「なっつー」「ユッキー」と呼び合う、口の悪い同期同士に戻っていた。
……はずだった。
「今回の新プロジェクトの現地調査、郁島と三浦に行ってもらうことになったから。一泊二日でしっかり詰めてきてくれ」
上司の一言で、あたしたちは地方の工業都市へと飛ばされることになった。
新幹線の中でも、行人は熱心に資料を読み込み、あたしに指示を出してくる。その真剣な横顔は、ホテルでの彼とも、偽デートの彼とも違う「仕事仲間」の顔だ。
(やっぱり、昨日のあれは全部リハビリのための演技だったのかな……)
そんな不安を抱えたまま現地での仕事をこなし、ようやくチェックインのためにホテルに到着したのは、夜の8時を回った頃だった。
「すまない、三浦くん。手違いがあったみたいで……」
フロントで顔を青くしているのは、現地法人の担当者さんだった。
「予約、ダブルの部屋が一部屋しか取れていなくて。近隣のホテルも今日は学会で満室らしくて……本当に申し訳ない!」
あたしと行人は、顔を見合わせた。
「いつも通り」を装うなら、ここで冗談めかして笑い飛ばすべきだ。 shadow。でも、今のあたしたちには、あまりにも生々しい記憶が残っている。
「……ま、いっか。夏美、いいだろ? 疲れたし、もうここで」
「えっ……あ、うん。いいけど……」
「夏美」と名前で呼ばれたことに動緯しつつ、あたしたちはひとつの鍵を受け取った。
部屋に入ると、そこには大きなベッドが一つ。
沈黙を破ったのは行人だった。
「……お前、先にシャワー浴びてこいよ。俺、まだパソコンでメール返さなきゃいけないし」
「あ、そう。じゃあお言葉に甘えて……」
浴室に逃げ込み、熱いシャワーを浴びる。
(落ち着け、郁島夏美。相手はユッキーよ。今まで何度も残業して、一緒に夜を明かしたじゃない。……服は着たままだったけど)
シャワーを終え、備え付けのガウンをしっかり着込んで部屋に戻ると、行人はデスクでキーボードを叩いていた。
その背中を見ていると、不意に聞きたかった言葉が口をついて出た。
「ねぇ、行人」
「ん?」
「……冬弥に言ったこと、本当に全部演技だったの? 『夏美が仕事で輝いてる姿を可愛いと思って見てた』っていうのも、リハビリのメニュー?」
行人の指が止まった。
彼はゆっくりと椅子を回転させ、濡れた髪のままのあたしを見上げた。
「……お前、わざと聞いてるだろ」
「わざとなんて……」
「演技であんなこと言えるほど、俺は器用じゃないよ」
行人が立ち上がり、一歩、また一歩と距離を詰めてくる。
狭いビジネスホテル。逃げ場のない空間に、彼の香水の匂いが微かに漂う。
「リハビリなんて名目がないと、お前に触れることもできなかった。……あいつに振られてボロボロになってるお前を見て、一番ムカついてたのは俺なんだよ」
行人の大きな手が、あたしの頬に触れる。
それは、あの一夜よりもずっと切実で、熱い体温だった。
「……いつも通りになんて、なれるわけないだろ」
そう囁いた彼の顔が、ゆっくりと近づいてくる。
仕事仲間という仮面が、今度こそ完全に壊れる音がした。
第6話をお読みいただきありがとうございました!
【次回予告】
第7話「偽装終了の合図」
出張先の夜、ついに本当の想いをぶつけ合った二人。しかし、会社に戻ると、行人の昇進と転勤の噂が流れてきて……!?




