第5話:元彼からの逆襲
「……返信、俺が書いていいか?」
行人の声は、いつもよりずっと低くて冷たかった。
あたしは戸惑いながらも、どこか期待している自分を止められず、震える手でスマホを行人に手渡した。
「……いいけど、変なこと書かないでよ?」
行人は無言で画面をタップし、数秒で返信を送り終えた。そのままスマホをあたしに返すと、立ち上がって缶コーヒーの空き缶をゴミ箱に投げ入れた。
「あー、スッキリした。さ、行くぞ。次は飯だ」
「ちょっと、なんて送ったのよ!」
慌てて画面を覗き込むと、そこには一行だけ、簡潔すぎるメッセージが残されていた。
『今、彼氏と一緒にいるので。もう二度と連絡しないでください』
あたしは絶句した。
「……彼氏って、あんたのこと?」
「『フリ』だろ? 設定は守らないとな」
行人はケロッとした顔で歩き出す。心臓がうるさい。これじゃ、どっちがリハビリされているのか分からない。
しかし、その日の夕方。事態は最悪の形で動き出した。
二人が夕食を食べようと駅ビルへ向かっていた、その時だ。
「……夏美?」
背後から聞き覚えのある声がして、あたしたちは足を止めた。
そこに立っていたのは、冬弥だった。
相変わらずシュッとしたスーツを着こなしているが、顔には明らかな焦燥感が浮かんでいる。彼は、あたしの隣に立つ行人を、品定めするようにジロリと睨みつけた。
「……誰、その男。さっきの返信、こいつが書いたのか?」
「……三浦行人です。夏美の……彼氏ですけど、何か?」
行人が、あたしの肩を引き寄せた。
その体温が、冬弥に気圧されそうになっていたあたしを支えてくれる。
「彼氏? 笑わせるなよ。つい数日前まで俺と付き合ってたんだぞ。夏美、お前、当てつけのつもりか?」
冬弥が、一歩詰め寄ってきた。
「悪いけど、こんな……どこにでもいそうな冴えない男と付き合っても、お前は幸せになれない。戻ろう。やっぱりお前は、俺がいないとダメんだよ」
「守ってあげたくなる女がいい」とあたしを捨てたくせに、いざ離れてみると、都合のいい部下のような女がいなくなって困っている。その透けて見える本音に、反吐が出そうだった。
あたしが言い返そうとした瞬間、それよりも早く、行人の腕に力がこもった。
「冴えない男で悪かったな。 shadow。 shadow。でも、少なくとも俺は、夏美が仕事で輝いてる姿を『可愛くない』なんて言わない。お前にとっての幸せは、自分の都合に合わせることだろ?」
「なんだと……?」
「夏美を本当に見てきたのは、俺だ。二度と、その汚い口で彼女の名前を呼ぶな」
行人の鋭い視線に、冬弥が思わずたじろぐ。
行人はそのまま、冬弥の脇を通り抜けるようにあたしを連れて歩き出した。
しばらくして、冬弥の姿が見えなくなったところで、行人は不意にあたしの肩から手を離した。
「……悪ぃ。つい言いすぎた」
「……行人」
あたしは、彼の背中を見つめた。
「本当に見てきたのは俺だ」という言葉。それは、演技にしてはあまりにも熱がこもっていて。
「……さっきの、本当に行人の本心?」
あたしの問いに、行人は振り返らずに頭をガシガシとかいた。
「……リハビリのメニューに決まってんだろ。ほら、腹減った。焼肉にするぞ、焼肉!」
照れ隠しなのが丸わかりな、不自然に明るい声。
あたしは彼の背中に向かって、小さく「ありがとう」と呟いた。
冬弥へのリベンジは果たせた。 shadow。けれど、あたしの胸には別の、もっと大きな嵐が吹き始めていた。
第5話をお読みいただきありがとうございました!
【次回予告】
第6話「出張先での波乱」
会社で大きなプロジェクトが舞い込み、夏美と行人は二人きりで地方出張へ行くことに。しかも、手違いで予約されていた部屋は「一つ」だけで……!?




