第4話:初めての『偽』デート
「偽装カップル」になって初めての土曜日。
待ち合わせ場所に現れた行人は、いつも職場で見るスーツ姿とは違い、少しゆったりしたネイビーのニットに、綺麗めのチノパンという格好だった。
(……やば。私服、意外と悪くないじゃない)
夏美は、自分の心拍数が上がるのを必死に抑えながら、いつもの調子で声をかけた。
「意外と早かったじゃない。待たされたら帰るつもりだったわよ」
「お前が早く来すぎるんだよ。……ほら、行くぞ」
行人はぶっきらぼうに言うと、自然な動作で夏美の隣を歩き出した。
彼が連れてきたのは、話題のお洒落な代官山……ではなく、なぜか都内でも少し落ち着いた場所にある、大きなバッティングセンターだった。
「ちょっと、デートでバッティングセンター?! 何考えてるのよ、ユッキー!」
「いいから。お前、ずっと冬弥へのイライラ溜め込んでるだろ。可愛い格好してカフェでしんみりするより、これだと思ってさ」
行人は笑って、夏美にバットを手渡した。
確かに、ここ数日ずっと冬弥の「かわいい女がいい」という言葉が頭の隅にこびりついていた。あたしはヒールのないスニーカーに履き替えると、全力でバットを振り抜いた。
カキーン、と甲高い音が響く。
空振り。空振り。そして、三度目でようやくボールに当たった。
「あはは! 当たった! 見た?! 行人!」
「おう、筋はいいぞなっつー」
夢中でバットを振っているうちに、不思議と心が軽くなっていく。
ひとしきり汗をかいた後、二人は近くの公園のベンチで缶コーヒーを飲んだ。
「……ありがと。少しスッキリしたわ」
「だろ? 冬弥みたいな男に、お前の価値を決めさせてやる必要なんてないんだよ」
行人は、前を見つめたまま静かに言った。
その横顔があまりに優しくて、夏美は思わず本音を漏らした。
「……あたし、仕事ばっかりで可愛くないって言われたのが、本当にショックだったの。一生懸命やってきたことが否定されたみたいで。でも、行人はあたしの仕事ぶり、認めてくれてるもんね」
「認めてるどころか……」
行人が言葉を飲み込んだ。彼は少し躊躇した後、不意にあたしの手に自分の手を重ねた。
「……お前が必死に頑張ってる姿、俺は可愛いと思って見てたよ。ずっと前から」
公園の噴水の音だけが聞こえる。
「フリ」だと言い聞かせているのに、重ねられた手の熱が、あたしの理性をじわじわと溶かしていく。
「……そういうのも、リハビリのセリフなの?」
「……さあな。想像に任せるよ」
行人はニッと笑うと、重ねた手に少しだけ力を込めた。
その時、夏美のスマホが震えた。画面に表示されたのは、忘れたくても忘れられない名前。
『夏美、元気? 先日は言いすぎた。少しだけ話せないかな』
冬弥からの、身勝手なメッセージだった。
あたしは顔を強張らせ、画面を見つめる。すると、行人が横からその画面を覗き込み、低く冷たい声で言った。
「返信、俺が書いていいか?」
行人の瞳に、見たこともないような強い独占欲が宿ったのを、あたしは見逃さなかった。
第4話をお読みいただきありがとうございました!
【次回予告】
第5話「元彼からの逆襲」
冬弥からの連絡をきっかけに、事態は急展開。行人が送った「撃退メッセージ」の内容とは……? そして、冬弥が目の前に現れて……!?




