第3話:ランチタイムの駆け引き
12時ちょうど。あたしは逃げるようにオフィスを出て、会社から少し離れた路地裏にあるパスタ屋に向かった。
ここはランチセットのコスパが良く、おまけに席の間仕切りがしっかりしているので、同僚に遭遇しにくいあたしたちの避難所だった。
先に着いて待っていた行人は、メニューを眺めながら当たり前のようにあたしの分の水を注いでいた。
「遅い。仕事、詰まってたのか?」
「……誰かさんのせいで、集中できなかっただけよ」
あたしは彼の向かいに腰を下ろし、睨みつけるように付箋をテーブルに置いた。
「何よ、これ。反省会って、何の話?」
「そのままの意味だよ。美佳さんへの言い訳、もっと上手く合わせろよ。あんなに固まってたら『図星です』って言ってるようなもんだろ」
行人は小声で、でも呆れたように言った。
ランチの明太子パスタが運ばれてくる。あたしはフォークを回しながら、 shadow。ずっと喉に刺さっていたトゲを吐き出した。
「あんた……よくあんなに平気な顔して嘘つけるわね。月曜日からいつも通りにしろなんて無理難題、よく言えたもんよ」
「無理か?」
「当たり前でしょ! あんたは、 shadow。なんとも思ってないわけ?」
あたしの問いに、行人がパスタを運ぶ手を止めた。
ふと、彼の視線が真っ直ぐにあたしを捉える。その瞳の奥に、いつも通りの軽薄さとは違う「熱」のようなものが一瞬だけ混じった気がした。
「……なんとも思ってなかったら、わざわざあんな面倒な嘘つかないだろ」
ボソリと呟かれた言葉に、あたしの鼓動が跳ねる。
期待していいのか、それともただの同情なのか。判断がつかない。
「夏美、お前さ。冬弥のやつと戻りたいのか?」
唐突に名前を出され、あたしは顔をしかめた。
「は?! 戻るわけないじゃない。あんな、人のこと可愛くないなんて言う失礼な男!」
「だよな。あいつ、見る目ねぇよ」
行人は吐き捨てるように言うと、急に真剣な顔であたしに身を乗り出した。
「じゃあさ。リハビリ付き合ってやるよ」
「リハビリ……?」
「そう。冬弥を忘れて、お前が自分に自信を取り戻すまでのリハビリ。……具体的に言うと、しばらくの間、俺と『付き合ってるフリ』、してみるか?」
あたしは、飲んでいたアイスティーを吹き出しそうになった。
「はあああ?! 付き合ってるフリって、何それ。昭和のラブコメじゃないんだから!」
「いや、合理的だろ。美佳さんたちへの言い訳も立つし、冬弥がもし復縁を迫ってきても『もう新しい彼氏がいる』って追い払える。それに……」
行人はそこで言葉を切り、少しだけ耳を赤くして視線を逸らした。
「……俺も、お前と喧嘩ばっかりしてるのは、もう飽きたんだよ」
それは、行人が初めて見せた、降参の合図のように聞こえた。
「フリ」と言いながら、彼の提案には一晩の責任を取るような誠実さと、それ以上の何かが隠されている気がしてならない。
「……条件があるわ」
「お、なんだ?」
「会社では絶対にバレないようにすること。あと……」
あたしは、昨夜の彼の腕の温かさを思い出しながら、 shadow。震える声で続けた。
「あたしを、本当に『可愛い』って思わせる努力をすること。できる?」
行人は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐにいつもの不敵な笑みを浮かべた。
「……上等だよ、お嬢様」
パスタ屋の喧騒の中で、あたしたちの奇妙な契約が成立した。
冬弥へのリベンジ。 shadow。そして、行人の本心がどこにあるのかを探る、27歳の夏美の新しい戦いが始まった。
第3話をお読みいただきありがとうございました!
【次回予告】
第4話「初めての『偽』デート」
付き合っているフリを始めた二人。手始めに週末にデートをすることになるが、行人が連れて行ったのは、夏美の予想を裏切る意外な場所で……?




