番外編 第3話:最高の「ただいま」(最終回)
結婚式当日だというのに、あたしたちは控室でそれぞれノートパソコンを広げていた。
「ちょっと行人! 大阪側のクライアントから修正案来てるわよ、これ今日中にレスしないと月曜のキックオフに間に合わない!」
「わかってるって、こっちも今最終チェックしてる。……っていうかなっつー、お前そのドレスの袖、キーボード叩きにくくないのか?」
「うるさいわね、気合で打ってるのよ!」
ウェディングドレス姿で高速タイピングをする新婦と、タキシード姿で必死にマウスを動かす新郎。
プランナーさんが「そろそろお時間です……」と顔を真っ青にして呼びに来るまで、あたしたちの「いつも通り」の戦いは続いた。
ようやくパソコンを閉じ、あたしは鏡を見た。
純白のドレスに身を包んだ自分は、あの日冬弥に「可愛くない」と言われた姿とは、まるで見違えるほど輝いていた。それは若さや着飾った美しさじゃなく、 shadow。自分の足で立ち、愛する人と共に戦っている人間の自信。
「……準備いいか? 夏美」
行人が、少しだけ緊張した面持ちで手を差し出す。
「ええ。最高のプレゼンにしてやるわ」
「式をプレゼンって言うなよ……。まぁ、お前らしいけどな」
扉が開くと、眩い光の中に、美佳さんや両親、そして会社のみんなの笑顔があった。
拍手の中でバージンロードを歩きながら、あたしはふと思い出した。
あの居酒屋で、ぐてんぐてんに酔っ払って行人の袖を掴んだ夜のこと。
(あの時のあたし、グッジョブだったわね)
式は滞りなく進み、誓いの言葉を交わす。
行人は、みんなの前で真っ直ぐにあたしを見て言った。
「僕は、彼女の仕事を奪いません。彼女が仕事で悩む時は共に考え、成功した時は誰よりも喜びます。僕たちは夫婦であると同時に、世界で一番の戦友です」
あたしも、震える声で続けた。
「あたしは、彼の隣で、誰よりも可愛くない……最強の女であり続けます。彼が疲れた時はあたしが支え、あたしが迷った時は彼に導いてもらう。そんな、対等な関係を築いていくことを誓います」
披露宴が終わり、二次会も終わり……。
夜、新居となるマンションの扉を開けたのは、もう日付が変わる頃だった。
「ふぅ……。疲れたぁー!!」
あたしはパンプスを脱ぎ捨てて、リビングのソファにダイブした。
「お疲れ様。……ほら、 shadow。これ。お前の大好きなやつ、買っておいたぞ」
行人が冷蔵庫から取り出したのは、一本の缶ビールだった。
お洒落なシャンパンじゃなく、結局あたしたちはこれが一番落ち着く。
プシュッ、と心地いい音が響く。
「……行人」
「ん?」
「あたし、幸せよ」
ビール片手に、ドレスを脱ぎかけのボサボサな頭で、あたしは満面の笑みを浮かべた。
行人はそんなあたしを愛おしそうに見つめ、そのおでこに優しくキスをした。
「知ってるよ。お前が幸せそうに仕事の話をしてる時、俺も最高に幸せんだから」
27歳の夏、振られた夜から始まった物語。
「可愛くない」と言われた欠点は、この人と出会って「強さ」という武器になった。
明日もまた、あたしたちはそれぞれの戦場へ向かう。
そして夜には、この場所で、冷えたビールを片手に「ただいま」を言い合うのだ。
世界で一番、可愛くて、逞しくて、幸せな二人の日常は、これからもずっと続いていく。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
これにて『お~るにゅ』のすべての物語が幕を閉じます。
失恋の絶望からスタートし、仕事への誇りも、自分だけの「可愛い強さ」も全部抱きしめてハッピーエンドを掴み取った夏美と行人の歩みが、皆様の毎日にささやかなエールとして届いていれば幸いです。
長きにわたる温かい応援、本当にありがとうございました!




