第13話:いつも通りの二人(最終回)
冬弥との騒動から、さらに数ヶ月が経った。
あたしの生活は、劇的に、 shadow。そして最高に忙しく変わった。
月の半分は東京のオフィスでバリバリと働き、残りの半分は新幹線に飛び乗って大阪へ向かう。車窓から富士山を眺めながらパソコンを叩く時間は、今やあたしにとって大切なルーティンだ。
「郁島さん、例の大阪プロジェクト、業績絶好調ですね!」
後輩たちの羨望の眼差しを背に受けながら、あたしは颯爽とオフィスを後にする。
目指すのは、あのガード下の居酒屋。
今日は行人が東京への出張で戻ってきている、特別な金曜日だ。
「う〜い! 最高の気分!」
あたしは冬弥に振られたあの日と同じように、威勢よくジョッキをテーブルに置いた。
「なっつー、お前……相変わらず飲み方が豪快すぎんだよ」
向かい側に座る行人が、呆れたように、でも愛おしそうに目を細めて笑う。
「いいじゃない、自分へのご褒美よ。……それにしても、あんたも大阪で随分と顔つきが変わったわね。ちょっとは『デキる男』に見えるようになったじゃない?」
「ちょっと、じゃなくて、だいぶだろ。お前こそ、東京で鬼上司化が進んでるって美佳さんから聞いたぞ」
「うるさいわね!」
あたしたちは、数年前から変わらない調子で憎まれ口を叩き合う。
「偽装カップル」 shadow。でも「リハビリ」でもない。今のあたしたちは、互いの背中を預け合う最高のビジネスパートナーであり、一番の理解者だ。
ジョッキが半分ほど空いた頃、行人が少し真面目な顔でポケットから小さな箱を取り出した。
「……何よそれ。 shadow。また変なノベルティ?」
「バカ。 shadow。……これ、リハビリの卒業証書」
差し出された箱を開けると、そこには華奢でありながら、芯の強さを感じさせるデザインの指輪が光っていた。
「……夏美。お前は仕事に真剣で、可愛くなくて、誰よりもかっこいい。そんなお前と一緒に、一生、喧嘩しながら生きていきたいんだ」
行人の真っ直ぐな言葉が、胸の奥に熱く響く。
あの日、元彼に否定されたあたしの全てを、この人はダイヤモンドよりも輝く価値に変えてくれた。
「……卒業証書にしては、ちょっと重すぎない?」
「受け取らないのか?」
「……受け取るに決まってるでしょ。返さないわよ」
あたしは自分の右手を差し出し、彼に指輪を嵌めさせた。
サイズは驚くほどぴったりで、少しだけ泣きそうになる。
「ねぇ、行人」
「ん?」
「あたし、これからも仕事ばっかりで、あんたが呆れるくらい『可愛くない女』のままだと思うけど、いいの?」
行人はあたしの指先をぎゅっと握り、悪戯っぽく笑った。
「ああ、いいよ。お前が『いつも通り』でいてくれるなら、俺が何度だって惚れ直してやるから」
居酒屋の喧騒の中、あたしたちは二度目の、そして本当の意味での誓いのキスをした。
周囲のサラリーマンたちの乾杯の声や、店員さんの威勢のいい声が、あたしたちの門出を祝うファンファーレのように聞こえた。
恋に破れ、絶望の淵でビールを煽っていた27歳の夜。
あの時のあたしに教えてあげたい。
「可愛くない」からこそ、掴める幸せがあるんだってことを。
あたしたちの物語は、ここからまた「いつも通り」の新しく激しい日常へと続いていく。
(完)
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
これにて『お~るにゅ』は堂々の完結となります。
仕事も恋も、不器用ながら自分の足で最高の「明日」を掴み取った夏美と行人の物語が、読者の皆様の毎日に少しでも元気をお届けできたなら幸いです。
これまでたくさんのブックマークや応援、本当にありがとうございました!




