第12話:最後の刺客
「実家に……冬弥が?」
行人の家で幸せな朝を迎えるはずだったあたしに、母から一本の電話が入った。
聞けば、冬弥が高級そうな菓子折りを持ってあたしの実家を訪れ、「夏美さんとヨリを戻したい。彼女は仕事のストレスで少し混乱しているようだ」と、嘘八百を並べ立てているらしい。
「あいつ、どこまで姑息なのよ……!」
怒りで手が震えるあたしに、行人が冷静に告げた。
「夏美、すぐ戻ろう。俺も行く」
「えっ、でも行人は大阪での仕事が……」
「今日は日曜日だ。それに、お前の家族にちゃんと挨拶するいい機会だろ?」
行人はそう言って、迷いのない目で笑った。
数時間後、あたしたちは実家のリビングで、気まずそうに座る両親と、なぜか自分の家のように寛いでいる冬弥と対峙した。
「あ、夏美。やっと帰ってきたか。お父さんもお母さんも、僕の話を分かってくれたよ」
冬弥は、勝者のような笑みを浮かべて立ち上がった。
「冬弥、あんたいい加減にして! もう終わったって言ったでしょ!」
「夏美、落ち着きなさい」
父が重い口を開いた。
「冬弥くんから聞いたぞ。今の君は、職場の同僚……三浦くんだったか? 彼に無理やり付き合わされて、仕事も無茶なスケジュールを組まされていると。そんなのは本当の幸せじゃない」
冬弥は、両親に「仕事一筋の夏美を、悪い男が利用している」という構図を吹き込んでいたのだ。
「違います、お父さん!」
あたしが叫ぼうとした時、一歩前に出たのは行人だった。
「初めまして。三浦行人です」
行人は、冬弥を無視して父の前に真っ直ぐ立ち、深く頭を下げた。
「冬弥さんの仰る通り、夏美は仕事に一生懸命です。でも、それは誰かに強要されたからじゃありません。彼女自身が、自分の仕事に誇りを持っているからです。 shadow。……僕は、そんな彼女の強さを尊敬していますし、支えたいと思っています」
「支える? 遠く離れた大阪にいて、何ができるんだよ!」
冬弥が横から口を挟む。
「できることはあります」
行人はポケットから一通の封筒を取り出し、テーブルに置いた。
「これ、僕のマンションの合鍵と、共有口座のカードです。……夏美、これを持っていてくれ」
「え……?」
「お前の二拠点生活の企画、会社に通っただろ。大阪にいる時は、俺の家がお前の家だ。……お父さん、お母さん。僕は彼女のキャリアを奪うつもりはありません。彼女がどこにいても、一番自分らしく輝ける場所を、僕が全力で作ります。冬弥さんのように『守ってあげるから仕事をやめろ』なんて、口が裂けても言えません。彼女は、戦っている姿が一番美しい女性だからです」
行人の言葉には、冬弥のような薄っぺらな同情ではなく、あたしという人間への深い理解と敬意が詰まっていた。
父が、じっと行人の目を見つめる。
やがて、父は静かに冬弥の方を向いた。
「冬弥くん……悪いが、もう帰りなさい。娘が今、誰と一緒にいて幸せそうか、親の私には一目でわかる」
「そんな……おじさん! 騙されてるんです!」
「帰りなさい」
父の低い声に、冬弥は顔を真っ赤にして、捨て台詞を吐きながら逃げるように実家を飛び出していった。
嵐が去った後のリビング。
あたしは、行人の隣でようやく息を吐いた。
「……ねぇ、ユッキー。あんなものまで用意して、いつから準備してたの?」
「大阪に発つ前だよ。……リハビリ終了の時、言っただろ。本気でお前を追いかけるって」
母がクスクスと笑いながら、新しいお茶を運んでくる。
「夏美、いい人に出会えたわね。仕事ばっかりで心配してたけど、あんたを一番わかってくれる人が隣にいるなら、もう安心だわ」
あたしの目は、涙で潤んでいた。
可愛くない女と言われて傷ついたあの日。
でも今は、この可愛くない強さごと愛してくれる人がいる。
あたしたちの新しい日常が、最高の形で幕を閉じようとしていた。
第12話をお読みいただきありがとうございました!
いよいよ次回、第13話で『お〜るにゅ』は最終回を迎えます。二人のアップデートの結末を、ぜひ最後まで見届けていただけると嬉しいです!
【次回予告】
第13話(最終回)「いつも通りの二人」
大阪と東京。物理的な距離を越えて、二人は新しい愛の形を見つける。 shadow。 shadow。そして、あの居酒屋で交わされる、最後の一言とは——?




