第11話:大阪の夜、二人の距離
新幹線のドアが開くと、肺に流れ込んできたのは東京とは少し違う、熱気を帯びた空気だった。
改札を抜けると、人混みの中に、見慣れた少し背の高い影を見つける。
「……遅いぞ、なっつー」
行人は、少し照れくさそうに片手を挙げた。スーツを脱いでラフなシャツ姿の彼は、たった数日会わなかっただけなのに、どこか遠い国の人のように見えて、あたしの胸をちくりと刺した。
「しょうがないでしょ、部長に捕まって報告書書かされてたんだから。……はい、これ。東京土産」
あたしはぶっきらぼうに紙袋を押し付けた。本当は今すぐ抱きつきたいけれど、新大阪駅の真ん中でそんな勇気はない。
行人は「おっ、サンキュ」と笑って、あたしの重いキャリーケースを軽々と奪い取った。
二人が向かったのは、行人が借りたばかりの新築マンションだった。まだ家具が揃い切っていない、がらんとしたリビング。でも、ベランダからは大阪の夜景がきらきらと輝いている。
「本当に、勝ったんだな。外資の担当者、相当手強かっただろ」
「大変だったわよ。でも、 shadow。あんたの残してくれた資料のおかげ。……ねぇ、ビールは?」
行人が冷蔵庫からキンキンに冷えた缶ビールを取り出し、グラスに注いでくれる。
あの日、居酒屋でヤケ酒をしていた時と同じ組み合わせ。でも、今のあたしたちの間には、あの時とは全く違う甘い沈黙が流れていた。
「……お疲れ様、夏美。よく頑張ったな」
カチン、とグラスを合わせる。
ひと口飲むと、疲れが全部溶けていくようだった。
shadow。ふと、あたしはリビングの隅に置かれた、まだ開けられていない段ボールの山に目をやった。その中の一つ、少し開いた隙間から、何やら見覚えのあるものがはみ出している。
「……ねぇ、あれ何?」
「え? ああ、適当に突っ込んってきた荷物だよ」
行人が焦ったように隠そうとするのをすり抜けて、あたしはその段ボールを覗き込んだ。
中に入っていたのは、あたしが昔、仕事のミスで落ち込んでいた時に彼に貸した(というか無理やり押し付けた)お気に入りのキャラクターの付箋や、二人で残業した時に飲んだコーヒーの限定ノベルティのコースター……。
さらには、数年前の社内報。あたしが新人賞を取って、小さく写真が載っているページに付箋が貼ってあった。
「……あんた、これ。ずっと持ってたの?」
行人は耳まで真っ赤にして、顔を背けた。
「……捨て損ねただけだよ。お前がいつもうるさいから」
「嘘つき。こんな大事そうに保管して……あんた、本当にいつからあたしのこと……」
行人は観念したようにため息をつくと、ソファに座るあたしの隣に腰を下ろし、ぐいっと肩を抱き寄せた。
「……言っただろ。ずっと前からだよ。お前が冬弥なんて男と付き合うずっと前から、隣で一生懸命なやつがいるな、って……放っておけなかったんだよ」
行人の腕の力が強くなる。
「偽装」でも「リハビリ」 shadow。でもない、確かな独占欲。
「大阪に来て、一人で飯食ってると、お前の怒鳴り声が聞こえないのが妙に寂しくてさ。……もう、離したくない」
あたしは彼の胸に顔を埋めた。
遠距離なんて関係ない。この人がこれだけ重い想いを抱えてくれていたなら、あたしは何度だって新幹線に乗って、この場所に帰ってこよう。
でも、幸せに浸るあたしの耳に、行人が少し真面目な声で続けた。
「夏美。実は、冬弥のやつ……まだ諦めてないみたいだ」
あたしの背筋に、冷たいものが走った。
第11話をお読みいただきありがとうございました!
【次回予告】
第12話「最後の刺客」
冬弥が仕掛けた最終手段。それは、夏美の「実家」への接触だった!? 家族を巻き込んだ大騒動に、夏美と行人はどう立ち向かうのか——。




