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勇者パーティの離婚調停に同席しています〜異世界家庭裁判所の調停官〜  作者: あゆと


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16/22

ダンジョン配信パーティの撮影事故調停に同席しています 前編

「この映像、まだ配信されています」


申立人のミラ・セインは、調停室の机に小さな映像石を置いた。

右腕は布で吊られている。首元には治療符の端が見え、左頬には薄く残った傷があった。冒険者というより、怪我をしたまま仕事場から抜け出してきた人間の顔だった。

映像石に触れると、薄い光が浮かぶ。

ダンジョンの黒い壁。青白い魔灯。配信用の視界枠。視聴者の反応札が右端に流れ、その中央で、ミラが銀色のマントを着せられていた。

彼女の前には、角の太い魔獣がいる。

鎖はない。柵もない。

『いける! 防護マント、見せ場だ!』

男の声が響いた直後、ミラが叫んだ。

『撤退! 足場が崩れる!』

次の瞬間、魔獣の前脚が床を叩き割った。石床が沈み、ミラの身体が横へ飛ぶ。

映像石の中で、視聴者の反応札が跳ねた。

『神回』

『ミラ生きてる?』

『いやこれ宣伝うますぎ』

ミラは映像石を止めた。

調停室に、石床が砕ける音の残りだけが沈んだ。

「私は、投げ銭を分けてほしくて来たんじゃありません」

机の向こうで、カイゼル・ロンドが息を吐いた。

ダンジョン配信パーティ《銀灯チャンネル》のリーダーであり、顔役であり、配信中に一番よく笑う男だ。赤い外套の襟には、チャンネルの銀灯徽章が光っている。

「じゃあ何だ。治療費なら、後で話すつもりだった。こっちだって事故で大変だったんだぞ。配信は荒れるし、スポンサーには説明しなきゃならないし」

「まだ配信してるだろ」

ミラの声は乾いていた。

「私が吹っ飛ぶところを、防護マントの宣伝に使ったまま」

「命が助かったのは事実だ。あのマントがなければ、もっと酷かった。視聴者にも伝える必要がある」

「その前に、誰が私をあそこへ立たせたかを確認してください」

「確認します」

調停官ユリス・グレンは、映像石の横に置かれた薄い羊皮紙を手に取った。

リナ・フェルは書記席で羽根ペンを持ち替える。調停室では、怒鳴り声より先に、机の上の紙が場所を取る。

「本件は、ダンジョン配信中の撮影事故について、治療費、休業補償、危険手当、事故映像の利用停止、降板告知文の訂正を求める調停です。まず、契約関係を確認します」

「契約はあります」

カイゼルはすぐに言った。

「ミラは同行補助員です。日当銀貨三枚。危険な場所に入ることも分かっていた。ダンジョン配信なんだから、危険があるのは当然でしょう」

「同行補助契約書を確認します」

ユリスは契約書を机の中央へ置いた。署名欄には、ミラ・セイン、カイゼル・ロンドの名がある。

「業務内容、ダンジョン同行補助、罠警戒、撤退路確認、荷運び補助。日当、銀貨三枚。配信出演については、背景映り込みおよび業務中の声が入る場合あり。ここまでは確認できます」

「ほら」

カイゼルが手を広げた。

「映ることも声が入ることも、本人は分かっていた」

「次に、危険演出、広告素材、事故映像の二次利用について確認します」

ユリスは契約書の下部へ目を落とした。そこには、何も書かれていない余白がある。

「この契約書には、その三点の記載がありません」

カイゼルの表情が少しだけ硬くなった。

「細かすぎる。配信中に何が起きるか、全部は書けない」

「全部を書く必要はありません。ただし、通常の同行補助と、魔物の正面に立つ広告演出は別です」

調停室が静かになった。

ユリスは、次に分厚い紙束を開いた。表紙には、ガドル商会協賛案件、と書かれている。新作防護マントの宣伝依頼書だった。羊皮紙の端には、商会の赤い封蝋が残っている。

「ガドル商会の防護マント案件です。カイゼル様、これは《銀灯チャンネル》が受けたものですね」

「そうです。正式なスポンサー案件です」

「報酬は」

「金貨三十枚。成功時、追加で十枚」

リナの羽根ペンが紙を滑った。

金貨三十枚。日当銀貨三枚。

数字が並ぶと、部屋の温度が少し変わる。

「ミラ様に、この協賛案件の内容は説明しましたか」

「防護マントを着てもらうとは言いました」

「危険演出の内容まで説明しましたか」

「演出というほどじゃない。ダンジョンで防具を見せるなら、攻撃を受ける場面は必要だ」

ユリスは、スポンサー台本を開いた。

「読み上げます。『新作防護マントの耐久性が視聴者へ伝わるよう、対象者は魔物の正面に三十秒以上立つこと。撤退判断は配信責任者の指示に従うこと。対象者、ミラ』」

ミラは目を伏せた。

カイゼルは、少しだけ椅子を引いた。

「それは商会側の希望だ。現場判断で変えるつもりだった」

「では、現場では誰が撤退を判断しましたか」

「俺です。配信責任者だから」

「ミラ様の契約上の役割は、撤退路確認と罠警戒です」

「だから補助だろ。最終判断はリーダーがする」

「通常攻略の最終判断と、広告演出のために危険区域へ留まる判断は分けます」

ユリスは、スポンサー台本を契約書の横へ置いた。

「ここでは、安全誘導担当の撤退判断が、配信責任者の演出判断の下に置かれています」

カイゼルは、すぐに言い返さなかった。

ミラは左手で鞄を開け、細長い紙を取り出した。

診断札だった。

施療院の印。肋骨のひび、右肩の損傷、魔力神経の一時麻痺。治療日数、三十二日。同行不可期間、一か月以上。

「これが、事故後の診断札です」

ユリスは受け取り、机へ置いた。

「治療費は支払われましたか」

「一部だけです」

ミラは言った。

「初日の回復薬だけ。あとは自分で払いました」

「後で精算するつもりだった」

カイゼルが口を挟む。

「事故直後は、チャンネル対応があった。炎上しかけていたんだ」

「炎上対応と治療費精算は、別に確認します」

ユリスは、回復薬の領収書を受け取った。

高級回復薬、肩固定符、神経鎮静薬、再診料。金額は大きい。ミラの日当では、簡単に返せる額ではなかった。

「事故映像について確認します」

ミラが、もう一つの映像石を置いた。

先ほどの事故映像より、光が鮮やかだった。表題がついている。

『防護マントが命を救った神回』

リリアナ・フレアが、そこで初めて肩を揺らした。

彼女は《銀灯チャンネル》の魔法使いで、編集担当でもある。美しい金髪を結い、指先には映像編集用の薄い魔石がはまっている。

「それは、公開用に整えた映像です」

「整えた?」

ミラが低く言った。

「私が撤退って言った声を、小さくした映像が?」

「視聴者が見やすいように調整しただけです。事故後の混乱音を全部入れると、配信として成立しません」

ユリスは、公開済み映像石と編集前映像石を並べた。

「確認します。公開済み映像では、ミラ様の『撤退』という声が、魔獣の咆哮音に重ねられています。編集前映像では、ミラ様の声が先に入っています」

「だから何ですか」

リリアナの声が少し尖った。

「映像として見やすくしただけです。カイゼルが魔獣を引きつけて、マントが光って、ミラが助かった。視聴者に伝えるべき流れはそこです」

「ミラ様が撤退を求めていた事実は、伝えるべき流れに含まれませんか」

リリアナは答えなかった。

ユリスは、視聴者反応札を数枚めくった。配信に寄せられた反応が印字されている。

『ミラびびりすぎ』

『マントなかったら終わってた』

『カイゼル判断すごい』

『逃げるなよ安全担当』

『これ見てマント買う』

「事故後、この映像は広告素材として使われていますね」

「ガドル商会が拡散しました」

カイゼルは言った。

「俺たちだけじゃない。商会側の宣伝だ」

「その広告利用について、ミラ様の同意はありますか」

「パーティとして受けた案件です」

「個人の負傷映像を広告素材に使う同意を確認しています」

カイゼルは黙った。

リナの羽根ペンが止まりかける。すぐに動き直した。調停本番中、書記官は驚きを挟まない。ただ、書くべきものを書く。

「ミラ様」

ユリスが呼んだ。

「あなたは、この映像の削除を求めますか」

ミラは少し迷った。

「全部消せとは言いません。事故が起きたことまで消したいわけじゃない」

「では、何を求めますか」

「防護マントのおかげで助かった神回、って使い方をやめてほしい。私が撤退って言ったことを消したまま、私の怪我を広告にしないでほしい」

カイゼルが眉を寄せた。

「でも、実際に助かっただろ。マントは効いた。あの映像で、商会にも視聴者にも伝わった」

「助かったことと、立たなくてよかった場所に立たされたことは別だ」

ミラの声が、初めて少し震えた。

「私は、魔物が怖くて辞めたいんじゃない」

彼女は左手で、診断札の端を押さえた。吊った右腕は動かない。

「ダンジョンが危ないのは、知ってる。罠も、魔物も、崩れる足場も知ってる。だから私は撤退路を見ていた。危ないと思ったら、止めるためにいた」


「私は映りたかったんじゃない。止められるまま、現場に立ちたかった」


調停室の空気が、重く沈んだ。

カイゼルは、目を逸らした。リリアナは口を閉じた。ヘルメットのような魔導配信石だけが、机の上で冷たく光っている。

「カイゼル様」

ユリスは、スポンサー台本をもう一度開いた。

「この案件の撮影進行表を確認します」

カイゼルの指が、膝の上で動いた。

「進行表は、リリアナが管理している」

リリアナは短く息を吸った。鞄から硬い板紙を出す。

撮影進行表。魔灯の点検、配信開始時刻、スポンサー紹介、魔物誘導、耐久場面、撤退予定地点。そこまでは整っていた。

しかし、その下にある一行で、ユリスの指が止まった。

「撤退判断者、配信責任者カイゼル。安全誘導担当ミラは、撤退路提示のみ」

「配信の流れがあるんです」

リリアナが言った。

「安全担当が早めに止めすぎると、スポンサー場面が撮れません。もちろん危険すぎれば止めます。でも最終判断は、画面を見ている責任者が」

「画面を見ている責任者と、床の罠を見ている安全誘導担当。どちらが足場の崩れを先に判断できますか」

リリアナの唇が閉じた。

ユリスは、進行表を机の中央へ置いた。

「前編では、ここまで確認します」

カイゼルが顔を上げる。

「まだ何かあるのか」

「あります。事故は、魔物の攻撃だけで起きたのではありません。契約書、スポンサー台本、撮影進行表の三つを確認すると、安全判断の位置が変わっています」


「この進行表では、安全誘導担当の撤退判断が、配信演出の下に置かれています」

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