追放パーティの報酬分配調停に同席しています 後編
「A級昇格申請まで持ち出す気かよ」
ガルド・レインは、机に並んだ羊皮紙と金属札を睨んだ。分配放棄書、帰還控え、パーティ契約書、素材売却明細、泥のついた領収書、素材札三十二点、氷角鹿の鉛札、黒魔石箱の留め具、そしてA級昇格申請書。どれも剣では斬れないものばかりだった。
「持ち出したのは、こちらではありません」
調停官ユリス・グレンは、A級昇格申請書を机の中央へ戻した。
「《紅牙の槍》が提出予定だった申請書に、ノル様が搬出した素材が含まれています。ですので、確認します」
「搬出しただけだろうが」
ガルドが吐き捨てた。
「倒したのは俺たちだ。魔蜥蜴も、氷角鹿も、黒魔石を守ってた岩喰い蜥蜴も、前に出て殺したのは俺たちだ」
「討伐者としての功績は確認します」
ユリスは、申請書の討伐者欄に指を置いた。
「ですが、今回確認しているのは、討伐者欄ではありません。素材搬出、保存、納品、そして報酬分配です」
「荷物持ちを、ずいぶん立派に言うじゃねえか」
「立派かどうかではありません」
ユリスは、泥のついた領収書を一枚、素材札の横に置いた。
「素材袋、封蝋袋、保存塩、毒消し、荷紐。これらがなければ、討伐証明部位は王都へ届きません」
ノル・フェインは、古い背負い袋に手を置いた。戦う手ではない。だが、その指には荷紐の擦れた跡が残っている。
「一割だぞ」
ガルドの声が低くなった。
「戦ってねえ奴に一割。毎回毎回、俺たちが血を流した報酬から、こいつが持っていく。高すぎるだろうが」
「一割は、戦闘職の取り分ではありません」
ユリスは、パーティ契約書を開いた。
「荷物持ち兼補給係としての契約分です」
「袋に詰めて、背負って、王都まで歩くだけだろ。そんなもんに一割も払ってたのが間違いだったんだよ」
「ガルド様が惜しんだ一割は、戦っていない者への褒美ではありません」
ユリスは、泥のついた領収書の端を指で押さえた。
「討伐証明を、報酬になる状態で王都まで戻すための取り分です」
ガルドの舌打ちが、調停室に落ちた。
「そこを削る判断は自由です。ですが、削った相手が持ち帰った素材を、あとから昇格申請へ使うことはできません」
ガルドは何か言い返そうとして、口を閉じた。
ユリスは、A級昇格申請書の実績欄へ目を落とした。
「申請書には、主要実績として三件が記載されています」
羊皮紙の上に、三つの現物が並べられた。
毒沼の魔蜥蜴、素材札三十二点。
雪山の氷角鹿、鉛札二枚。
廃鉱山の黒魔石、割れた箱留め具一つ。
「いずれも、ノル様の背負い袋から提出されています」
「だから何だ。荷物の札なんか、誰が持ってても同じだ」
ガルドは隣の女を顎で示した。
「今はリーシャがいる。斥候もできる。荷物だって持てる」
リーシャ・バルクは、そこで初めて薄く笑った。銀色の短髪が、肩の上でわずかに揺れる。
「正直、荷物持ち一人に一割は高いと思っていました。戦える者が持てば、その分パーティの取り分が増えますから」
ノルは、彼女を見なかった。
ユリスは、二枚の減額明細を机へ置いた。
「ノル様追放後の二件です」
見習い書記官リナ・フェルは、羽根ペンを止めた。明細の下段には、赤い減額印が押されている。
北砦の火蜥蜴討伐。胆袋二点、破損による減額。
東谷の薬角兎群討伐。薬角一本、欠損による減額。
リーシャの笑みが消えた。
「リーシャ様。この二件では、あなたが素材搬出を担当しましたか」
「……しました」
「荷物持ち一人に一割は高い、という認識で担当されたのですね」
リーシャは唇を噛んだ。
「荷物くらい、持てると思いました」
「その結果が、こちらです」
ユリスは、減額明細をリーシャの前へ滑らせた。
ガルドが舌打ちする。
「たまたまだ」
「たまたまかどうかは、ここでは判断しません」
ユリスは、毒沼の素材札、氷角鹿の鉛札、黒魔石箱の留め具を指先でそろえた。
「ただし、ノル様が搬出を担当した三件では、主要素材の破損減額はありません」
リーシャの視線が、減額明細から素材札へ移った。胸元の赤い徽章に触れかけた指が、途中で止まる。
ノルは、古い背負い袋の口を開いた。凍った跡で白く硬くなった荷紐、封蝋のついた小袋、黒い粉の染みた布を、机の上に置いた。
「毒のある部位は、魔石と同じ袋に入れない」
ノルは、封蝋袋を指で押さえた。
「角は革で巻いてから縛る。黒魔石の箱には布を敷く。火蜥蜴の胆袋は、揺れると中で裂ける」
ガルドの眉が動いた。
「袋に詰めて歩くだけじゃない」
ノルは、黒い粉の染みた布を机の中央へ寄せた。
「前で倒した素材を、割らずに、腐らせずに、金になる形で王都まで戻す。それが荷物持ちの仕事だ」
ガルドは、何も言わなかった。
「ノル様」
ユリスが尋ねる。
「あなたは、魔蜥蜴、氷角鹿、黒魔石を討伐しましたか」
「していません」
「では、その三件で何をしましたか」
ノルは、古い背負い袋に手を置いた。
「保存食を持った。毒消しを数えた。素材袋を分けた。封蝋をした。荷紐を締めた。怪我人の装備を一部背負った。撤退路の目印を置いた」
それから、ガルドを見た。
「倒したのは、あんたらだ」
ノルの声は低かった。
「でも、報酬になる形で持って帰したのは、俺だ」
ユリスは、A級昇格申請書と三件の素材札を重ねた。
「申請書の実績欄には、現メンバーの実績として三件が整理されています。ですが、三件とも、素材搬出、保存、納品の担当はノル様です」
「担当が荷物持ちなだけだ」
「はい」
ユリスは頷いた。
「だから、その荷物持ちの実務部分を、別人の実績として提出することはできません」
リーシャは俯いたまま、唇を噛んでいた。
「リーシャ様」
ユリスが呼ぶ。
「あなたは、毒沼の魔蜥蜴討伐、雪山の氷角鹿素材回収、廃鉱山の黒魔石搬出に参加しましたか」
リーシャはすぐには答えなかった。目が、胸元の赤い徽章へ落ちる。
「……参加していません」
「三件ともですね」
「三件ともです」
ガルドが椅子を軋ませた。
「リーシャ」
リーシャは顔を上げた。怯えではなく、苛立ちがあった。
「私は、前に出て戦うために入ったんです」
その声は細いが、尖っていた。
「でも、荷物くらい持てると思っていました。荷物持ち一人に一割も出すくらいなら、その分を戦える者に回した方がいいとも思っていました」
ノルは何も言わなかった。
「だから、私の名で申請されることにも反対しませんでした。毒沼にも雪山にも廃鉱山にも行っていません。でも、今の《紅牙の槍》の実績として出すなら、通ると思っていました」
「リーシャ様」
ユリスは、減額明細をもう一度、彼女の前へ置いた。
「荷物くらい、という認識で担当した結果が、こちらです」
リーシャの頬が赤くなった。怒りか恥か、リナには分からない。ただ、彼女はもう減額明細を押し返さなかった。
「調停案を整理します」
ユリスは新しい用紙を出した。リナは、羽根ペンを持ち替える。
「一、紅月十四日付の分配放棄書は、ノル・フェイン様本人の署名と認められないため、無効と確認します」
「二、毒沼の魔蜥蜴討伐依頼について、ノル様へ支援職分配率一割および立替経費を支払う」
「三、雪山の氷角鹿素材回収、廃鉱山の黒魔石搬出を含む三件について、素材搬出および納品担当をノル様へ戻す」
「四、リーシャ様名義で提出予定だった三件の素材搬出実績を取り消す」
「五、《紅牙の槍》のA級昇格申請は、実績欄不備として差し戻す」
「六、ギルド掲示板に掲載された『寄生虫』『役立たず』等の追放告知を撤回し、訂正文を掲示する」
「七、《紅牙の槍》は三か月間、昇格審査申請を停止する」
「八、ノル・フェイン様が荷物持ち兼補給係として他パーティと契約する際、《紅牙の槍》は妨害しない」
「以上です」
「こんなもん、飲めるか」
ガルドが唸った。
「本調停で合意できない場合、分配放棄書の署名問題、未払い分配金、立替経費、昇格申請書の実績欄不備、掲示板告知による信用毀損について、ギルド審査部および王国簡易裁定所へ別途提出されます」
ユリスは淡々と言った。
「その場合、三か月の申請停止で済むかは、こちらでは判断できません」
ガルドの顔が赤くなり、次に青くなった。彼はノルを睨んだ。
「お前、最初からこれが狙いだったのか」
「ああ」
ノルは短く答えた。
「あんたらが俺の荷物で上がるなら、その荷物で止めるつもりだった」
ガルドは、何か言おうとして、言えなかった。
「役立たずの一割で止まる昇格なら、その程度の昇格だったってことだ」
リナは、その一文を調書には書かなかった。だが、羽根ペンの先は、ほんの少しだけ震えた。
ユリスは、署名欄を示した。
「内容を確認の上、署名をお願いします」
最初に署名したのは、リーシャだった。細い字だった。次に、ノルが署名した。ノル・フェイン。いつもの細く、右肩が少し下がる字。最後に、ガルドが署名した。力を入れすぎた羽根ペンの先が、紙に少し引っかかった。
ユリスは確認し、押印した。
「調停成立です」
その言葉のあと、誰もすぐには立ち上がらなかった。ガルドは調停調書を睨み、リーシャは自分の署名を見ていた。ノルは机の上の素材札を一つずつ袋へ戻した。金属札が触れ合い、小さく鳴る。その音だけが、妙に澄んでいた。
ノルは、古い背負い袋を肩に掛けた。中身は軽い。もう、《紅牙の槍》の素材は入っていない。底に残っているのは、荷紐と、黒い粉のついた布だけだった。
「ノル」
ガルドが、低く呼んだ。
ノルは振り返らなかった。
「次は、荷物の重さを分かってる連中と組む」
それだけだった。謝罪を求めなかった。握手もしなかった。昔の仲間だった時間を、思い出にしようともしなかった。
ノルは、自分の背負い袋だけを持って、調停所を出ていった。
扉が閉まる。机の上には、分配放棄書、筆跡鑑定書、A級昇格申請書、掲示板写し、泥のついた領収書、毒腺用の封蝋袋、氷角鹿の鉛札、黒魔石箱の割れた留め具が残っていた。
リナは最後に、黒魔石箱の留め具を調書の横へ置いた。小さな金具は、A級昇格申請書の上で、まだ黒い粉を落としていた。




