↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者パーティの離婚調停に同席しています〜異世界家庭裁判所の調停官〜  作者: あゆと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/22

追放パーティの報酬分配調停に同席しています 後編

「A級昇格申請まで持ち出す気かよ」


ガルド・レインは、机に並んだ羊皮紙と金属札を睨んだ。分配放棄書、帰還控え、パーティ契約書、素材売却明細、泥のついた領収書、素材札三十二点、氷角鹿の鉛札、黒魔石箱の留め具、そしてA級昇格申請書。どれも剣では斬れないものばかりだった。

「持ち出したのは、こちらではありません」

調停官ユリス・グレンは、A級昇格申請書を机の中央へ戻した。

「《紅牙の槍》が提出予定だった申請書に、ノル様が搬出した素材が含まれています。ですので、確認します」

「搬出しただけだろうが」

ガルドが吐き捨てた。

「倒したのは俺たちだ。魔蜥蜴も、氷角鹿も、黒魔石を守ってた岩喰い蜥蜴も、前に出て殺したのは俺たちだ」

「討伐者としての功績は確認します」

ユリスは、申請書の討伐者欄に指を置いた。

「ですが、今回確認しているのは、討伐者欄ではありません。素材搬出、保存、納品、そして報酬分配です」

「荷物持ちを、ずいぶん立派に言うじゃねえか」

「立派かどうかではありません」

ユリスは、泥のついた領収書を一枚、素材札の横に置いた。

「素材袋、封蝋袋、保存塩、毒消し、荷紐。これらがなければ、討伐証明部位は王都へ届きません」

ノル・フェインは、古い背負い袋に手を置いた。戦う手ではない。だが、その指には荷紐の擦れた跡が残っている。

「一割だぞ」

ガルドの声が低くなった。

「戦ってねえ奴に一割。毎回毎回、俺たちが血を流した報酬から、こいつが持っていく。高すぎるだろうが」

「一割は、戦闘職の取り分ではありません」

ユリスは、パーティ契約書を開いた。

「荷物持ち兼補給係としての契約分です」

「袋に詰めて、背負って、王都まで歩くだけだろ。そんなもんに一割も払ってたのが間違いだったんだよ」

「ガルド様が惜しんだ一割は、戦っていない者への褒美ではありません」

ユリスは、泥のついた領収書の端を指で押さえた。

「討伐証明を、報酬になる状態で王都まで戻すための取り分です」

ガルドの舌打ちが、調停室に落ちた。

「そこを削る判断は自由です。ですが、削った相手が持ち帰った素材を、あとから昇格申請へ使うことはできません」

ガルドは何か言い返そうとして、口を閉じた。


ユリスは、A級昇格申請書の実績欄へ目を落とした。

「申請書には、主要実績として三件が記載されています」

羊皮紙の上に、三つの現物が並べられた。


毒沼の魔蜥蜴、素材札三十二点。

雪山の氷角鹿、鉛札二枚。

廃鉱山の黒魔石、割れた箱留め具一つ。


「いずれも、ノル様の背負い袋から提出されています」

「だから何だ。荷物の札なんか、誰が持ってても同じだ」

ガルドは隣の女を顎で示した。

「今はリーシャがいる。斥候もできる。荷物だって持てる」

リーシャ・バルクは、そこで初めて薄く笑った。銀色の短髪が、肩の上でわずかに揺れる。

「正直、荷物持ち一人に一割は高いと思っていました。戦える者が持てば、その分パーティの取り分が増えますから」

ノルは、彼女を見なかった。

ユリスは、二枚の減額明細を机へ置いた。

「ノル様追放後の二件です」

見習い書記官リナ・フェルは、羽根ペンを止めた。明細の下段には、赤い減額印が押されている。


北砦の火蜥蜴討伐。胆袋二点、破損による減額。

東谷の薬角兎群討伐。薬角一本、欠損による減額。


リーシャの笑みが消えた。

「リーシャ様。この二件では、あなたが素材搬出を担当しましたか」

「……しました」

「荷物持ち一人に一割は高い、という認識で担当されたのですね」

リーシャは唇を噛んだ。

「荷物くらい、持てると思いました」

「その結果が、こちらです」

ユリスは、減額明細をリーシャの前へ滑らせた。

ガルドが舌打ちする。

「たまたまだ」

「たまたまかどうかは、ここでは判断しません」

ユリスは、毒沼の素材札、氷角鹿の鉛札、黒魔石箱の留め具を指先でそろえた。

「ただし、ノル様が搬出を担当した三件では、主要素材の破損減額はありません」

リーシャの視線が、減額明細から素材札へ移った。胸元の赤い徽章に触れかけた指が、途中で止まる。


ノルは、古い背負い袋の口を開いた。凍った跡で白く硬くなった荷紐、封蝋のついた小袋、黒い粉の染みた布を、机の上に置いた。

「毒のある部位は、魔石と同じ袋に入れない」

ノルは、封蝋袋を指で押さえた。

「角は革で巻いてから縛る。黒魔石の箱には布を敷く。火蜥蜴の胆袋は、揺れると中で裂ける」

ガルドの眉が動いた。

「袋に詰めて歩くだけじゃない」

ノルは、黒い粉の染みた布を机の中央へ寄せた。

「前で倒した素材を、割らずに、腐らせずに、金になる形で王都まで戻す。それが荷物持ちの仕事だ」

ガルドは、何も言わなかった。

「ノル様」

ユリスが尋ねる。

「あなたは、魔蜥蜴、氷角鹿、黒魔石を討伐しましたか」

「していません」

「では、その三件で何をしましたか」

ノルは、古い背負い袋に手を置いた。

「保存食を持った。毒消しを数えた。素材袋を分けた。封蝋をした。荷紐を締めた。怪我人の装備を一部背負った。撤退路の目印を置いた」

それから、ガルドを見た。

「倒したのは、あんたらだ」

ノルの声は低かった。

「でも、報酬になる形で持って帰したのは、俺だ」

ユリスは、A級昇格申請書と三件の素材札を重ねた。

「申請書の実績欄には、現メンバーの実績として三件が整理されています。ですが、三件とも、素材搬出、保存、納品の担当はノル様です」

「担当が荷物持ちなだけだ」

「はい」

ユリスは頷いた。

「だから、その荷物持ちの実務部分を、別人の実績として提出することはできません」


リーシャは俯いたまま、唇を噛んでいた。

「リーシャ様」

ユリスが呼ぶ。

「あなたは、毒沼の魔蜥蜴討伐、雪山の氷角鹿素材回収、廃鉱山の黒魔石搬出に参加しましたか」

リーシャはすぐには答えなかった。目が、胸元の赤い徽章へ落ちる。

「……参加していません」

「三件ともですね」

「三件ともです」

ガルドが椅子を軋ませた。

「リーシャ」

リーシャは顔を上げた。怯えではなく、苛立ちがあった。

「私は、前に出て戦うために入ったんです」

その声は細いが、尖っていた。

「でも、荷物くらい持てると思っていました。荷物持ち一人に一割も出すくらいなら、その分を戦える者に回した方がいいとも思っていました」

ノルは何も言わなかった。

「だから、私の名で申請されることにも反対しませんでした。毒沼にも雪山にも廃鉱山にも行っていません。でも、今の《紅牙の槍》の実績として出すなら、通ると思っていました」

「リーシャ様」

ユリスは、減額明細をもう一度、彼女の前へ置いた。

「荷物くらい、という認識で担当した結果が、こちらです」

リーシャの頬が赤くなった。怒りか恥か、リナには分からない。ただ、彼女はもう減額明細を押し返さなかった。


「調停案を整理します」

ユリスは新しい用紙を出した。リナは、羽根ペンを持ち替える。

「一、紅月十四日付の分配放棄書は、ノル・フェイン様本人の署名と認められないため、無効と確認します」

「二、毒沼の魔蜥蜴討伐依頼について、ノル様へ支援職分配率一割および立替経費を支払う」

「三、雪山の氷角鹿素材回収、廃鉱山の黒魔石搬出を含む三件について、素材搬出および納品担当をノル様へ戻す」

「四、リーシャ様名義で提出予定だった三件の素材搬出実績を取り消す」

「五、《紅牙の槍》のA級昇格申請は、実績欄不備として差し戻す」

「六、ギルド掲示板に掲載された『寄生虫』『役立たず』等の追放告知を撤回し、訂正文を掲示する」

「七、《紅牙の槍》は三か月間、昇格審査申請を停止する」

「八、ノル・フェイン様が荷物持ち兼補給係として他パーティと契約する際、《紅牙の槍》は妨害しない」

「以上です」

「こんなもん、飲めるか」

ガルドが唸った。

「本調停で合意できない場合、分配放棄書の署名問題、未払い分配金、立替経費、昇格申請書の実績欄不備、掲示板告知による信用毀損について、ギルド審査部および王国簡易裁定所へ別途提出されます」

ユリスは淡々と言った。

「その場合、三か月の申請停止で済むかは、こちらでは判断できません」

ガルドの顔が赤くなり、次に青くなった。彼はノルを睨んだ。

「お前、最初からこれが狙いだったのか」

「ああ」

ノルは短く答えた。

「あんたらが俺の荷物で上がるなら、その荷物で止めるつもりだった」

ガルドは、何か言おうとして、言えなかった。


「役立たずの一割で止まる昇格なら、その程度の昇格だったってことだ」


リナは、その一文を調書には書かなかった。だが、羽根ペンの先は、ほんの少しだけ震えた。

ユリスは、署名欄を示した。

「内容を確認の上、署名をお願いします」

最初に署名したのは、リーシャだった。細い字だった。次に、ノルが署名した。ノル・フェイン。いつもの細く、右肩が少し下がる字。最後に、ガルドが署名した。力を入れすぎた羽根ペンの先が、紙に少し引っかかった。

ユリスは確認し、押印した。

「調停成立です」

その言葉のあと、誰もすぐには立ち上がらなかった。ガルドは調停調書を睨み、リーシャは自分の署名を見ていた。ノルは机の上の素材札を一つずつ袋へ戻した。金属札が触れ合い、小さく鳴る。その音だけが、妙に澄んでいた。

ノルは、古い背負い袋を肩に掛けた。中身は軽い。もう、《紅牙の槍》の素材は入っていない。底に残っているのは、荷紐と、黒い粉のついた布だけだった。

「ノル」

ガルドが、低く呼んだ。

ノルは振り返らなかった。

「次は、荷物の重さを分かってる連中と組む」

それだけだった。謝罪を求めなかった。握手もしなかった。昔の仲間だった時間を、思い出にしようともしなかった。

ノルは、自分の背負い袋だけを持って、調停所を出ていった。


扉が閉まる。机の上には、分配放棄書、筆跡鑑定書、A級昇格申請書、掲示板写し、泥のついた領収書、毒腺用の封蝋袋、氷角鹿の鉛札、黒魔石箱の割れた留め具が残っていた。

リナは最後に、黒魔石箱の留め具を調書の横へ置いた。小さな金具は、A級昇格申請書の上で、まだ黒い粉を落としていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
>ギルド審査部および王国簡易裁定所へ別途提出されます たまには調停を蹴って泥沼裁判になってボッコボコにされる人も出てきてほしい(笑)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。