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勇者パーティの離婚調停に同席しています〜異世界家庭裁判所の調停官〜  作者: あゆと


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12/22

追放パーティの報酬分配調停に同席しています 前編

「役立たずを追放しただけだろうが」


冒険者パーティ《紅牙の槍》のリーダー、ガルド・レインは、調停室の椅子にふんぞり返って言った。三十二歳。槍使い。頬には古い傷があり、革鎧の肩には魔物の爪痕が残っている。王都の冒険者酒場で名を呼ばれれば、若い冒険者が振り向く程度には知られた男だった。

「戦えねえ荷物持ちを切った。取り分が一割も軽くなる。何が悪い」

机を挟んだ向こう側で、ノル・フェインは古い背負い袋を膝に置いていた。二十九歳。元《紅牙の槍》支援職。剣士には見えない男だった。肩幅は広くなく、手も厚くない。だが三年間、保存食を数え、毒消しを分け、素材袋に封蝋をし、荷紐を締め直し、撤退路の目印を置いてきた。

魔物を倒す槍は持たない。けれど、倒した証明部位を腐らせず、割らず、失くさず、王都まで持ち帰っていた。

討伐が報酬になるまでの帰り道を、ノルは背負っていた。

「戻る気はない」

ノルの声は低かった。

「けど、あの追放を正当な手続きだったことにはさせない」

ガルドが鼻で笑った。

「なら金か。役立たずで切られた腹いせに、最後の小銭でもむしりに来たってわけだ」

「金も払ってもらう。偽の署名も取り消してもらう」

ノルは背負い袋の留め具に指をかけた。古い革が、小さく鳴った。


「あんたらが俺の背負って帰した素材でA級に上がるのは、止めに来た」


見習い書記官リナ・フェルは、羽根ペンを握り直した。申立書の表題は、追放パーティの報酬分配調停。よくある報酬トラブルのはずだった。だが、机の下に置かれた背負い袋は、ただの荷物にしては重すぎる音を立てた。

調停官ユリス・グレンは、机の中央に一枚の羊皮紙を置いた。冒険者ギルドの受付印。《紅牙の槍》の名。末尾には、ノル・フェインの署名がある。


報酬分配放棄書。


「まず、この署名から確認します」

ガルドの顎が、わずかに引いた。

「それはノルが自分で出した。俺たちは手続きを踏んでる」

「手続きの有無を確認しています。分配放棄書の日付は、紅月十四日です」

ユリスは次の控えを重ねた。毒沼地帯、魔蜥蜴討伐依頼。帰還控え、紅月十六日。帰還者名簿、ノル・フェイン。紅月十四日と紅月十六日。リナは日付を写しながら、羽根ペンの先を一度止めた。

「紅月十四日に、ノル様は王都にいません。毒沼の野営地にいたことが、ギルドの帰還控えで確認できます」

「遠征前に署名させたんだ」

ガルドはすぐに返した。

「ノルは前から抜ける気だった。報酬はいらねえって本人が言った」

「ノル様。この分配放棄書に署名した覚えはありますか」

「ありません。見たのも今日が初めてです」

「今さら見てねえだの署名してねえだの、細けえことで騒ぎやがって。こいつは昔から、荷札と日付だけはうるさかった」

ノルが、ゆっくり顔を上げた。

「細けえことで済ませたかったんだろ」

大きな声ではない。だが、ガルドの笑いが止まった。

「俺が日付を見るから、その紙の日付を前にずらした」

ユリスは表情を変えず、四枚目の紙を置いた。ギルド書類鑑定係の印。分配放棄書の署名。過去のパーティ契約書の署名。納品控えに残るノルの署名。並べられると、分配放棄書の署名だけ線が太い。ノルの字はもっと細く、右肩がわずかに下がる。

「鑑定結果。分配放棄書の署名は、ノル・フェイン本人の筆跡とは認めがたい」

ガルドの口元が、初めて動かなくなった。


ガルドの隣に座っている女が、視線だけを横へ向けた。リーシャ・バルク。二十三歳。《紅牙の槍》の新メンバーで、斥候兼軽戦士。銀色の短髪を耳の下で切り揃えた、目つきの鋭い女だった。革鎧は新しく、胸元には《紅牙の槍》の赤い徽章がある。

「本人が書いていない署名は、手続きにはなりません」

ユリスの声は静かだった。ガルドの眉間に皺が寄る。

「言い方に気をつけろ」

「事実関係の確認です」

「俺たちが偽造したって言いたいのか」

「まだ言っていません。今は、本人が王都にいない日に、本人名義の分配放棄書が作成されていることを確認しています」

ガルドは机の端を指で叩いた。苛立ちを隠すには、音が大きすぎた。

「今回の申立ては、報酬分配と立替経費の清算、追放手続きの不備確認、A級昇格申請書の実績欄の訂正ですね」

「はい」

ノルは、ユリスにだけ短く丁寧に答えた。

ガルドが低く笑う。

「実績? お前に実績なんてあったか」

ノルの指が、膝の上で少しだけ曲がった。怒鳴らない。歯向かわない。だが、逃げもしない。

「ガルド様。評価は承りました。次に、現物を確認します」

ノルが、足元の背負い袋へ手を伸ばした。留め具が外れ、机の上に布袋が置かれる。中から出てきたのは、小さな金属札だった。素材札。魔物の部位、回収者、保存状態、納品番号を示すための札である。数が多い。一つや二つではない。

「三十二点あります」

ノルは言った。

「毒沼の魔蜥蜴討伐依頼で回収した討伐証明部位の管理札です」

「こちらの納品控えと照合します」

ユリスは、ギルド依頼完了控えを開いた。

「毒沼の魔蜥蜴討伐依頼。依頼完了日、紅月十五日。素材納品日、紅月十六日。納品管理者、ノル・フェイン」

ガルドが舌打ちした。

「荷物を担いで後ろを歩いてただけだろうが」

「荷物を担いでいたことは確認します。では、その荷物がどの報酬に対応するかを確認します」

次に置かれたのは、素材売却明細だった。魔蜥蜴の毒腺、硬皮、尾骨、黒魔石。売却日は、紅月十八日。追放後だ。ガルドの顔に、少しだけ余裕が戻る。

「ほら見ろ。売ったのは追放後だ」

「売却日は追放後です。しかし、回収日と納品日は追放前です」

「売った時にいた仲間で分けるのが普通だ」

「パーティ契約書を確認します」

ユリスは、もう一枚の羊皮紙を出した。冒険者パーティ契約書。三年前の日付。署名欄には、ガルド・レイン、ノル・フェイン、ほか二名の名がある。

「第八条。討伐報酬および素材売却益は、依頼完了時点の参加構成員を分配対象とする。売却日が後日となる場合も、依頼完了時点の分配率に従う」

ガルドの表情が、また止まった。

ノルは目を伏せた。最初にパーティを組んだ時、ガルドは「細けえことは任せる」と言った。ノルは嬉しかった。剣では役に立てない。なら、せめて荷物の数と分け前だけは間違えないようにしようと思った。その羊皮紙が今、机の上でガルドの指先を止めている。

「支援職の分配率は一割。加えて、保存食、解毒薬、素材保存塩、予備ロープ等の立替経費は、領収書に基づき共有経費から精算するとあります」

「ノルは戦ってねえ」

ガルドの声が荒くなった。

「魔蜥蜴を倒したのは俺たちだ。毒の中で槍を振ったのは俺だ。リーンとバストも前に出た。こいつは後ろで袋を抱えてただけだ」

「戦闘貢献の大小は、分配率で調整されています」

「だから」

「支援職一割です」

ユリスは、契約書の該当箇所を示した。

「主力戦闘職と同額ではありません。契約上の一割です」

ガルドは黙った。

「また、立替経費は報酬とは別です」

ユリスが、領収書の束を出す。保存食、解毒薬、素材保存塩、防水布、予備ロープ、封蝋袋、荷紐。どれも、ノルの名義で支払われていた。

「毒沼用解毒薬、十二本。素材袋、六枚。封蝋袋、三束。保存塩、二袋。使用者欄および搬出担当欄には、ノル様の名があります」

リナは領収書を受け取り、写しの端を確認した。紙の端が泥で汚れている。毒沼の湿気を吸った紙だ。英雄譚には載らない。だが、毒腺を腐らせず、黒魔石を割らず、王都まで持ち帰るために必要だったものだ。

「こんなもんまで取ってたのか」

ガルドが吐き捨てた。

その時、ノルが初めて、少しだけ笑った。笑いと言うには、苦すぎた。

「俺は弱いので」

調停室の全員が、彼を見た。

「剣では勝てません。だから、誰が何を背負って、何を持ち帰ったかだけは間違えませんでした」

その声には、泣き声が混じっていなかった。悔しさはある。憎しみもある。それ以上に、冷えた準備の時間があった。


ユリスは領収書の束を揃え、次の紙束へ手を伸ばした。

「依頼控えの原本が提出されていません。ガルド様、原本の所在を説明できますか」

ガルドの口端が上がった。

「残ってねえ紙の話をされても困るな。古い控えなんざ、荷物の整理でいくらでも消える」

「消える、ですか」

「濡れて読めねえ紙を取っとく方がおかしいだろ。どうせ、こいつが燃やしたとか言い出すんだろうが」

ノルは、ガルドを見た。

「原本はな」

背負い袋の底から、薄い紙束が出てきた。

「写しは、毎月ギルドの保管箱に預けてた」

紙束が机に置かれる。依頼控えの写し。年月ごとに束ねられている。素材数。納品番号。立替金。撤退路。負傷者。保存処理。三年間ぶんの薄い紙が、背負い袋の底から出てきた。

リナは、羽根ペンを持つ手に力を入れた。背負い袋は、ただの袋ではなかった。《紅牙の槍》が持ち帰った報酬の、底だった。

「役立たずに荷物を預けたのは、そっちだ」

ノルは静かに言った。

「割れたら報酬が消えるものを、毎回な」

ガルドが立ち上がりかけた。

「座ってください」

ユリスの声が、ガルドの膝を止めた。荒くはない。ただ、動けば不利になると分からせる声だった。ガルドは歯を食いしばりながら座り直した。

「ここまでは、追放手続き、報酬分配、経費精算の確認です。次に、A級昇格申請書を確認します」


リーシャの肩が、ぴくりと動いた。ユリスはそれを見逃さなかった。彼女の革手袋の指先には、まだ新しい擦り傷が残っている。素材袋の口を締め直した時にできた傷だった。

「リーシャ様。《紅牙の槍》への加入日は、紅月十八日ですね」

「……はい」

「毒沼の魔蜥蜴討伐依頼の素材回収日は、紅月十五日です」

「……はい」

「あなたは、その依頼に参加していませんね」

リーシャの唇が薄く開いた。すぐには答えない。ガルドが横から口を挟む。

「リーシャは今の正式メンバーだ。昇格申請には現メンバーの実績として」

「質問は、参加の有無です」

ユリスは言った。

「リーシャ様。あなたは毒沼の魔蜥蜴討伐依頼に参加しましたか」

リーシャは、申請書の実績欄へ視線を落とした。

「……参加してません」

小さな声だった。

ユリスは、最後の羊皮紙を机に置いた。A級昇格申請書。《紅牙の槍》。申請実績欄には、毒沼の魔蜥蜴討伐依頼が記載されている。実績管理者名、リーシャ・バルク。

ノルの目が、初めて鋭くなった。彼は、この紙を見に来たのだ。報酬だけではない。謝罪だけでもない。この紙を止めに来た。

「ガルド様」

ユリスは、A級昇格申請書を机の中央へ置いた。

「これは報酬分配だけの問題ではありません」

その上に、別の控えを二枚重ねる。

「昇格申請書には、雪山の氷角鹿素材回収、廃鉱山の黒魔石搬出も記載されています」

ユリスは、古びた鉛札と黒い粉のついた留め具を机に置いた。

「氷角鹿の鉛札。黒魔石箱の留め具。どちらも、ノル様の背負い袋から提出されています」

ガルドの顔から、余裕が消えた。

「毒沼の一件だけではありません。昇格申請に使われた主要三件の素材搬出に、ノル様の荷が含まれています」

ユリスの声は、最後まで変わらなかった。


「報酬分配の次に、A級昇格申請の実績欄を確認します」

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