開戦
倉庫の鉄の天井が、うっすらと震えていた。
誰かが吐く息、誰かが踏みしめる足音、拳を握る音。全部が、今にも爆発しそうな沈黙に変わっていた。
カクからの情報が入ったからだ――今夜奴らが来ると。
その真ん中に、春也が立った。金髪が湿った空気の中に浮かぶ。
「全員、聞けぇぇぇええ!!」
一発目の声で、倉庫がビリついた。
誰かが無意識に背筋を伸ばした。誰かは歯を食いしばった。
「こっちは全部で――六十や!! 向こうは百五十!!」
どよめき。けど誰も引かない。引くようなヤツは、そもそもここにいない。
「でも数ちゃうねん!!」
春也が拳を振り上げる。
「こっちは負けへん!! なんでか分かるか?」
息を吸う。声が割れる。拳が震える。
「失いたくないもんがあるからや!!
この街を――俺らの西成を、二度と、誰にも触らせへん!!」
一拍。
拳を下ろす。そして、地響きのように叫ぶ。
「第一隊――!!」
足音が、ドンと鳴った。
間柴健が前に出る。身長185cmの巨漢が、声ひとつで空気を変える。
「おう!!」
後ろから旧・京志一家の面々が黙って集まる。
目が据わってる。準備は、とうにできていた。
「第二隊――!!」
数秒、沈黙。
小野原千里が出る。
言葉はない。ただ“そこに立つ”だけで、全員が理解する。
近藤が肩を並べて、軽く頷いた。
「押忍!」
闇天狗の亡霊みたいな連中が、ぞろぞろと姿を現す。誰もが“終わらせに来た目”をしていた。
「第三隊――!!」
「うぃーっす!!」
江藤匠がマスクをずらして叫ぶ。すぐに一平が小突く。
「お前空気よめや」
その後ろに、情報屋のカクが立つ。
足元のスニーカーだけが、誰よりも戦闘態勢だった。
撹乱、情報収集に長けた奴らが集まっている。
「第四隊――!!」
誰も答えない。だが、それでいい。
京志が、何も言わず前を向く。
後藤竜は、拳を鳴らす音だけで答えた。
御影アキラは、火のような静けさをまとって、そこにいた。
全員が分かっている。こいつらがいる。なら、道はある。
春也が叫ぶ。
「もうやるだけや!! 守るんちゃうぞ!! 取り返しにいくんや!!」
倉庫が震えた。
壁が、鉄骨が、心臓みたいにドクドクと鳴っていた。
京志はひとつ、息を吸った。
「俺は西成を知らんかった」
全員が息をのむ。
「ここは、しんどい奴にもあったかい。誰も見捨てんへんし、誰も見栄張らん。〝当たり前〟が、残ってる。必死に〝今日よりも〟って闘ってる。〝生きること〟を真っすぐ許してくれる街。俺はそれに救われた……だから、俺は……俺たちは、西成を絶対に食いもんにさせへん」
爪が掌に食い込んで血がにじむ。
「行こうや、お前ら―― 西成、奪い返しに!!」
歓声じゃない。怒声じゃない。意志の音が、一斉に爆ぜた。靴音、爆音、誰かの叫び。
全部まとめて――突撃の合図になった。




